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純白王国攻防編

第001話 登場

『世界は我が手中にあり』


 名も分からない樹木や見た事のない草々が鬱蒼と生い茂る密林ジャングルでは進むべき方向も見失ってしまい兼ねない危険が常につきまとっているが、眼前の絶望と比べればそんな事はどうでも良かった。

 彼らは人類未踏の地であるこの密林ジャングルで獣道に導かれるまま進んでしまった事が大きな失態だった。導かれた獣道は背丈より高い草のせいでろくに前も見えず、頭上には大きな葉を持つ巨大な木々がそびえ立っていて夕暮れのように暗くて、視界はかなり悪い状況だった。目の前の背よりも高い草を剣で刈りながら進んでいたが、突如として草と木々が途切れ、やや小さめの草原に出たのだった。そこは木々に囲まれていたが馬を駆けて走り回れる程度の広さがあり、密林の中では異質な広場なようになっていた。その草原の先には剥き出しの黒い岩石で形成された見上げるほどの巨大な崖があり、行き止まりになっていた。そして草原はその大部分が黒く焦げているという異様な光景だった。これまでの緑の密林ジャングルから黒い草原へという異様な景色の変貌は精神に悪影響を与えるに十分な要素であったが、崖に大きく空いた洞窟がそれよりも巨大な絶望を与える存在となっていた。正確にはその洞窟内にいる絶望的な存在の縄張りを侵してしまい、しかもその視野に自分たちの存在を捕らえられてしまったからだった。

「散開せよっ!!」

仲間達パーティーの2名にとっさに指示を出した。絶望感の中でもこの号令を出せたのはこれまでの経験がなせる業だったのかもしれない。そして2名の仲間もそれに応えるように左右に素早く散り、連携して戦闘できるギリギリの距離を確保した。それぞれが3カ所に散った時、洞窟から巨大な絶望の塊が大きな足音を立てながら出てきた。


 その塊の正体はドラゴン。この世界における生態系の頂点にあり、万物の霊長である。どんな種族も彼等の圧倒的な能力には敵わないため、彼等に出会う事は死を意味する事に等しい。それはこの世界に生きるすべての種族にとって共通認識だ。

 一般的な家屋5軒ほどの大きな体躯で全体的には爬虫類の容姿であるが、赤茶色の硬い鱗に覆われており、その巨躯と独特な鱗だけで十分な威圧感を有していた。更に大きな2本の角を有する頭部は燃える様な赤い目と大きく裂けた口があり、その口からは無数の鋭い牙が生えていた。長い首と尾には鱗質のたてがみが無数にあり、尾の先には大きく鋭利な牙が2本生えていた。4本の脚でしっかりと大地を捉え、凄まじい迫力でその眼光を向けてきており、いつでも襲い掛かれる体勢であるのが見て取れた。


 縄張りに侵入した愚かな下等生物に対する怒りとどの程度の能力を持っているのかを推し量るかのようにドラゴンは大きな口を開けて咆哮した。それは耳をつんざくような大きな音であり、力の限り踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまいそうな強風を巻き起こした。しかし3名の人類がドラゴンの些細な戯事に後ずさりすることなく何とか持ちこたえた事で、ドラゴンの侵入者に対する意識はおろかな下等生物から排除すべき敵へと変わった。


 凄まじい迫力のドラゴンの咆哮に何とか耐えた。それは他の2名も同様だった。しかし、その巨躯から発せられる強烈な圧力の為に心は恐怖に支配されていた。『蛇に睨まれた蛙』という恐怖で身体と精神の自由が奪われた状態で、正常な判断もできず、固まったまま動けなかった。本来であればドラゴンから視線を外さないようにして細心の注意を怠らず、少しずつ背後の森の中へ逃げ込むのが最善の策であると考えられるが、その正常な判断を下せる者は誰一人としていなかった。それは絶対支配者である生態系の頂点と対峙してしまった状況では仕方なかったのかもしれない。

 その様子を察したかのようにドラゴンは排除すべき敵に対して攻撃を開始するためその長い首を天へ向かって上げ、後ろ足2本で立ち上がった。

 それが攻撃の前触れであると察した時、固まっていた思考と身体への神経伝達経路が突如として復活した。『ここで死んでしまっては全てが滅ぶ』その思いがよぎった時、龍息吹ドラゴンブレスに抗するため背中のマントを前面に出しながらその魔法の布で全身を包んだ。他の2名も同じマントを纏っていたが、同じように対応できたかを確認する余裕などなかった。

 全身が包み終わったとほぼ同時に灼熱の火焔が飛んできたのが分かった。その凄まじい勢いは身体を後ろではなく真上に押し上げ、数秒宙を舞った後で、黒く焼け焦げた地面に身体を叩きつけた。魔法の布のおかげで非常に軽度の火傷で済んだようだったが、受け身を取れる状態ではないにもかかわらず運良く背中から落ちていた。しかし、その衝撃で呼吸をする事ができず体勢を立て直すことなど到底出来そうもなかった。先程火焔から身を守ってくれたマントは既にボロボロに焼失しており、もはや身を護る術はなかった。

 大地を背にして見える視界は身体を打ち付けた衝撃でぼやけているが、空が突き抜けるほど綺麗な青色である事だけは分かった。『これが最期に見る景色か…』無念の極みの境地に全身の力がなくなっていくのを感じていた。


「俺の庭で何をしている」


その声に心臓が止まるかと思うほど驚かされ、声のした方向にぼやけている視界のまま視線を送った。そこに誰かが立っているのが分かった。そしてそれが誰であるかも分かっていた。

『私はこの男に会うためにここに来たのだ』

不思議な事にその存在を認知した瞬間から全身より抜けていた力がみなぎってくるのが分かり、剣を杖代わりにしながらではあるが体勢を立て直す事ができた。そして大きな声で叫んでいた。


「あなたはっ、レヴィスター・ガイクス!!」

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