それは私のおいなりさん〜嫁いで来たのは最強に可愛い神様でした〜

藤原 悠有

妻が出来ました。

第1話嫁が欲しくてお百度詣り

 お百度詣り。諸説あるが、俺が知っている情報としては、百回願い事を言う事で願いが叶うという昔の言い伝えである。


 とはいえ、それは迷信の類の話ではある。


 恐らくは声に出して祈る事で、自身を奮い立たせてその願いを叶えられる力をつけるというニュアンスだろう。


巣山すやま ひろ! 二十五歳! 四季アパートの一○一に住んでます! 結婚したいです! よろしくお願いします!」


 はてさて、現在真夏の蒸し暑く、夏の大三角煌々輝くそんな時間。時刻にして、草木も眠る丑三つ時。


 おおよそ一般人は眠りにつくような時間に、稲荷神社と呼ばれる神社の拝殿に向かって元気よく叫ぶ馬鹿が一人。何を隠そうこの俺だ。


 決戦の金曜日とか聞いた事があるので、仕事が終わったその足で向かった。


 石造りの苔むした鳥居と、腐ってボロボロになった木造の拝殿を行ったり来たりを九十八回。


 地面の砂利はすっかり俺の通り道をはけるように広がっており、土が見えてしまっている。


 とまあ、非常識な事をしているが、お参りの作法は地域柄もあるだろうが少なくともうちの地域の作法には従っている。手水も祈る時に名前とか年齢とか住所とかちゃんと言うのも完璧。


 屈折した情熱を全身全霊で受け続けている神様もきっといい迷惑だろう。そう言いたげに、稲荷神社の境内に設置されている狐の石像が俺を見つめているように感じた。


 だが、俺はやめない。


 俺の毎日は平日は仕事を頑張って家に帰る日々。休日は休日でゴロゴロとするだけのルーチン。


 住んでいる2DKのアパートは広々としているが、独り身が長く続けば、ただいまを言っても返ってこないようは俺には広くて落ち着かないまである。


 周りは結婚していくし、俺は俺で誰とも付き合った事もないようなそんな人間だ。


 ついには後輩にも先を越され、焦った俺はお祈りを始めたのであった。


「巣山 尋! 二十五歳! 四季アパートの一○一に住んでます! 結婚したいです! よろしくお願いします!」


 そして、九十九回目のお祈り。あと一回だ。


 足の裏が砂利を踏み続けたせいかズキズキと痛むがようやく終わる。


 百回目の歩みを始める足に力を込めて地面を踏みしめる。


 すっかり茶色くなったお気に入りのスニーカーを誇らしく踏み付けながら、百回目の拝殿に辿り着いた。


「巣山 尋! 二十五歳! 四季アパートの一○一に住んでます! 結婚したいです! よろしくお願いします!」


 最後は深く深く九十度まで頭を下げて三十秒も頭を下げ続けた。


 終わった。いや、満足はしたがこれで結婚出来るわけではない。


 これはあくまで自分を奮い立たせる為のものだ。


 むしろここからが始まりである。


 頬を強めに叩く。ジンジンと痛むが気合いは入った。


 明日から頑張ろう!


 俺は拝殿にくるりと背を向けると、広がってしまった砂利を出来るだけ元に戻しながら鳥居の方へと向かった。


「あ、あんな熱いプロポーズ……。わ、わらわ……心の準備が……」


 何か声が聞こえた気がして、拝殿を振り返る。だが、あるのは相変わらずのオンボロ拝殿だった。


 多分、風の音だろう。


 もう一度踵を返して、俺は稲荷神社を後にした。

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