第10話 再会、そして再会

(ダ、ダメだ。全く話にならない)

 

 なぜ九谷さんがこんなにも恨まれているのか?


 そもそも、なぜ同じ使命を持つ魔封士が争う必要があるのか?

 

 疑問が次から次へと湧いて出るが、


(い、今はそれどころじゃない)


 そのすべてを俺は切って捨てた。


 生存のためには無意味な脳内活動。


(今は、た、た、戦うしかない!)


 もちろん勝率は完全にゼロだ。


 しかし、抵抗をきっかけに事態が変わることは、十分期待できた。

 

 戦いを長引かせれば、時間経過によって、状況が変わることもある。


 具体的には、ルシュフが駆けつけてくれるかも。


 こちらを手ごわいと感じさせれば、逃げの一手も打てる。

 

 一旦柱の陰に隠れて、まずは現状把握。


 暴走族を横目で見る。


「ひいいいい」

「ど、どうかとばっちりを食いませんように」


 奴らは少女から離れた壁際でひたすら天に祈りを捧げている。


(あの人たちが少女に加勢する恐れはなさそうだな)


 半面、こちらに協力してくれる可能性もなさそうだが。


「くらえ!」


 柱の表に連続して炎が放たれる。


 火炎になめられる度、柱の表面がぐずぐずと音を立てた。


(さ、さすがにこのでかい石柱を融かすことはできないか)


 安全地帯を確保できたと安堵したのもつかの間、例の赤いかがり火が、俺のそばに灯る。


 炎が、ぐるりと円弧を描きはじめる。


「う、うわわわ」


 俺は泡をくって柱の背後から飛び出した。


「ようやく物陰から出てきたな。このゴキブリ野郎」

「な、なんてあだ名をつけるんだ」


 俺目がけて、雨あられと降り注ぐ炎を、蛇行しながらかろうじて避ける。


 どうにか、隣の柱までたどり着けた。


「はあ、はあ」


 呼吸を急ぎ整える。


(どうする。どうする)


 素手じゃお話になりやしない。


 何か使えるものは?


「あれは?」


 できたての火口のそばに、石剣が一本転がっている。


 間違いなくリザードマンの一体が装備していたものだ。


(今までは、持ち主の幻魔獣が死ぬと、その所持品も精霧に還っていたのに?)


 原因を考察しかけて、また炎のリングに囚われかける。


「く、くそ。考える時間くらいは与えてくれてもいいのに」


 炎の輪の外に出る。


「いいかげんに、黒炭になれ」


 少女の無慈悲な攻撃をどうにかいなして、俺は、石剣めがけて一目散に走った。


(今は理由なんてどうでもいい)


 有用性だけが、現状では重要なことだ。


 石剣を拾い上げる。


 冷たく重い感触が、肘まで伝わってきた。


(よし、使える)


 ついでに、近くに転がっていた石片を一つ拾い上げながら、直近の柱に隠れた。


 この柱から、少女への距離はそうない。


「すうう。はああ」


 俺は一つの決断を下す。


 そして、決断後は速やかに実行。


 この二つの間を無暗に空けてしまうと、恐怖心につけこまれる恐れがある。


 特に、今回のような無謀な作戦の時は。


 俺は、息を大きく吸い込むと、

「うわああああ」

 悲鳴じみた絶叫を迸らせながら、一直線に、少女に向かっていった。


 石剣を前面に突き出し、馬上槍さながらの用法で構える。


「ふん。焦ったな」


 少女は、勝利を確信した笑みを浮かべると、手の内の炎を、俺に真っすぐ投げつけてきた。


 炎と俺が衝突軌道を描いているため、今度の回避は絶対に不可能。


 ただし、迎撃は可能だった。


「えええい!」


 先ほど拾い上げた石片を、向かってくる炎の渦めがけて投げつけた。


「何!?」


 ここまで完全優位に立っていた少女が、はじめて、戸惑いの声を上げた。


 異物と激突した炎の渦は、俺からほど遠い空中で、その延焼効果を発動させてしまう。


 空に咲いた炎の華をくぐりながらも、俺は前進する速度を緩めない。


「いやあああ!」


 少女の手は次の炎を準備しようとしているが、一瞬俺の石剣の方が早い。


 全力疾走のエネルギーをそのまま乗せた突きが、少女に触れる――。


「!?」


 高速で突き出された石剣が、少女の眼前で、いきなり静止した。


 切っ先には、少女の親指と人差し指が、からみついている。


「そ、そんなバカな」


 デジャビュが俺の脳裏をよぎっていた。


 リザードマンの渾身の脳天斬りを、指で軽々と抑えこんだ九谷さん。


『人間の心が生み出す『精』の力だ。精と書いてシンと読む』


 ルシュフの言葉までリピートされる。


「九谷め。どういうつもりだ」


 俺の全身からなる推力を、たった二本の指で封じた少女は、

「こいつ、精も使えないド素人じゃあないか」

 石剣をつまんだ腕を勢いよく振り上げ、柄を固く握った俺の身体に、宙を舞わせた。


「うわああ!」


 学校の屋上以上の高度に達した肉体は、回転しながら、硬い石畳へと落ちていく。


(ああ、終わった)


 本日二度目の臨死体験。あきれ果てたのか、今度は美月も現れてくれない。


 ところが、俺の背中に感じられたのは、想像とはかけ離れた、柔らかくて複雑な感触。


「……?」

「痛い痛い!」

「は、早くどいてくれ!」

「あ、足が挟まった!」


 例のナントカいう暴走族メンバー数人が、俺の身体の下で蠢いている。


「……え?」


 例の佐久間が痛痒を感じていることに、密かに溜飲を下げながらも、俺は現状確認。


 たまたまクッションになった……わけはないよな。 


 ……わざとやってくれた?


