第22話「追撃」

魔術師は、フリーランニングさながらに、この町を縦横に駆けていく。だがそれにぴったりとくっついて離れない賢治に魔術師は驚愕した。(く、まったくなんなんだ?日本刀で魔物を一刀両断にする剣術娘に、俺の呪術さえも跳ね除ける力をもった女だと?まったく“バハムートの娘”の周りは化け物ぞろいじゃねえか。さっきからこの俺の足でぜんぜん振り切れないこの男にしてもどうなってやがる。これじゃ、当初の目的もなにもあったものじゃないぜ!)

 伊佐は、魔術師を追うときはじめに三人の追っ手によって追跡を阻まれ、今、魔術師を追えているのは、賢治ただ一人だった。

賢治と魔術師は、ものすごいスピードで屋根伝いに走り続けている。魔術師は、業を煮やして、鉄のニードルに呪いをかけて三本、ものすごい高速で投げた。

賢治の両手には あの籠手・・・・が装備されていた。なんなく弾き飛ばす。しかしそのニードルは呪いがかけられていたのだ。賢治の体がなにか重く感じる。見るとニードルが足と足の甲に突き刺さっていた。

「ぐあああ。なんだ、これ」

「けけけ、それは、いったん目標を定めたら絶対外れねえ。いっとくが無理に引き抜こうなんて止めた方がいいぜ?そいつがもっとお前の肉に食い込むだろうからなぁ!そらぁ!そろそろ、死ねよ!拳法家くずれ!」魔術師は、剣を抜き放つとその剣にもまた呪いをかけた。すると剣はまるで生きてるように自分で宙に浮き、こちらに刃を構え、回転しながら突っ込んできた。

「うおお!」

 寸前で、体をそらして、避ける賢治、剣はすばやく方向修正してまたこちらに飛んでくる。

 ガキィ!剣と剣が擦れ合う音が響く。

「うん?さ、桜花?」

「まったくなんで、わたしがこんな不良を助けなきゃ行けないの?まったく、だけど人に刀向けるわけにはいかないじゃない。あなたはあいつを捕らえなさい。逃がしたりしたらただじゃおかないから!」

「すまねえ、桜花。あとでなにかおごってやるよ、おい、待てっこのエセ魔術師!」

「ちょ、ちょっと待って!」

「ん?」

「あなた、足を怪我してるじゃない!どうしたのよ、それ」

「ああ、あいつのクナイを避けそこなっただけだ。これでも鍛え方が違う、たしかに三本とも貫通してるが、周りの筋肉で出血を止めてずれないよう、筋肉で締めて固定してるから大丈夫だ」

「だけど!わたしはね、おじいちゃんが接骨院やってるの、どうみても致命傷よ?」

「桜花、豊村を、あいつを救うには、このくらいのことは覚悟してなきゃダメなんだ。すくなくともそういうやつが一人はいないとな、豊村は、あいつの抱えてるものは重すぎる。だれかが一緒に背負ってやんねえと・・・・・・」

「・・・・・・くっ!う~、じゃあ、三十分!」

「へ?」

「三十分だけなら、わたしのおじいちゃんが治せる範囲だわ、その重症でもね。だから三十分であいつを捕まえなさい。それも足に負担をかけないで、出来る?」

 賢治は、ニッと微笑んで

「余裕だよ」と呟いた。

「三十分だな?分かった。三十分後は、あのエセ魔術師、捕まえてここに戻ってる。約束する。足にも負担はかけねえ」

 ひさしぶりにその目が真っ赤に輝きを放っている。戦士が本当に、怒ったり、本気になったりすると表れる不思議な真紅の輝き。すると、賢治はスルッと側転して倒立状態のまま、屋根から落ちていく。呪われた剣を防ぎながら唖然とする友恵に、賢治は、腕だけで手すりを掴むとそのまま体を一回転させてまた空中に舞い上がった。サーカスのブランコ乗りのように器用に腕と反動だけで、信じられない速さで家々の手すりを伝って魔術師を追い始めた。

 魔術師は、もう自分を邪魔するものはいないと思っていた。そして群集にまぎれてこのまま消えようとしていた。

そのときだった。前方から、オーダーメイドのスーツを着こなし、真っ黒なサングラスをかけて、ボディビルダーのような鍛え上げられた巨漢の男が、現れた。魔術師は、そいつが自分の方へダッシュしてくるとは思わなかった。すると、気づくと左右からも同じような巨漢の男がこっちに迫ってくるではないか。魔術師は、そくざに、後退して群集に、入り混じる。術を使えば群衆のなかで自分を捕まえる事は無理だと安心したそのときだった。足に鈍痛が走る。あまりの痛みに足をおさえると、痛みの正体を見る。吹き矢だ、毒針を撃たれたのだ。どこから?魔術師はあたりを見渡すと、ビルの一角の窓が不自然に開いている。ビルからここまでおよそ八百メートル、特殊な発射装置のようなもので狙撃したとしても相当な腕だ。そうこういってるうちに痺れとめまいに襲われる。魔術師は、体に巻きつけてあるシリンダーベルトから、緑色の液体の入ったビンを出して、飲む。たちどころに痺れとめまいは消える。もう、油断はしまいと完全に気配を断ち切り、全身をスコープ(遠視鏡)のようにして逃走を始める。

しかし、またもや壁のような巨漢の男が目の前に立ちはだかった。そいつは手をうなられせて自分の肩を押しつぶすほどの打撃を加える。たまらず、体を逃がして、となりの壁に吹き飛ばされる。

