#16

“Gnaw Into The Body”




 *



「――――ッ」


「――――――ッ!」


「――――――――――ッ!!!」


 支離滅裂なコエカラソラに響く。そには何の意味もなく、持つはずもない。

 教会だった場所は天井どころか全て跡形もなく崩れ、火の手が上がり、黒い煙がまだ燻っている。砂風に紛れて、焼けた臭いが辺り一帯に漂う。木材と埃が燃焼する臭い。それと、わずかに混ざる鼻を刺激するような肉の焦げた臭い。


 その臭いは黒く焦げた機械の怪物だったものから発せられていた。ただの物体オブジェクトとなったであろうそれは、辛うじて原形だけは保っていた。動く気配はない。

 その横にはハカナとレキナがいる。


「――――――ッ!!」


 ハカナは叫ぶ。己に降り掛かった不条理を。狂気に押し潰され、既に魂も心も擦り切れてしまった。思考を成さない、ただの喚き。決壊したダムの如き、剥き出しの感情の奔流。意味のない、雑音。


 彼にはきっとその権利があるだろう。何も知らない、蹂躙され続けただけのただの犠牲者。ハカナは我を失ったように、支離滅裂な言葉を目の前に佇むレキナへ叩き付ける。

 彼女は俯いているだけで動こうとしない。彼の言葉を一身に受け続けていた。その表情は伺い知れない。


「―――――――――ッ!!!! がッ」


 ゴンッ! と鈍い音を立て、ハカナは言葉途中にそのまま前に倒れた。いつの間にか現れたセレンが手に持つ半自動小銃セミオートライフルの銃床をハカナの後頭部に叩き付けたのだ。


「うへぇー……痛そう。……セレンくん、やりすぎじゃ……」


 その後ろに居たラタネが顔を真っ青にしてセレンに抗議した。彼の銃の銃床は木の合板製ではあるが、底に薄い鉄板が施されている。うつ伏せに倒れたハカナは動かない。完全に気絶しているようだ。ケッと吐き捨てつつ、セレンは倒れたハカナを見下ろす。


「うるせえ。いかれちまったヤツを黙らせるにはこれが一番早ええだろうが。死んじゃいねえし、そいつにはそれで十分だ」

「えぇ……」


 自分は悪くない風に言い、セレンは元々だったのが輪に掛けて不機嫌になる。


「……遅かったか」


 その後に付いて来ていたシンゴは一言そう漏らすと、表情を陰らせた。どういう訳か、止めどなく流れていたはずの足の出血は止まっている。普段通りとは言えないが彼は一人で歩き、レキナに近付いていく。


「無事か、レキナ」

「ええ、私は平気よ」


 シンゴはどこか違和感のあるレキナの様子に少し怪訝な顔をするが、即座に意識から追いやった。そして次に彼女の右腕を見ると、説明を促すかのように顔を見つめた。その様子に観念したのか、レキナは無言で服の袖を捲り、華奢な右腕が露わになる。三人の視線が集まった。


「それがお前の『侵食』か」

「……そう、みたいね」


 彼女の右腕は形が変わっている訳ではない。しかし、あからさまな変異が現れていた。

 シンゴたちの注視する視線に反応するようにそれは蠢いた。端的に言えば、それは人にとってあるべきものだ。あるべきものが、あるべきでない場所に存在している。


 眼だ。

 それも一つではない。いくつもの眼が右腕の指先から二の腕まで、まばらに埋め込まれたように存在している。

 上、下、上、右、上、左、下、下、上、上、左、右、左、右、斜め。

 それぞれの眼が別々の意思を持っているかのように独立して蠢き、視線を送るものに視線を返す。


 それは酷く自らの正気を疑ってしまうような光景だった。蓮の断面の空洞がそれぞれに動き出すような。殊更に人の神経を逆撫でる。しかし、シンゴは変わりない目でレキナに問うた。


「……痛みはあるか」

「特にないわ。他に変わったことも感じないわね。……あの子に比べたら、随分マシみたい」


 そう言ってレキナは俯いたまま、あの子――機械の怪物となった少女の話に移そうとして――


「……マジかよ」


 同時に、セレンが驚愕の声を漏らす。

 反射的にシンゴは手に持った野太刀の柄に手を掛け、セレンの視線の先を追った。


「何だと……?」


 シンゴもそれを見て驚きに目を見開く。


 黒い、消し炭となっているはずの塊。機械の怪物の残骸。それが動き出したのだ。

 動き自体は緩慢だ。しかし、その体が、腕足が、関節が動く度に濃厚な肉を焼いたような異臭が漏れ、その場を満たしていく。

 シンゴたちは各々に武器を手に取り――――


 ――――黒ずんだ、蝙蝠のような顔が横に割れた。

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