 半ば混乱しながら、暴走族の上から降りる。


「ふん、妙な奴だ」


 少女が、石の柱から飛び降りた。


 俺と目線の高さが揃う。


 少女は、俺の顔をまじまじと観ていた。


「迷夢宮や魔封士については一定の知識がある。九谷貴咲とも面識があるよう。それでいて、精の用法をまったく知らない。なんだお前は? 存在が矛盾しすぎているぞ」


 少女は、俺の返事を待つように、空白の間をつくった。



「じ、実は――」


 今日ここまでにあったことを、少女の興味が失われないうちに、早口でまくし立てる。


 肝試し。会場は三小。偶然迷夢宮。九谷さんとはクラスメイト。この隠し部屋がどうしても見つけられずに二手に分かれた。


「……ふん。一応、筋は通るか。かなりバカげたシチュエーションではあるが」

「お、俺もそう思ってます」

「自覚があれば大目にみてやる」


 少女の口元に微笑が浮かぶと、この部屋の張り詰めた空気が、いくぶん和らいだ。


「そ、それで一緒に行動をしていたルシュフとはいつの間にかはぐれてしまって……」

「ああ、そっちはこちらに心当たりがある」

「え?」

「多分、隠し通路のところで、アリエッタとばったり出くわしたんだろうな」

「ア、アリエッタ?」

「お前には関係のないことだ。白魔封士の仲間に教えることなんて何もない」

「し、白魔封士……ですか?」

「ん? 九谷はこの話はしていないのか」

「は、はい。魔封士とは迷夢宮と戦う人たちということしか」

「で、お前はそれを真に受けたと」

「ち、違うんですか?」

「はははは」


 少女は大きく口を開いて笑った。


 俺の胸中のシグナルが、今日最大の音を上げる。


「そんなわけがないだろう。考えて見ろ。魔法だぞ」


 少女は、俺の視線をエスコートするように、自らの炎で作り上げた惨状に、手のひらを向ける。


「これだけの力だ。それをどうして他人のためにしか使っちゃいけない。自分たちのためにも用いたいと思うのは、人間として当然じゃないか」


 少女が不敵な笑みを浮かべる。


「そ、そう考える一派が魔封士さんたちの中にもあるってことですか?」

「そうだ。黒魔封士。私たちはそのように呼ばれている」

「黒……魔封士」

「ちなみに、九谷のようにバカみたいに原理原則を守ろうとする連中は、白魔封士と名乗っているな」

「白と……黒」


 二色の魔封士たち。


「それで、お前。……ああ、そういえば、名前をまだ訊いていなかったな」

「あ、はい。俺の名前は天屋良星と言います」

「ふうん。天屋……良星?」


 少女が、大きく首を傾げた。


 ナナメの猫目が、俺の顔をじっと凝視する。


「?」


 異性に見つめられるこそばゆさを感じつつ、俺も少女の顔を、はじめて至近距離から見つめた。


(ん? あれ?)


 例の謎信号が、また俺の中で鳴りはじめた。


(この子って?)


 見覚えがある。


 知っている誰かに似ている?


『思い出せ。早く思い出すんだ』


 信号はいつの間にか明瞭な音声になっていた。


 知っているどころの騒ぎじゃない。知りすぎている。


 子供の頃からずっと一緒だった。


 俺と倉木志道と藤原有人と、いつもつるんでいた。


 そして、夏休みのあの日、俺たちの前から永遠に姿を消した。


 そのはずだった。


 もう二度と会うことなんてありえなかった。


「美月! そんなバカな。君は初代美月なのか!」

「ああ、良星。天屋良星! ど、どうしてリョウがこんなところに」

「君は死んだはずじゃあなかったのか」

「こんなの嘘だ。いや、確かに私たちの地元だけど。偶然、迷夢宮で鉢合わせるなんて。そんな確率ありえない」

「生きていたんなら、どうして連絡してこなかった」

「よりにもよって、九谷貴咲のクラスメイト?」

「いや、それよりどうして魔封士に?」


 お互いが、自分の疑問を口にするばかりで、会話はまったく成立していない。


 ズズズズ


 轟音が、石の間を激しく揺らした。


「じ、地震か?」

「落ち着け、リョウ。迷夢宮で地震は起こらない。ここは異空間の一種だから、外界の地盤とは完全に切り離されているんだ」


 ズズズズ


「で、でも、美月。実際に迷夢宮は揺れているぞ」

「これは……」美月が耳を澄ませる仕草を取る。

「震源はすぐそばだな。かつ移動している。誰かが途方もない力を行使して、迷夢宮を破壊している?」


 眉間にしわを寄せて思案していた美月が、

「考えるのもバカバカしい」

 と、急にしらけた顔になった。


 振動音は、どんどんこっちに近づいてくる。


「これほどの破壊を行使できる奴なんて、魔封士業界全体でも一握りだ。となれば、現状、答えは自ずと決まってくる」


 足が浮きかけるほどの、一際巨大な振動。


 石の間を包む、壁の一角に、巨大な亀裂が入った。


 石壁が、大小さまざまな欠片となって、滝のごとく落ちる。


「ぎゃああああ」


 付近にいた暴走族たちが、脱兎のごとく駆け出す。


 ぽっかりと空いた大穴にいたモノ。


 激しい動作の余勢か、漆黒の長髪が、美しく舞い踊っていた。


「ふう、無事で何よりだ。天屋君」

「く、九谷さん」


 憧れのクラスメイトで、白魔封士が、安堵の笑みを俺に向けていた。


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