第35話阿佐親子

 本日の作業は、出来た製品を目視による検品を行う作業。


 二人一組で、検品を行う作業になるのだがこれがまた地味な作業でとてつもない睡魔に襲われる。


 機械から流れた製品を見る。問題ない。相方に渡す。機械から流れた製品を見る。問題ない。相方に渡す。


 この延々とした作業の繰り返しに大きな欠伸をひとつこぼした。


「巣山さん、寝不足っすか? ダメじゃないっすか、たるんでるっす」


 俺の作業の相方である阿佐が、俺の欠伸に気付いて注意してきた。


 確かにその通りだ。阿佐に言われるってのはちょっぴり悔しいけども。


「でも、眠たいのはわかるっす。私も眠くてやる気にならないっす」


「確かにな。でも、無駄口叩いてるとあそこにいる部長にどやされるぞ」


 阿佐の意見に全面同意しつつも、俺は少し離れたところで俺と阿佐に熱い視線を向けるおっさんをチラッと見ながら阿佐を注意した。


 坊主頭の正体は製造部部長だ。


 さて、何故製造部部長が普通のの製造現場にいるかというと、娘を溺愛しているからである。


 何を隠そう、部長の苗字は阿佐。この阿佐薬品の社長の息子であり、俺の後輩の阿佐は部長の一人娘だ。


 そのせいで、部長は暇を見つけては阿佐の仕事ぶりを見に来ているわけで、必然的に俺もその熱い視線の恩恵を受ける訳だ。


 あ、恩恵って嫌味で言ってるからな。


 今日も今日とて暇だから来たんだろうけど、二日に一日来るのは勘弁して欲しいもんだ。


「子離れ出来てないなあ」


「本当に良い迷惑っす。あの坊主、一回とっちめた方がいいっすかね? あんまり来るとその五分刈り五厘刈りにするぞって」


「ぐっ、ぶふっ……。おい、阿佐てめえ、今このタイミングで笑わせるんじゃない」


 娘しか言えない阿佐のジョークをまともにくらって思わず吹き出す。部長の髪は極めて寂しい。みんなが思ってても言えないことを言いやがって。


 その瞬間、部長の視線がギラリと俺を射抜いた。


 違うんです、おたくの娘が悪いんです。


 弁明したいが、部長は娘好き好き星人だ。きっと弁明は出来ないだろう。


 俺は部長の痛い視線を不本意ながら受け入れて、息を大きく吐く。


 心頭滅却。集中すればどうということはない。


「じゃあ、剃り込みいれるぞの方がいいっすかね? お前の坊主をサッカーボール刈りにするぞって」


「ブッ……! ゴホッゴホッ! 怒られるだろ、阿佐お前いい加減にしろ!」


 相変わらずの阿佐のキレキレのジョークに先程よりも大きくむせて笑ってしまう。


 これ以上はきついと判断し、阿佐を少しきつめに注意する。


「いい加減にするのは、巣山くんだぞ」


 だがしかし、注意虚しく部長が俺の側まで近付いて、腕を組みながら注意をしてきた。


 俺からすれば阿佐の父親だろうが部長は部長。お偉いさんには違いない。


「す、すみません」


「全く、たるんでるんじゃないのか」


「あ、それさっき私も言ったよ。親父、私と同じことしか言えないんだね」


 部長の注意に被せて爆弾発言をした阿佐の言葉に、一気に周囲三メートル程が凍りつく。


 阿佐は馬鹿にするような笑みを浮かべ、部長はプルプル震えだしている。


 阿佐、頼むから黙ってくれと、俺は必死でアイコンタクトをとった。


 これ以上場を乱さないでくれ。


「巣山くん、注意してるのに娘を見つめるとは何事か!」


 だがしかし、俺のアイコンタクトは悪い意味で部長に捉えられてしまう。


 ああ、積んだ。


 怒髪天をつく部長の理不尽な怒りは結局冷めずに、俺は部長に呼び出されてお説教を食らう羽目となった。

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