第42話たまちゃんが狸だった頃

 通された先には、服がたくさん積まれた棚に囲まれたバックヤード。


 端の方に置いてある休憩スペースも兼ねているような机のとこに、パイプ椅子を二つ並べたたまちゃんは俺に座るように促した。


 俺は促されるままに座ると、たまちゃんは正面に座る。


「さて、私のトラウマの真相だったな。とはいっても昔の話であるのと、私自身あまり話したくない事を踏まえて聞けよ」


「話したくないのに、話してくれるの?」


「まあ、昔のちょっとした約束もあるからな。この話になんの意味があるのかが私にはわからんが、尋が私に聞きに来たという事はきっと何かの意味があるんだろう」


 どうやら、たまちゃんがトラウマの話をしてくれる理由は自分の意思ではなく誰かとの約束によるものみたいだ。


 その約束が誰との約束かはわからないけど、俺の夢と関係があるのならありがたい。


「あれは、二十年程前だ。私がただの狸だった頃、げんこつ山でライターを見つけたんだ。物珍しさにそのライターで遊んでいた時に、偶然にも点火してしまってな。……思い出しても震えるが、近くの草に火がついたんだ」


 思い出すのも辛そうに語り出すたまちゃん。


 その声音は若干ながら震えている。


 思ったよりもヘビーな内容だけど、一つ疑問が生じた。


 今の話が本当であれば、とんでもない山火事になってニュースにでもなってるはず。


 昔の事でもさすがに知らないとは思えない内容なのに、知らないのはなんでだろうか。


「二十年前に? でも、あの山で火事なんてあればさすがに俺でも知ってるぞ?」


「まあ、結果的にいえば鎮火したんだ。私は、火が周りそうになって、あたふたするしかなかった。あの時の私はただの狸だったからな。助けてと叫びながら、目の前で燃えていく炎を見つめていた時に助けが現れたんだ」


 ここでたまちゃんの声音が少しだけ明るくなる。


 怖かった思い出だろうけど、救いが現れたのだろう。


 たまちゃんの表情もどこかホッとしたようにも見えた。


「助けって?」


 俺が助けが誰かと問うと、予想外の答えが返ってきた。


「その助けとは、いなりといなりのお母さんだ」


 いなりといなりのお母さんが?


 いや、でも神様だからピンチに駆けつける事ができたのだろうか。


「私の声を聞いて来てくれたんだ。近くの泉に自分の着物をつけて火に被せて消してくれた。ただの狸の私なんかの為に神様のお召し物を使わせたんだ」


 たまちゃんは語りながら拳をぎゅっと握りしめる。


 まるで、自分が許せないような強い瞳で思い出しているようだ。


「でもな、いなりは気にする事ない。神様は弱いものの味方だって言って、ガタガタ震えながら言ったんだ。信じられないだろ。二十年前、たった五歳なのに神様としていなりは私を助けてくれたんだ」


「……いなりならしてくれそうだな」


「そうだな。まあ、その事件があって、私はいなりに感謝してるし、ライターつける時に鳴ったカチカチってのが今でもトラウマだ」


 成る程、カチカチの真相はこれだったのか。


 幼少期のいなりがたまちゃんを助けたエピソードを知り、いなりとたまちゃんの絆を感じる。


 だがしかしだ、まだ解決してないとこもある。


 たまちゃんが話そうと思った昔の約束の件が出てきていない。


 それにだ、今の話で出てきたいなりのお母さんについても何も語られていない。


 俺が納得しきっていないのを察したのか、たまちゃんは立ち上がり、紙カップとティーバッグを用意してポットからお湯を注ぎ始めた。


「思ったよりも長くなりそうだ。ここからはお茶でも飲みながら話そう」


 たまちゃんはそう言って、緑茶の芳しい香りの紙カップを俺の目の前にそっと置いた。

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