第17話「戦前の剣舞」
第一武道場――
学校の階段をおり、第一武道場に足を運ぶ。
そこでは、伊佐と友恵という伊佐の友達が試合をしていた。おたがい、かなり緊迫した接戦のようだ。有効打はまだないらしい。
伊佐は、基本に忠実に正眼に構え、静かに気を張り詰めてまるですべての攻撃を予測しているようだ。なんだか伊佐がひとまわり大きく感じる。
たいして友恵は片手上段に構え、気合というか凛としたぴしっと決まった隙のなさを見せる。しかし構えのせいかどこからでも打てそうな気がする。だが今、この二人の間では目に見えない激しい戦いが広がっている。彼女らは気で相手を押し合い、剣の間合いで激しく自分の陣地を取り合っている。
戦いの最初は、自分を有利な位置にすること。この平らな床では、それは相手と己の位置関係にのみ、決まる。相手が引けば、自分が出て、相手が押すなら自分はいなす。
分かる、伊佐は剣というより気で友恵に威圧をかけている。伊佐が一歩すすめば友恵も一歩さがる。しかし気で多少競り負けながらも確実に片手上段という異常な構えで友恵は彼女の心を見定めづらくしている。
友恵の剣は自分の人格そのものを一つの剣にしている、彼女をちょっと天然が入っているといった細川さんはこれを予想してたのか真面目さと言葉に表せない一瞬何も考えてないんじゃないかという妙な思考にさらされる絶妙な心に裏打ちされた非常に読まれにくい剣なのだ。
動きがよめないので伊佐の威圧は効いているのか分からないし、行動に迷いがないから一足飛びに一瞬で相手に詰め寄ってそのままだーんと体当たりのような一打を打ってくるだろう。一足で詰め寄ると同時の面うち、それもみかけによらないとてつもない神速の剣の使い手。そう藤沢は感じ取った。並みの打ち込みならパーンと竹刀ごと持っていかれてそくざに面を打たれる。
伊佐は筋力がある。つまりもともと力が強い。
だが友恵はそうではない筋力はやはり男子に劣るのに体全体から練り上げられた技が友恵の剣を神速の速さでなおかつ強い剣に引き上げている。
両者の打突に込める気合い質の違い。友恵の剣には激しい気が炎のように立ち上ってそれが自分を前へとぐんと進ませる。気の通った竹刀は鉄の剣のように強く思わせる。
伊佐はなにか、ひたすら巨大に膨れ上がっていく。なにか時を経るごとに気の質量がどんどん倍化しているような感じだ。
友恵が感じている伊佐の巨大さは自分がものすごい広い海の中に引きずり込まれはるか遠くからかすかに伊佐の気を感じるという感覚だ。そして海の広さはどんどんどんどん広まっていて伊佐の気を追えなくなっていくようだ。だが一度彼女が海の広さから顔を出せば、一瞬でその広さを越えて伊佐は打ち込んでくるだろう。
だから友恵は炎をさらに燃やしてあたりを赤く照らし出す。海の無限の広さを照らす一筋の閃光にその身を変えて一気に海ごと貫く気位である。
そして勝負は始まった。お互いが動いた。伊佐はその身の巨大さをぐんと一段と大きくしてそのときには剣はたかだか振り上げられている。友恵はなにか一瞬閃光がパッと瞬いたかと思うととてつもない速さで伊佐の方へぐんぐん距離を縮めていく。もはや距離や広さは二人の気がどちらが上かで決まる。ここまで藤沢は勝負を追えたがそこから先はもはや二人の世界だ。
伊佐の気を追って広い海を閃光のようによぎっていく友恵。
なのにおかしい、友恵はこの空間のあまりの広さに自分の体の酸素がどんどんなくなっていくのを感じる。
今、この一瞬に自分の全運動能力を光にして打ち出した剣が海のあまりの広さにその光がたち切れそうになる。
しかし、気をしっかり持ち直して、海の遥か向こうに足をもう一段階伸ばしていく。そしてパーンと弾かれたように後ろ足を蹴りだす。身がそのままぐんと速さを取り戻して海を越えていく。弾かれた打突はようやく見えた伊佐の面へと振り下ろされる。
しかし自分をとおせんぼしたのは巨大な竹刀が目の前に来ている光景だった。伊佐は異常なスピードで手籠手の形で友恵の神速を超えて打ち込んできたのだ。
一瞬何が起きたか分からない。しかし、自分の片手面打ちの柄もとを握りなおし、その感触がたしかに伊佐の面すれすれまで来ているのを察知した。後もうちょっと巨大な竹刀にそれを追い越すように半身をひねり、打突に力を込めなおす。両者の面が決まる。
審判の旗がさっと動く三人のうち二人が伊佐の有効を示し、一人が友恵のほうに有効をこの審査、三人の立位置から三つの見え方があった。だが伊佐側の二人はやはり伊佐の巨大な気に押されたのだ。
そして友恵側の審判はその巨大な伊佐に一瞬の閃光を投じたように見えた。そして結果審査は分かれた。しかし一試合目は伊佐の一本が確定。
間違いなく一年ではあるが剣道部の大将に抜擢されていた友恵から一本を取ったことにどよめく部員たち。部員の中には怒り出して審判に講義しだす者もでた、けどそれを友恵は整然と手で制す。
あと二試合、何人たりとも手出し無用と友恵は試合の前に言ってある。二試合目、部員たちの熱い視線を感じながら両者の気はさらに激しくなる。
伊佐さんが大きく見える。どうしてか私の足も腕も水の重さにもってかれるように重くなる、唯一軽いのはこの長年握り続けた竹刀だけだ。でもだめだ、いまのままじゃとても伊佐さんに追いつけない。この水の重さをなんとかしないと、それにあの伊佐さんとの距離。無限に広がってどうやっても越すことができない。でもそれはわたしの主観でほんとうの距離はいつもと同じそれは長い間、間合いの取り合いをしたこの体が分かってる。
