第6話暗黒騎士さん、呪竜と戦う・前編
呪いとは、毒ではない。毒ほどに即効性もない。しかしそれは心と体を侵す。呪竜はその呪いを種族の特性とした竜である。総じて残忍な性格で敵対するものを抵抗できなくさせてから食うという。
この呪竜もそれと同じだ、と暗黒騎士さんは思った。
脚から這い上がってくる嫌な気配は、今すぐにでも膝を折りたい思わせてくる。まるで毒のように、体を侵したながら這いずり回って心を侵す。
抵抗力を奪い、じわじわと弱らせる。
それが呪竜の呪い方。
それが暗黒魔法の一つ、呪術。
暗黒騎士さんはその呪いに飲まれながら呑気に思考を巡らせる。暗黒魔法、その性質はやはり負である。強力だが、正ではない。正しくないのである。そんな力を力無き魔族の民の為に使うと決めた、同僚の暗黒騎士たちはぐんぐんと業績を伸ばしている。
けれどその一方、暗黒騎士さんは使えない。
それは自分の信じる騎士道ではないと、わかってしまったから。
「ひゃははははっ! んだよォ、棒立ちかよ……もうちょい楽しませてくれよ! ……と、言っても、落ちこぼれの暗黒騎士サマには無理って話かァ?」
呪いに飲まれながら、呪竜の声を聞いた。
だがしかし、暗黒騎士さんは狼狽えない。そんな戦法を取ることは知っていた。相手を動けなくしてから、じわじわと嬲り殺す。それを何よりの楽しみとしていると、家族から聞かされてきた。
呪いが鎧を侵食しようと、その隙間這い回る。
けれどそんなもの、関係ないのだ。
最早魔王軍からリストラされた身。
そんなものは関係ないのだ。
暗黒騎士さんは剣を掲げる。
「ーー集え、炎よ」
ごう、と剣の周りを炎が渦を巻く。
それは暗黒を主とする魔族にあり得ない、炎属性の魔法。陰を主体とし、暗黒を司る魔族の炎は熱を奪う。しかし噴き上がる炎は熱を持ち、暖かな息吹を感じさせる。
暗黒騎士さんはそれを振り下ろした。
鋭い一閃は、ただ只管に訓練ばかりを繰り返した賜物。愚直に戦場に出されることなく、ただその日々を夢見て鍛え上げた基本。
だからこそ、それは何よりも早く、鋭い。
呪いの檻から暗黒騎士さんは飛び出した。
「んだとォ!? 炎魔法ってお前魔族じゃねェのか!?」
「正真正銘、魔族だ……」
「だったらなんで!」
剣を後ろに体に隠し、引き摺るようにして、暗黒騎士さんは駆ける。
訓練時代の走り込みの成果だ。駆け抜ける速度は、並みの暗黒騎士ではない。
呪いの発生にはタイムラグがある。元々攻撃の為の魔法ではないのだから。そのことは、呪竜も承知している。黒い、呪いの沼を、暗黒騎士さんの行動予測地点に発生させるのなど容易い。それなのに。
「なん、で、避けれるんだよォ!?」
呪いが絡みつく直前に脚を引く、発生を予知しているかのように、真横にスライドする。発生地点を避け、呪竜へと肉薄する。
「知らなかったのか……? 暗黒騎士の鎧には、暗黒属性への耐性がある……それに」
「ッ!?」
「暗黒騎士が暗黒属性だけだと思うなよ……私は、落ちこぼれだからな……ッ!!」
言葉と裏腹の鋭い切り上げ。呪竜の顎から瞳までを一閃する。紫色の血液が飛沫を上げ、呪竜は悲鳴のような咆哮を上げる。
暗黒騎士さんは後方へと跳び退き、再度駆け抜ける。
攻撃は確かに入った。
これを繰り返せば勝てる、と、そう思ってしまった。
繰り返す。駆け抜けて、一太刀。跳び退き、最接近。呪竜の体を少しずつ削っていく。その度に紫の血が噴き上がり、大地を、暗黒騎士さんの鎧を汚していく。
「はっ……ひゃはっ……クソがよォ……」
呪竜が地に伏せ、荒い息を漏らす。朽ち掛けた体を支えているのがやっとのように足が震えている。全身に傷が刻まれ、反面、暗黒騎士さんは無傷。
「終わりだ……」
もう一度、暗黒騎士さんの剣を炎が渦巻く。勝利の確信を思い浮かべ、駆け出す。暗黒騎士さんの使える魔法は少ない。さらに魔力も少なく、そう何度も魔法は使えない。だからこそ、確実にとどめを刺せるように魔法を使う。
炎を纏う魔剣を提げ、駆け抜ける。
呪竜は最早相手を呪う元気もないのか、今までのように妨害をされることもない。
勝った、と暗黒騎士さんは思った。
呪竜が笑う。
呪竜の真下、顎から脳味噌まで一直線に貫ける位置で、暗黒騎士さんは動きを止めた。
「なーーぜ?」
後一突き。
剣を押し込むだけで炎は皮膚を裂き、その生命を奪う。そのはずなのに。
暗黒騎士さんの体はぴくりとも動かない。
「ーーーーひゃははははっ! やァっと効いてきたなァ!」
「な、にをした……?」
「あちィんだよ」
呪竜が体を反転させ、その尻尾で暗黒騎士さんを横殴りに吹き飛ばす。
がしゃがしゃと暗黒騎士さんは地面を転がり、倒れ伏した。手足は動かず、起き上がれない。
「俺がよゥ、黙ーって攻撃受けてただけだとおもうかァ? そりゃただの馬鹿だぜ? 俺ァな、相手を憎む程に強くなるんだよォ」
暗黒騎士さんの鎧に付着した紫色の血液が、動きを阻害するかのように絡み付いている。暗黒属性を防ぐ鎧も、意味をなさない程に固く、厳重にその体を縛り付けている。
ゆっくりと、呪竜が暗黒騎士さんに近付いていく。
傷だらけの体は、今にも崩れ落ちそうだが、しかしそれでも、暗黒騎士さんを殺す為だけににじり寄ってくる。
「痛かったぜェ? んじゃまァ、こっから呪い殺させてもらうぜェ……精々いい声上げて、俺を楽しませてくれよォ?」
腐臭を撒き散らす口から涎を零しながら、呪竜は笑う。
暗黒騎士さんは必死に抜け出そうとするが、拘束は固く、抜け出せない。
やはり自分なんかが、慣れないことをするもんじゃないな、と暗黒騎士さんは思った。
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