わたあめ革命
池田蕉陽
第1話 わたあめ革命
このまま平凡な人生のまま幕を閉じるのだとばかり思っていた。
だが、今日でそれは一変しそうだった。
今日の昼間、ある神社で夏祭りの屋台の準備をしていると、作業机の上に紙切れが置かれてあった。
ゴミかと思って捨てようとしたが、何か書かれてあるのに茂雄は気づいた。そこにはこう綴られてあった。
『神社裏の大木にかばんが置いてある。中身を見ろ』
何だこれ、と茂雄は首を傾げずにはいられなかった。
最初は無視していたが、そのことが気になって準備が
中身を覗くと、瓶、そしてまた紙切れが入ってある。まず瓶を手に取ってみた。
ラベルが貼られており『シアン化カリウム』と書かれてある。青酸カリだ。何故このようなものが、と疑問を抱きつつ次に紙切れの内容に目を通す。
『これを使って、今日の夏祭りにやってくるイギリス王女を殺せ。さもなければお前の息子と妻が死ぬことになる』
茂雄は鼻で笑った。つまり、イギリス王女を毒殺しろということらしい。
馬鹿な悪戯をするやつがいるもんだな、と最初はあまり気にしなかった。
近所の人しか集まらない夏祭りにイギリス王女なんか訪れる訳もないし、もしそうなったら大騒ぎになるに違いない。青酸カリも瓶はそれっぽいが、どうせ中身は偽物だろうと茂雄は思っていた。
しかし、どうもこれが怪しくなってきた。
夜になり、祭りも盛り上がってきた頃なのだが、茂雄の目の前にいる客はヨーロッパ風の顔立ちをした外国人の女なのだ。
薄い金髪ロングで鼻が高く、ブルーの瞳を持っている。水色のセーターでクリーム色のスカートという地味な出で立ちは、彼女が王女であるが故に目立たないための工夫とも考えられた。普通の外国人は浴衣を着てみたいという願望があるはずだからだ。
「あの、すみません」
片言の日本語で彼女が声をかけてきた。茂雄は小刻みに頭を振って一旦思考を振り払った。
「はい。いらっしゃい」
「わたあめ、一つください」
細くて長い人差し指を立てた。
「はいよ。三百円ね」
彼女から硬貨三枚を受け取り、小箱にそれらを放り込んだ。
その際にあの瓶が目に入ってきた。シアン化カリウムとラベルが貼られてあるが、中身は偽物。そう思っていた。
しかし、目の前にヨーロッパ人の女が現れた。これは偶然なのか。それとも瓶の中身は本当に毒で、茂雄は暗殺を命令されたのか。
もしそうなのであれば、彼女を殺さないと茂雄の妻と息子が殺されてしまう。
待てよ、茂雄はあることに気づいた。紙切れには、彼女を殺さないと妻と息子が死ぬという意味のことが書かれていた。何故茂雄に妻と息子がいることを送り主は知っていたのだろうか。
事前に茂雄のことを調べ上げたのか。だとしたら、本当に彼女を毒殺しないと茂雄の家族が危険な目にあいそうだった。
「あの、わたあめ、作らないんですか?」
彼女が不思議そうに首を傾げた。
「あ、はい。今すぐ作ります」
わたあめ機の電源を入れ、ザラメをスプーンで掬い、機械の真ん中の穴に入れる。
茂雄は目だけで横を見た。瓶だ。
茂雄は唾を飲み込んだあと、それを手に持ち蓋を開けた。
試しに、彼女に怪しまれないように匂いを嗅いでみる。無臭だった。青酸カリに匂いがあるのか分からないため、これだけでは毒と判断出来なかった。
もし仮にこれが本物で、わたあめ機に入れて出来上がったものを彼女が食べるとする。女はたちまち
そして茂雄は間違いなく殺人罪、しかも他国の王女を殺したという重罪を着せられる。
だが、茂雄も被害者なのも事実だ。ある者に家族を盾に脅迫させられた。証拠はあの紙切れだ。もちろんそれは手元にある。そのことを訴えれば無実になるのでないか。
対してこの青酸カリが偽物だった場合、それは悪戯で済んだということになり彼女はただの外国人だったで終わる。
つまりこういえる。瓶の中身を入れなかった場合、家族が死ぬ可能性はあるが、外国人は絶対に死ぬことは無い。逆に入れると、家族は安心で、外国人は死ぬ恐れがある。
選択の余地はないだろう。
茂雄は意を決して、わたあめ機の穴に中身を何十粒か入れた。
割り箸を片手に持って、腕をぐるりぐるりと回し続ける。
「わたあめ、作るところ、一度見てみたかったんです」
彼女はブルーの瞳を輝かせた。茂雄はぎこちない笑みを浮かべている。変な汗が滲み出てきた。
「どうして日本に?」
茂雄はそれとなく聞いてみた。徐々に機械の中ではわたあめが出来上がりつつある。そこで見えない毒の霧が充満しているかもしれないなんて、誰も想像していないだろう。
「観光です」
彼女が笑顔で答えた。
「浴衣は着ないんですか?」
すると、彼女は眉をピクリと動かした、眉だけでない。目と口にも変化はあった。外国人は、いちいち顔色の変化がわかりやすいと聞いたことがあるが本当だった。無論、それは動揺の表れだった。
「あまり目立ちたくないので」
目線を落として片言でいった。そして彼女は辺りを見渡す。後ろに誰も並んでいないことが分かると、彼女は声を潜めていった。
「実は私、イギリスの王女なんです」
ピタリと動かしていた茂雄の腕が止まった。だが、すぐに割り箸をくるくると回し始める。
「へ、へえ」
「冗談です。そんな訳ないじゃないですか」
ゆっくりとした片言で彼女は満面の笑みを浮かべるが、茂雄は冷静を装うので精一杯だった。
この女の心理が読めなかった。本当にただの冗談だったのか、それともそうでないのか。
「はい、お待ち」
ついに出来上がった白いもくもくとしたわたあめを彼女に渡す。一見なんの変哲もないわたあめだ。本当に毒が混じっているのか茂雄自身わからない。
「ありがとございます」
そういって彼女はわたあめにかぶりついた。口の周りをサンタの髭のようにする。茂雄はその様子を固唾を飲んで見守っていた。
「美味しい」と彼女は一言残して、茂雄の前から去っていった。
そのまま倒れるのではないかと彼女の背中を凝視する。
「すみません」
新たな客が来て、やむを得ずそっちに視線を移す。
「いらっしゃ……」
そこまでいいかけて茂雄は目と口を大きく開けた。
また。まただ。
またヨーロッパ人の女が来た。
わたあめ革命 池田蕉陽 @haruya5370
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