けど伊佐さんのまえだとそれが錯覚を起こす。気当たりという言葉があるけど伊佐さんは、もしかして試合の前にこのために私に自分の体の秘密を教えてくれた?バハムート、この怪物の名前は知ってる。
細川さんが貸してくれた本に出てきた。わたしはこの怪物がどうにもイメージできなくて他の怪物と一緒に細川さんにイメージ画を書いてくれるよう頼んだ。
細川さんはまず、無言で紙を鉛筆で真っ黒に塗り上げた、なにしてるのか分からなかったけどそこから消しゴムでだんだん陰影をつけていって、わたしはそこではじめてバハムートを見た。そう暗い闇からだんだんと近づいて、初めは小さいと思ったあいつがものすごい巨大になった。小さいと感じたのはやつとの距離がまだ無限に遠かったからだった。
そう、もし彼女が本当にその名を持つ怪物を宿してるとしたらこの錯覚も説明がつく。それなら、まずは彼女の構えを見定めるんだ。あれ、わたしの視界に伊佐さんがおさまらない?それどころかさっきより気が強くなっている。何?あの燃えるような闘志に溢れた正眼は、あんなのよほど達者でなければできない。ま、さか今、この瞬間で伊佐さんの剣が私を追い抜いた?なんて成長の早さなの?いやこれはもうそんなレベルじゃない。確実に段違いでどんどん強くなっている。伊佐さんの中の怪物がもともと自分を大きくする意思があるっていったけど、まさか、それがここにきても作用しているってこと。だめ!弱気になっては、こうなったら相手に息をつかせてはいけない!矢継ぎ早に飛び込み面か胴を決めるんだ!
その軽く引き締まった足がすばやく動く。伊佐が怪物なら友恵は名剣士だ。おのずとどんな剣筋を描けば相手を倒せるか瞬間的に分かってしまう。まるで自分の剣と勝利が直結しているような動き。伊佐はその電撃特攻に反応はしたが、体がわずかに遅れた。それを友恵は見逃さなかった。友恵の剣は本物の真剣のように、受けようとした伊佐の竹刀を、真剣で切ったように切り裂き、伊佐の右面にスパーンと入った。今の彼女は、バハムートの力を受けている。当然、剣の腕も上がっている。
「参った。今のは完全に参った。友恵、すごいよ。私の竹刀が、鋭利な刃物で切ったように切断されてる」
「伊佐さん、でもこれでやっと引き分けです。たぶんもう次の試合、わたしはもう一段強くなった伊佐さんに大敗するでしょう」
部員たちがざわめく本校始まって以来の天才女剣士が、自分から参ったといったのだ。
「ふむ、そこまで読んでいるか、そうだ、今こうしている間も私は格段に強くなっているぞ?どうする?友恵?」
「伊佐さんの上達振りはもはや神懸かっています。なら私も天源流でいうところの『神技』を習得するしかないようです!」
「へえ、竹刀を斬りとばすのだって立派な『神技』だがな!それを超えてくるというのか……」
「伊佐さん、剣道はわたしの全てなんです。わたしに剣道がなかったらわたしはいまごろどうなっていたか、でもそれでもあなたに届かないかもしれない。だけど剣士は、わたしは、伊佐さんが神がかりな上達をしようとも剣のみでは私も神がかった境地を超えてみせる自身があります。次の一撃、わたしの全身全霊を込めましょう」
「それは、わたしもだ。受けて立とう。拳士として!」
三試合目が始まった。どちらも開始直後に残像だけ残して消えた。空中でぶつかり合う空気の塊の音が響く。一瞬、二人が互いの位置を入れ変わって、現れたとおもったらまた消える。そして、もはや衝撃波さえ、感じる両者のぶつかり合いは頂点に達する。すると両者の竹刀が、中央で回転しながらはねとんだ。ぼろぼろの竹刀は天井に突き刺さる。しかし、戦いは終わらない。すぐさま、剣立てから二本の竹刀が消える。そして一瞬、友恵が四つに見えて、伊佐も四つに分かれて迎撃に行く。しかし空中に飛んだ五つ目の友恵の分身までには追いつかない、友恵は天井に着地して、突き刺さっていた二本の竹刀をまっすぐ投げつけるとそれはそのまま、地面につきささり伊佐の足捌きを止めてしまう、そこからもう一つ加速して友恵は渾身の一撃を伊佐にたたきつけた、道場の床がへこみ、伊佐の竹刀もろとも面が砕けた。
勝者は友恵だ!剣道部員からは割れるような拍手と声援がどっと沸いた。友恵は、地面に倒れている伊佐に手をさし伸ばした。
「ありがとうございました。伊佐さん!本当に、今日の試合は絶対忘れません!」
「わたしこそ、友恵という名剣士に深く尊敬の念を送りたい。今の友恵はその美しさに恥じない立派な女剣士だよ!」
二人は、輝かんばかりの笑顔でこの試合の幕を閉じた。
しかし、あとからきた、藤沢と島は驚いた。この試合の凄まじさもそうなのだが、豊村の相手の美少女剣士が友恵だと気づくのに時間がかかった。なぜなら、友恵が人が変ったというくらいの美女になっていたからだ。
んでもって、あらためて、その友恵が部員たちの喝采を浴びてるところでぽかーんとしていた二人に。正確には藤沢にその美女が、恨めしそうな目で睨んでくるので藤沢はいわれのない恐怖を感じざるおえないのだった。
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