第3話暗黒騎士さん、少女に懐かれる

「騎士さま騎士さま! 騎士さまはどうして助けてくれたの?」


 暗黒騎士さんの後を追って亜麻色の髪が揺れている。

 先ほどからずっとこの調子である。

 暗黒騎士さんは助けたことを後悔しないが、この状況は些か慣れない。


 というのも、暗黒騎士さんは見下されることはあっても見上げられることはなかったからである。

 落ちこぼれの暗黒騎士なんぞ、罵倒の対象でさえある。

 優れた種族であるのも災いしてその存在たるや、もはや何をされても文句は言えないのである。


 そんな暗黒騎士さんだから、その純粋な視線に慣れない。

 袋を抱えて、一生懸命に着いてくる少女に、何かを思わない訳でもない。


「どうして」


 暗黒騎士さんは立ち止まり、声を発する。


「どうして、着いてくるんだ?」

「? あたしの村、そっちの方にあるんだもの」

「そうか」


 暗黒騎士さんは口下手だった。

 

「あの……」

「どうしたの? 騎士さま!」

「う……」


 暗黒騎士さんは自分がどうやって彼女の元に辿り着いたのか、よく覚えていない。必然的に捨ててきたバッグの場所もわからない。

 暗黒騎士さんは、食料もなく、また無一文に成り下がっていたのだ。

 村に案内して欲しい。

 けれどその一言が言えなかった。


「あたしね、ドナティっていうの! 騎士さまのお名前は?」


 ドナティと少女は名乗り、暗黒騎士さんに自己紹介を勧めてくる。

 しかし暗黒騎士さんには名前はなかった。

 名前とは、一人前になった証に魔王から授かるものだったからだ、暗黒騎士さんは、ただの暗黒騎士だった。


「私は……言えない」

「お名前言えないの? かっこいー!! 何か理由があるんでしょ! そういうのかっこいいよね! すごいすごい! 物語の騎士さまみたい!」


 もちろん、そんな大層な理由はない。


「物語……?」

「うん! お母さんが話してくれたの! ……でもお母さん、病気で寝込んでて……また聞きたいな」


 ぎゅ、と抱えた袋を抱き締める。


「それ……」

「これ? 病気に効くって薬草なの!」


 満面の笑みで袋の中身を見せてくる。中にはぎっしりと草の束が詰められている。

 暗黒騎士さんに薬草学の知識はないので、本物かどうかわからないが。


「あ、着いたよ!」


 ドナティが藪を掻き分けて、走っていく。

 確かに、小さな村が見えた。

 ここに来て、暗黒騎士さんは自分の姿を思い返す。

 兜を被った鎧姿。おそらく、村人を畏怖させるに違いない。荷物もない暗黒騎士さんに、それは辛い。


 暗黒騎士さんは鎧を脱ぐことに決めた。

 手甲を外し、ゆっくりと鎧を外していく。


「リナリィ! こっちこっち!」

「ちょっと待ってよドナティ!」


 薮の向こうから、賑やかな声が二つ。片方は先ほどのドナティで、もう一人は聞き覚えがない。

 鎧を外し、インナースーツに剣を佩いただけの簡素な格好だが、怖がられることはないだろう。

 薮の向こうからぴょこんと二つ、そっくりな顔が飛び出す。


「騎士さま騎士さま! お姉ちゃん連れてーーーーっ!?」

「え、と、あなたがドナティを助けてくれたの?」


 言葉を途中で区切り、ドナティが目を見開く。隣のそっくりな顔が、暗黒騎士さんを値踏みするように見た。

 こくり、と小さく、暗黒騎士さんは頷く。

 動作に合わせて、長い黒髪がさらりと揺れた。


「そうなの? ありがとう! ドナティを助けてくれて!」


 花が咲いたような笑顔を浮かべ、ドナティそっくりの顔が礼を述べる。

 ぶんぶんと首を振る暗黒騎士さん。激しい動きに綺麗な黒髪が生き物のように揺れる。

 ドナティは唇を震わせ、同じように震える指で暗黒騎士さんを指す。


「き、騎士さま、女の人だったのーーーーーーーーーーっ!?」


 可愛らしい悲鳴が木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る