どんどんとわかっていく

第52話実家に帰ります

「いなり。今日、一旦実家寄って帰るから遅くなる」


 朝食を食べながら、帰りが遅くなる旨をいなりに伝える。


 なんの前触れもなく、突然告げたからだろうか。いなりの箸が止まり、ご飯が口に運ばれないまま空中で静止した。


 ぱかっと開いた口のまま、ぽかんと五秒くらい静止したいなりは、ハッとしたようにご飯を口にいれて飲み込むと、箸を置いて俺に詰め寄った。


「じ、実家じゃと? 挨拶か? 妾なんの準備もしておらんのじゃが!」


「違う違う! 落ち着け! それはまた今度だ」


 慌てふためく様子のいなりの肩を抑えて諌める。


 少し興奮した様子のいなりは、抑えられてしまい行き場をなくした興奮が荒い鼻息として現れた。


 まあ、突然実家に帰ると言えば誤解するのも無理ないかもしれない。そろそろいなりの事を両親にも紹介しなければならないと思っていたし。


「そ、そうか。すごくびっくりしたのじゃ。いや、でもそろそろ挨拶の事も考えないとと思っていた事じゃ。もし、違う用事で行くとしても、一応ふわっとでも話しておいてくれんかのう」


「ああ。俺も伝えないとと思ってたし、ちょっと話してくるよ」


「素敵な人に嫁いでもらうとでも言ってくれたら嬉しいのう。そしたら挨拶しやすいんじゃが」


「もちろん。最強に可愛い妻が出来そうだと伝えとくつもり」


「……ずるいのう」


 両親にいなりを紹介する紹介の仕方を、めちゃくちゃ惚気るといなりに伝える。


 すると、いなりは頬を赤らめてポツリと呟き、照れを誤魔化すかのようにご飯をかきこんだ。


 俺も口元を緩めながら味噌汁を啜った。


 でも、俺の心の中はそんなに穏やかではない。


 目的は、夢の内容の意味を知る事だ。


 朝には忘れてしまう夢がずっと続いている。


 最近では、一つの事だけ鮮明に覚えて起きているのだが、夢が何かを伝えようとしているのだろうか。


 たまちゃんに聞いた時は、いなりが関わっていたが、今回もまたいなりが関わっているのだろうか。


 夢を忘れてしまうのが歯痒いけれども、なぜ夢忘れてしまうのかわからない以上はどうしようもない。


 少し夢の内容に対して覚えていられる事が増えた事にも、なんらかの意味があるはず。


「ご馳走さまでした」


 俺は味噌汁を飲み終わり、空になった皿を流しに運ぶと、急いで出発の準備を済ませた。


 早めに行って、少しでも仕事を進めておこう。そして、早いとこ実家に帰って用事を済ませよう。


 昨日みたいにいなりを寂しがらせたくない。


 そう決意して、リュックを背負いダイニングに戻っていく。


 すると、いつも通り両手を広げたいなりが待ち構えていた。


「はい、尋。いってきますのー?」


「チューだな」


 相変わらず慣れない。


 いなりの質問に、照れながら答えてキスをする。


 いなりは俺の背中に腰を回して、目を閉じていた。


 柔らかい唇の感触を堪能して、離れた瞬間やはり口角がしっかり上がった。


 まったく、幸せすぎる。


「じゃあ、行ってくる」


「はーい、気をつけるんじゃよー」


 だらしない顔でダイニングから出る俺を、負けず劣らずだらしない顔をしたいなりが、手を振って送り出した。

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