第8話「神武不殺」修行で死んだら元も子もねえんだよな。

「おお、もう起きとったか、今日は蛇がかかったからこれを朝飯にしよう、ああ、伊佐は果物の方がいいか?イチジクが取れたから食え、おまえはまあ仮にも女だ、少しは美容を気にしなさい」

「じいちゃん、いい加減、こいつにもなにかもっとましなもの食わせてやれよ、蛇なんてこいつ、それに殺されかけたんだぞ?」

「なあに、焼いてぶつ切りにしちまえばうなぎの蒲焼と変らんよ、ふふ、それともおまえがこいつになにか料理を作ってやるか?」

「いいのか?じいちゃん、じゃあちょっとなにかもっとましな食い物取ってくる、おい賢治なにが食べたい?なんでも言っていいぞ?」

「ん~じゃあ、朝飯だし、なんかさっぱりしたものがいいな」

「さっぱりか、う~ん、ま、いいや考えながら採ってくるよ、あんまり期待するな?」

そういって、伊佐は、山の林の奥へ、あっという間に消えてしまった。

「ふふ、おまえさん、よっぽど孫の好かれてるな?あれは、あんまり周りに興味を示さないんだが。おまえのこととなると機嫌がいいのう」

「じいさん、そんなこといって、俺と一緒に寝かせといていいのか、孫娘なんだろ?」

「うん、あいつはそういうことを気にせんからな、荷造りのときに全部あいつに任せたのが間違いだった。ま、ええじゃろ、おまえさん本当に、自分を制しておける人間らしいからの」

「自分を制する?」

「そうじゃ、自分をある一定の線以上へは越えさせないようにできるということじゃ。近頃の若い奴は、ほれ、少し肩にぶつかったとか、からかわれたとかですぐカッとなるじゃろう?まあ、もうそこで自分の面子にかかわるからなんじゃろうが、のう、軍鶏というのを知ってるか?」

「ああ、鶏を戦わせあうんだろう?」

「そう、鶏というのは、あれで結構臆病な奴でな、しかし気位だけは高い。だから、少し、攻撃されると猛烈に怒って相手が死ぬまで攻撃する。馬鹿な生き物だよ。もうほとんど反射的に侮辱に報復するから、それがかえって自分の立場を危うくさせているのに気がつかない。分かるだろう?攻撃的なくせに肝が据わっておらんそういう奴はほんとうに強い奴には立ち向かえない」

「はは、剣持先輩みたいな生き物ですね」

「じゃが、おまえは違う。腹が据わっておる。だから、無闇に怒ることもしないし、過度に力に頼ったり、欲望に身を任せたりもしない。わしはな、賢治、人間とはどうあるべきか、とよく考える。するとやはり、人間は、戦士としての形をしておるのが一番よい、とそう行き着く。戦うというものが人間の本質にある。祈り続けたり、戦いを避けて逃げたり、だがどうだろう、どこまで祈れば人は救われる?どこまで逃げれば平和にたどり着ける。人はやはり最後には戦いを避けられない。戦わない人間は戦える人間に殺されるのだ。

だが私の言う戦士とは、殺しあうための戦士ではない。無論この今の世は楽しく生きた奴が一番いい。だがなんというのかな、戦いをさえも面白がる。むかし幕末の頃にはそういうのがいっぱいいた。わしはな、今の世の人に言いたいのじゃ、戦いなんて息が詰まると思うのではなくて、戦うということを覚悟として腹に据えて置ける人にわしはみんなになってほしいのじゃ、今は大平の世だが、この国のトップにいる連中が人のするような事ではない狂った所業に陥ったとき、一人の人間として許しておかんと戦えるようになってほしい。そのための武術だ。武術が鍛えるのは技だけではない。おまえが本当に外道に走るようなことがあるなら、おれは命を懸けておまえと戦ってやると、言えるそんな心構えをつくることが出来る」

「そんなふうにちゃんと戦う心構えができる人間が増えたら、きっと友達というのも友情だってまったく違ってくるでしょうね」

「そうじゃ、だからおまえは強くなっておけ、いつか大事な人を守れるように」

「はい!」

すると、ちょうど、伊佐が帰ってきた。

「おお、賢治。ウサギが取れたよ、ウサギは脂肪分もあまりないから、さっぱりしてるこれを煮込んでシチューにでもするから。なあに圧力釜持ってきたから、すぐにできるぞ」

「なあ、どうやってそれ捕ったんだ?」

「ちょうど、見かけたんで気配を消して石で気絶させたんだ」

「じゃ、それまだ生きてんの?」

「うん、なんたって新鮮なのがいいからな」

「あ、ありがとうな、俺のために」

「よし今から作るから、じいちゃんと稽古してろよ」

「お、おう」

なんつーか伊佐って。

その日もじいさんの稽古はものすごかった。

「いいか、あくまで神武不殺、おまえの手足は、もはや人を殺せる武器といえる。だがその武器を持ってもいや持つからこそ神武不殺なのだ」

「はい!」

「よし、それでは夕飯にしよう。ああ、賢治そろそろ、一回山を降りて人里に出よう、山にいると全てが修行でとてもよいのだが、伊佐もおまえも中学生、宿題なども終わらせねばならんだろう?」

