家出する時はちゃんと計画を立てよう(2)
「それじゃあ何があったか詳しく聞かせてくれよ」
「……」
「大丈夫だ。ゆっくりでいい」
「……ああ」
するとクルトは天井をぼーっと見上げた後、口を開いた。
「オレは……毎日勉学に武道、剣術、礼儀作法を朝から晩までみっちり学ばされるんだ。……褒められることはない。が、少しでも小さなミスがあると死ぬほど怒られる」
「……そうか」
「暴言はもちろん、暴力だって振るわれた。何回も。……何回もな」
「……」
「そんな生活を毎日……毎日。……嫌になったんだ。苦しくて……でも誰も助けてくれなかったんだ。……誰も。誰も」
──クルトの目は怒りの涙で溢れていた。
「誰もっ!! オレなんかのことを大事にしてくれない!! 周りの大人はオレに勝手に期待して!! 勝手に失望しているんだっ!!」
クルトはそう叫んだ後、ドスッと床に座り込んだ。
「……嫌なんだ。あんな場所。もう……帰りたくなんかないんだ。……絶対に。」
「……そうか。話してくれてありがとな」
この少年は想像するのも恐ろしいほどの苦痛を毎日味わっていたんだ。逃げ出したくなるのも当然だろう。
片桐は泣いているクルトへと近づいて、頭を撫でだした。
「よーしよーし。辛かったっすねー。大丈夫っすよーゆっくり、ゆーっくり。深呼吸するっすー」
「うっ……うぅ……」
「大丈夫っすよ。大丈夫。ぜーんぶ嫌なこと吐き出しちゃいましょー」
「うう……ううっ……うわぁぁあああ!! あぁぁぁぁああああっ!!!!」
クルトの苦しそうな叫び声は、部屋中に響き渡ったのだった。
───
落ち着いたクルトは、部屋の隅で片桐の本を読みだした。珍しい本だからかは知らないが、体を左右に動かしながら楽しそうに本を眺めている。
俺が遠目でクルトを見ていると、片桐がちょいちょいっと小さな声で話しかけてきた。
「ホムさん、ホムさん。これからクルト君をどうするっすか?」
「少しの間家で保護しよう」
「でも……そんなことしていいんっすか? この子一応行方不明なんっすよ?」
「でも存在がバレたら無理やり家に連れ戻されるぞ」
片桐の言いたいこともよく分かる。……が、俺は本人の『帰りたくない』という意思を尊重してやりたいんだ。
それに……暴力を振るうような家に帰らせたくないってのは俺の個人的な意見か。
「そうっすね……分かったっす! クルト君を休ませてあげましょう!」
片桐は納得したようだ。
「よし。良かったな。クルト、お前は今日から自由の身だぞ! 何でもしていいんだぞ!」
するとクルトは本から顔を上げて、首を傾げながらこちらを向いた。
「……自由? 自由って……何をしたらいいんだ?」
「遊んだり出来るだろ?」
「……遊び?」
何だその反応は……?
「えっ? ほら……鬼ごっことか缶けりとか。虫捕まえたり……ほらクローバーもなんか言ってやれよ」
「そっすねぇ……ボクが子供の頃はお人形さんを着せ替えたり、四つ葉のクローバーを探したりしてましたね」
それを聞いてクルトは顔を曇らせている。
「……それは楽しいのか?」
俺と片桐は顔を見合わす。……もしかしてクルトは遊んだことが無いのか? まさかそんなこと……
「じゃあクルト、それじゃあお前の趣味……好きなことって何?」
「無い。強いて言うなら寝ることだな」
「えっ……えぇ……」
俺に続けて片桐も質問をする。
「クルト君、本当に無いんっすか? 友達と遊んだりしないんっすか?」
「友達なんかいない。他の子が外で遊んでようが、オレは……家で勉強しかさせてもらえないんだ」
クルトは俺達から背を向ける。その背中は何だか寂しそうに見えた。
……そっか。この少年は遊んだことがないのか。
息が上がるほど走ったことも。転んで擦りむいた傷の痛みも。ゲームで勝つか負けるかのドキドキも。終わった後の達成感も。その全てを。
……経験した事が無いのか。
たまらず俺はその小さな肩を掴んだ。
「な、なんだ」
「遊びまくるぞ!! クルト!!」
「……へ?」
クルトは目を点にする。
「遊びまくるんだ!! 遊びの面白さを教えてやる!!」
「いや……オレはそんなこと……」
「いーや。拒否権はない。遊びに行くぞぉ!! クローバー、どこか面白い所連れてってくれ!」
「分かったっすー!」
クルトは「えっ? えっ?」と言いながらキョロキョロしている。これから何が起こるか分かってないようだ。
そんなクルトをよそに俺は片桐に合図する。
「よし、頼むぞクローバー!」
「……行きますよ! 『テレポート!』」
「えっ?う、うぁああ!!!」
───
「ふっふー到着っすー」
「な、何が起こったんだ!!」
クルトは驚いている。まぁ当然の反応だが……
「……ん?」
俺も困惑していた。今までに見たことない場所だったからだ。俺は片桐に尋ねてみる。
「クローバー、ここはどこなんだ?」
すると片桐は得意げな顔をして言った。
「むっふっふー。ここは……南の島っす!!」
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