第53話相談の約束

 いつもより二十分程早く職場に着いた俺は、現場へと赴くと、鼻歌混じりに機械の電源をつけていった。


 少しでも事前準備を行って、少しでも早く帰る為だ。


 電源のつまみをオンに捻ると、ブザーが鳴って電源がついた事を機械が告げる。


 あとは、横から斜めから、接触がないか確認しながらテスト運転。ゆっくり動かして問題のない確認を行った。


「あれ? 巣山さん、もう来てたんすか?」


「おう、今日は早く帰りたくてな。阿佐はどうしたんだ? 早いじゃないか」


 俺を呼ぶ声がして振り向くと、阿佐が驚いた顔をして立っていた。


 俺は目的があったから早く来たけど、阿佐も早く来るとは、何かあったのだろうか。


「私は真面目なんで、準備とかしっかりする為に来てるっす」


「へえ。殊勝な心がけじゃないか」


「まあ、嘘っすけど」


 阿佐が自分で真面目と言ったのに引っかかりつつ、褒める。


 しかし、阿佐はナチュラルな嘘だとしれっと自白しやがった。


 信じた俺が馬鹿だった。


 俺はため息をこぼして阿佐を無視すると、機械の立ち上げ作業に戻った。


「巣山さん、冗談じゃないっすか。ほんの冗談」


「お前なあ、それ絶対他の人にしちゃダメだからな」


「しょうがないっすね」


「それもダメだぞ」


「なんすか、私のアイデンティティを全部否定して。独占欲っすか?」


「そんなアイデンティティ捨ててしまえ。あと、お前に独占欲なんて湧かんわ」


 阿佐の意味のわからないアイデンティティにツッコミをいれて、独占欲を否定しておく。


 朝からどうにも疲れる。こいつ元気すぎるだろ。


「お前にって事は、他の人には湧くんすか?」


「……さあな」


 阿佐は、不意に真面目なトーンで疑問を口にした。


 その疑問は俺にとってはホットな話題だ。なにせ、つい昨日独占欲を抱いたばかりだから。


 とは、言えるはずもないので、俺は阿佐の疑問をはぐらかして答えた。


 肯定でも非肯定でもない。故に嘘はついていない。


「……そっすか」


 阿佐は俺の返答に対して興味なさげに頷くと、俺の機械の立ち上げを手伝い始めた。


 特に話題を膨らませる事もなく、ただ場つなぎとして聞いてきただけなのだろう。


 俺も特に言及する事なく機械の立ち上げを行なっていき、いつもより早く生産を行える状態となった。


「ふう。今日は早く帰れそうだな」


「そうっすね。……巣山さん、今日早く仕事終わったらちょっと話したい事あるんすけど」


「え? ……うん、わかった」


 早く帰る目処が立ち、ホッと一息ついてすぐ、阿佐が帰りに話があると言う。


 正直早く帰りたい。そう言おうとして阿佐の顔を見た瞬間、言葉が引っ込んだ。


 阿佐の表情はどことなく真剣で、帰りに遊ぶとかご飯に行くとかそういうのではなさそうだ。


 俺は言葉を飲み込んで了承すると、阿佐はホッとしたように微かに微笑んだ。


「あざっす。じゃあ、仕事終わりにまた声かけさせてもらうっす。とりあえず朝礼行きましょう。そろそろ時間っす」


 阿佐が指差した壁掛け時計は、朝礼前の時間をさしていた。


 俺は頷き、阿佐とともに現場を出ていつもの朝礼の場所へと向かって行った。

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