第36話部長と恋バナ

「巣山くんごめんね。娘が近くにいるとどうしてもさあ」


「いやいや、大丈夫ですよ。お気になさらず」


 部長に呼び出しを食らって、管理室で部長と二人きりになった瞬間の事である。


 いかつい顔の坊主頭は、管理室に誰もいない事を確認し、扉を閉めるや否や手を合わせて俺に対して平謝りする。


 部長はいわば娘大好きおじさんで、娘の事になると着火マンになる。


 今回も、娘が近くにいる手前真面目で厳格な父親の姿を見せたかったのだろう。


 しかしながらその本性は菩薩のようなおじさんで、現に今も俺を怒った事による罪悪感に苛まれているようだ。


 まあ、俺も慣れたものだ。阿佐との付き合いが長いという事は必然的に部長との付き合いも長くなるからな。


「本当に、ダメだとはわかってるんだけどね。僕も娘離れをしたいけれども」


「そんな事言って、阿佐に彼氏でも出来たらブチ切れるでしょ?」


「殺しちゃうかも」


 部長が頭を掻きながら反省文を述べているところに、冗談で返した。


 すると、部長は真顔になって物騒な事をのたまうもんだから、阿佐の未来の彼氏に同情してしまう。


 そんないかつい顔で殺すって言っちゃダメだろ。ちびっちゃうよ。


「物騒すぎるでしょ。部長顔怖いから」


「顔の事は言わないで。自覚してるから。本当、塔子が妻似で良かったよ。心配なのは孫に僕の顔が遺伝しちゃう事かな」


 顔の事をいじると、部長はへの字に口を曲げながら怒ったように顔に触れられるのを嫌がる。


 そして、すぐさま将来の孫の事を危惧して不安そうな表情になった。


 部長似の小さい子か。と、百センチくらいの部長の顔をした子を想像して思わず吹き出しそうになる。


 いかんいかん、流石に今笑ったら怒られる。


「まあ、阿佐は器量がいいから可愛いお孫さんが生まれるんじゃないですか?」


「巣山くんもそう思うか? そうなんだ、塔子はすごく可愛いからね。塔子に彼氏が出来たら殺さないといけないけど孫は欲しいんだよなあ」


「またナチュラルに殺してますね。阿佐が結婚できなくなりますよ?」


「塔子に近寄る馬の骨ともわからん男は信用ならんからなあ。まあ、巣山くんだったら構わないけど」


 それとなく阿佐を褒めて、部長の機嫌を良くしようと画策する。


 部長はそれに食いつき、阿佐の事を褒めつつもやっぱり未来の阿佐の彼氏を殺そうとする。


 俺は呆れて阿佐の結婚を危惧した意見を伝えると、予想の斜め上の意見が返ってきた。


 はっはっは。ご冗談を。


「ありがたい意見ですが、謹んでお断りします」


「ほう、僕の娘では不服という事かな?」


 勝手にすすめられそうな俺と阿佐の関係を丁重に断ると、部長はそのいかつい顔から放つ睨みつけるで俺の防御力を下げる。


 不服かと言われれば、阿佐は良い奴だと思うし不服はないけど、俺にはいなりがいる。


 ……結婚の事とかもあるし部長に相談するくらいはしておいてもいいのかな?


「いや、自分結婚を考えてる人がいるんですよ。別に阿佐が不服ではないです」


「え、そうなのかい? それは知らなかった。そうか、君も結婚するのかな?」


「いや、まだ結婚とかは先になるとは思うんですが」


「まあ、君も若いからね。なんだったら、稲荷神社を知ってるかね? あそこは縁結びの神社だ。行ってみれば結婚もうまくいくかもしれないよ。僕も妻とお参りに行ってラブラブだからね」


 知らなかった情報(稲荷神社が縁結びの神社である)と知りたくなかった情報(部長が奥様とラブラブである)を一気に受け取り増えた情報に驚く。


 稲荷神社は縁結びだったのか。


 まあ、俺も縁結ばれていなりと出会ったし、部長のとこもラブラブならいなりの神としての力がすごいという事だろうか。


 やるじゃん。


「プロポーズもあそこでしたんだよね、あれは確か……」


 話し出した部長の口は止まらない。


 奥さんとの馴れ初めから、稲荷神社でプロポーズした話とか、いかに奥さんとラブラブかを語り出す部長。


 おいおい、やるじゃんとは思ったけどハッスルして縁を結びすぎだろうといなりに対して若干心の中で毒を吐いた。


 結局、部長から小一時間ほど馴れ初めトークを聞かされて、解放されたのはお昼休み前の事だった。


 ……今日仕事全然してない。

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