するとこの巨漢の男は、にい~っと微笑んでしたしげにこういった。

「ひさしぶりじゃないか!どうした、軽いあいさつのつもりだったのにそんな大げさに吹き飛ばなくたっていいじゃないか?」

 悪夢でも見ているのか、今のがあいさつだと?こっちはわき腹の骨が何本かイッちまってるってのに。

「さあさあ、みんなあっちでまってるぞ、おれといっしょにいこうじゃないか!」

 そういって魔術師を、軽々と持ち上げるとその男はさっきのスーツ姿の男たちのところへ魔術師を運び始めた。そこで魔術師は初めて気づいた。こいつと同じ気配が一つ、二つ、三つ、いや、三十か四十はいる!気配を察知するのは戦闘の基本と教えられていた魔術師は、自分が脱出不可能な状態に知らずのうちに陥ってるのに気づいた。

 魔術師は、もはや、逃走をあきらめた。

「ん?どうした、いやに元気がなくなったじゃないか?もしかして風邪でもひいてるんじゃないか?」

「ない・・・・・・」

「ん?なんだ?」

「おまえらの、手には落ちない!」

 魔術師は、スーツ姿の巨漢の手から逃れて、片手に火をつけた。

「おいおい、街中でキャンプファイアーなんて親に絶対やっちゃだめって教わらなかったのか?」

「あくまですっとぼけるつもりだろうがな、あいにくおれは冗談が嫌いなんだ。てめえのブラックなユーモアには付き合ってられねえ!ここで、終わりにしてやるぜ」

 魔術師はそのローブを脱ぎすてると全身に液体の爆薬のようなものをくくりつけているのが見えた。

「おいおい、映画の見すぎじゃないか?ジョークにしちゃ笑えんな」

「はは、おまえがどこの組織のものかしらないが、俺の結社では、敵に捕縛されるのがなによりも罪になるんだ。おれの体がそれだけでどんな呪術体系を組んでるか分かっちまうからな」

「悪いな、火遊びの知識はあまりないんでその手のジョークには付き合えん。悪ふざけはやめてくれ」

「そっちがそうでもな。おれが我慢ならねえのよ、ここまでの道中、おれはなにもわかってねえガキ連中に、なめられっぱなしでな。いいかげん、頭に来てんだ!」

 周りが騒がしくなる。みんなが男の爆薬に恐怖感を持ち始めてる。

 だが、その炎は、消える。綺麗に家の二階のベランダの手すりから軽く一回転して空中高々と舞い上がってそのまま、彼の顎へ掌底を当てて気絶させて、地面に倒立のまま、着地する高校生の姿があった。

「ふう、あんたたちが、こいつを追い詰めてて助かった。礼を言わせてくれ」

「賢治様でございますね?天光様より話はきいております」スーツ姿、巨漢はサングラスをとり、深深と頭を下げた。

「天光?ああ、高町のやつか」

「賢治―!さっさとそいつを安全なところへっ、早くしろーっ!わたしを襲った三人の追っ手はそいつを殺す気だ!」

 チューン!ものすごい離れたところからの狙撃。しかし弾は的を外した。伊佐が、投げた石、奴らのスナイパーの鏡を割ったからだ。

「わたしにおまかせを!賢治さまはどこか安全な場所へ」

巨漢の男が魔術師を背負ってビルの中へ。

「やめろ、そいつは爆薬を抱えてるんだぞ?」

 刹那の出来事だった。炎を宿した特殊な魔弾がスナイパーライフルから放たれた。賢治は即座にその射線を読んで、籠手で防御するが魔弾はそれをすりぬけて、魔術師のところへ、だれもがその0.0001秒に絶望したときだった。魔術師と弾の間に、巨大なトラックがものすごいスピードで投げ飛ばされてきた魔弾はトラックに絡め取られてトラックは、魔術師と巨漢の男のいるビルの入り口を綺麗にふさいでしまった。魔弾はまだ、標的を殺そうとトラックの鉄枠のなかで回転しづづけていたがトラックを貫通することはできないようだ。トラックがどこからふってきたのか分からないがこんなことができるのはただ一人しかいない。

「やってくれたぜ、大橋め」

「あ、明日香・・・・・・」

ビルとビルの隙間にトラックを投げた犯人は人の目を気にして隠れていた。影からその現場を見て。

「ふう、我ながらナイスピッチング。・・・・・・・しかし、水着のまま来たのは間違いだった。あいつらの前どころか、人前にもでれない」

 そういって、そのまま、学校の方へ飛んで帰ってしまった。

後日、魔術師は、警察に一時身柄を引き渡された。その時は、警察と自衛隊が総出で警備され、魔術師は、厳重な装甲車に乗せられて搬送された。

「ああ、よかった、それにしても賢ちゃんは、ほんまかっこエエナ。天狐様、どうにかわしの力を使わんでいけたみたいです」島 高次は、お守りのストラップ付の携帯で誰かに電話で状況を報告する。

「そうか、おまえも律儀な奴だえ、我らは、影ながら人を導けばよい存在なのだ。そんなに体をはらんでも良いのにのう?」

「そうはいかんでっしゃろ。なにしろわての命の恩人やさかい」

「おおきにな、おまえはお稲荷の誇りだえ」

「気にせんといてください。わしに変化の術を託してくださったのは、あなた様なのですから」

「そうか、また連絡をよろしゅうな、切るぞ?」

「はい、では」

 島 高次、謎多き人物である。

 ビル群に囲まれた路地裏で事の成り行きを防犯カメラをジャックして自分のポータブルdvdプレイヤーに写し出してみる。

「これは、根が深いで?そうやなあ、各宗教の賢者や戦士に協力をしてもらわんと、まずは、各地を廻って本当に力のある人物を探すんやな」

 彼は、ふとそんなことを言ってビルを見上げる。ふっと漏れた息がこれからの行動の仕方をその頭が模索しているのを暗示していた。

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