「あ、そうかまあいいか、伊佐、一緒に勉強しようぜ。おまえ、頭良さそうだから、わかんねえとこ教えてくれよ」

「うん、別にいいぞ、ときに賢治は成績いいのか?」

「ふっ、この通称見てくれヤンキーに成績を聞くとは、いっておくがな、俺がヤンキーだとみんなに思われている影でおれは、水面下でものすごく努力していたのだ。この金髪のせいで塾にも行きづらい俺は、まず宿題を終えたあとに、独自に編み出した必勝、予習復習アウトプット法で、成績はかなり上がっている。学内で三位には入るだろう。だが何故そのくらいの成果をだしているのに誰もが俺をヤンキーだと思い込むのか、実は一度、がり勉の白石くんに廊下でぶつかった時に、彼が勝手に、勉強面でおれになんでもするといってそのまま逃げていってしまって以来。俺はどんなに成績が上がっても全部白石くんの働きと勘違いされるようになってしまったのだ」

「つまり、おまえが白石というのを影で使って、自分のノートや答案を写させていると」

「なかには、俺が本当は一部の腰の弱い学校の教師にまで実権を掌握して成績を水増ししてもらっているとかいう根も葉もない噂さえされているのだ」

「しかし学内三位に入るなんて凄いじゃないか、逆に白石くんやその噂のほうがうそ臭く聞こえるが」

「いや、逆に、何故この見た目ボンクラヤンキーが学内三位に入るなんてとなんだか裏があるに違いないと見られるのだ、その上白石くんはあれからおれを見るたびに震えながらノートを全て置いてにげるので、校内の人間はおれを、悪魔だとか残忍な悪党だとか影で噂している」

「ふっ、なんじゃ、おまえその見た目で偉い苦労してるんだのう、じゃが、おまえもわしの門下に入ったのだから、その強さで校内を荒らす不良どもを一掃してやればいいじゃないか」

「あんなー、じいさん、もう俺が今強さとしてはどのへんにいるか知ってんだろ」

「ふむ、ちょっとそこの木に正拳突きしてみろ」

「ふふ、おりゃ!」

 雷光のような一撃が木の幹を粉々に砕いてばきばきと音を立てて崩れた。不思議なのだが、倒れてきた、木は地面につくまえに粉砕した。

「おう、勁の威力が上がっておるな、撃った打撃が木を伝って、根やずっと上の枝にまで達したために粉砕という現象が生じたわけだな」

「分かるか、じいさん中学生でこんな鬼神みたいな強さになって校内の不良どもを掃討でもしてみろ、ただのいじめにしかならんわ!」

「う、うむ修行は順調のようじゃ」

「うるへー!毎日人が軽く百回は死ねるくらいの地獄を見たらだれでもこうなるわ!」

「いや、だがこれなら、安心だ。あんな修行を本当にやり遂げたのは実はおまえが初めてなのだ。なぜって、あれは一度、死と同じ体験をさせてそこからわしの独自の死者蘇生法で息を吹きかえらせ、弟子の潜在能力を底上げするためなのだ。ま、いってしまえばはじめから殺すつもりで吹っかけた修行だったのだが、おまえが全部耐えてしまったので、わしはどうやったらおまえが死ぬか修行方法を改めなおしながらやってたのだがおまえさんそれにも打ち勝ってしまったのではっきり言うと今の実力はわしを軽く超えとるよ」

「いや、人はそれを修行とはいわないだろ」

「賢治、わたしは正直言っておまえがじいちゃんとやってる修行で受けた体のダメージをどうやったら回復できるか、正直ひやひやしながら見てたんだ。でも私と寝ることでおまえがすんなり、たぶん体はものすごい激痛にさいなまれていたと思うんだが案外簡単に眠って体力回復してしまうのでわたしとじいちゃんは協力してわたしがおまえの体力回復。そしてじいちゃんがおまえの身体の破壊を繰り返していたというわけだ。あ、それから点穴を打ったのはあれは体の治癒能力を促進させるためだぞ?だから、賢治、まあよく頑張った。わたしは誇りに思うよ」

「それだけっ!?ていうかなんだよ、そのものすごいホラーな話は!?あまりのことにこっちはもう疑心暗鬼になってるよ。じいさんはともかく伊佐はし、信じてたのに!」

「ははは、じゃが、賢治よ、いまやおまえさんはものすごい使い手になった。賢治、おまえになら伊佐を頼むことができる」

「・・・・・・じいさん、それなんだが、なんか伊佐の事でなにかあったのか?今、俺は武人として相手の心を少しは読めるようになった。じいさん、なにか俺に隠してることがあるだろ?それくらいは分かる。話してくれないか?おれは、伊佐と知り合って、だんだんだがこいつの天衣無縫な性格が好きになっている。だから隠してることがあるなら話してくれ」

 いきなり真面目になる賢治にじいさんは凍りつく、伊佐もどちらも真剣な目だ。

こころなしか、森がざわめく。

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