幕間 思い出③

第33話女の子は男の子に

 うるさいくらいのひぐらしが鳴いている。


 そして、まどろみの中からだんだんと晴れていく視界。


 また、忘れていた夢の世界が俺の眼前に広がっていた。


 確か、あの時は俺が倒れて……。


 断片的に残っていた記憶を辿りながら辺りを見渡すと、女の子でもない小さな頃の俺でもない、女の子の母親が立っていた。


「ふふふ、尋くん。君がここに来る事をずっと待ってたわ。そうね、二十年前からずっと」


「え? ど、どういう事だ?……ですか? あなたは誰なんですか?」


「私はてんこ。こう見えても神よ。私は君から記憶を奪い、そして、君に記憶を返しに来たの」


「神!? それに、俺の記憶!?」


 てんこと名乗る女性は、神と名乗り、俺の記憶を奪いそれを返すと言った。


 一度に現れた強大すぎる二つの情報。


 まあ、まず神はいなりがいるからなんとか受け止めるとしてだ。


 記憶を奪ったって、そもそもてんこさんと出会った事も、奪われた事も記憶にはない。


 強いて言うなら今さっき、小さな頃の俺の甘い出せない思い出が再生されているがこれはきっと夢だ。


 ……夢だよな。


 ここで、はたと気付く。


 この人、二十年前からと言ってなかったか?


 確かあの小さな頃の俺、だいたい五歳児ぐらいじゃなかったか?


「……てんこさん? つかぬ事をお聞きしますが、奪った記憶とは」


「うん、今夢として見せている記憶。そして、私と私の娘の記憶」


 てんこさんはあっけらかんと言ってのけるが、とんでもない事だ。


 今見ている夢が、実は全部俺の記憶の一部始終だなんて。


 物凄く色濃い思い出なのに、何一つ思い出せないのも衝撃的で、思考がぐるぐると回っていく。


「尋くんには悪い事をしたと思っているわ。でもね、あの子を一人前の神様とするには必要な事だったの」


「て、てんこさん、ちょっと待ってください! 情報量が多すぎて全然整理が出来ない!」


「ああ、ごめんなさい。でもね、もう間も無く目覚めの時間なの。……目が覚めたらこの夢を忘れてしまうけれど、どうかあの子の事を思い出してあげて」


 てんこさんの説明を一旦手で制して情報整理の時間を要求するが、てんこさんは俺の要求を無視して俺の眼前に掌を広げる。


 その掌から柔らかな光が眼前に広がっていき、そして、意識はまどろみの中へと消えていった。


「一つ思い出すおまじないをかけてあげる。たまこちゃんに、会いに行きなさい。そして、カチカチの真相を聞きなさい」


 記憶が落ちる前に、もう一度てんこさんの声が聞こえた気がした。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 アラームが鳴り響く前に身体が飛び起きる。


 じっとりと背中に嫌な汗をかいていて、呼吸は荒い。


 一体なんなんだ? 夢を見ていたようだが、思い出そうとすれば頭が痛む。


 若干混濁しているが、一昨日も昨日も同じような夢を見ていたような。でも、思い出せない。


 だが、思い出せないかわりに脳裏に女の人の声が僅かに焼き付いていた。


 たまこちゃんに会いに行きなさいって、たまちゃんの事だよな。


 カチカチの真相を聞く? ……聞いてもいいのか?


 夢の事だけど、行かなければならない。そんな気がする。


 たまちゃんなら何か知っているだろうか。帰りにエオンに寄ってみるか。


 俺はまだ鳴っていない目覚ましのアラームをオフにすると、身体を起こして仕事の準備を始めた。


 今日は早く切り上げてたまちゃんのところへ行こう。そう決意して。

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