フクロウの神様

水鳥ざくろ

第1話フクロウの神様

 怪我をしているフクロウを見つけた。

 飲み会からの帰り道、ゴミ捨て場の方から「ホー……」とか細い声が聞こえたのだ。

 俺は立ち止まってゴミ捨て場を見た。明日はゴミの日なのですでにゴミ袋が三つ並んでいる。その隅に、そいつは居た。


「ホー……」

「どうしたんだ……これって、怪我?」


 フクロウの足に赤い傷があった。何かに引っ掛けたのか、ぶつけたのか、鷹か何かに襲われたのかは知らないが、とても痛そうだ。


「うーん……この時間だと動物病院やってないだろうな」

「ホー……」

「そんな悲しい顔で俺を見るなって……とりあえず、連れて帰るから」


 怪我をしたフクロウを見殺しに出来るほど、俺は冷たい奴じゃない。そうっとフクロウの胴体を掴んでアパートに連れて帰った。フクロウは大人しく、すっぽりと俺の手の中におさまったまま動かない。本当はペット禁止のアパートだが、まあ、これは一時的なことだし……こいつはペットじゃないし。朝一で動物病院に連れて行けば問題ないだろう。


「ホー……」

「頼むから静かにしてくれよ? 管理人さんに見つかると厄介だ」

「……」


 言葉が通じたのか、フクロウは大人しくなった。こうしていると、ふかふかのぬいぐるみを抱いている感じだ。

 俺は人目を気にしながら、そうっと自室のドアを開けて中に入った。


***


「さて、とりあえず毛布か? タオルか? 何で包もう……」


 鳥の手当ての仕方なんか知らない。

 何かで包むという選択肢しか頭に浮かばない俺は、部屋の中を忙しなくあたふたと動き回った。どうしよう。スマートフォンで調べるか……。

 その時、突然フクロウがきらきらと輝き始めた。

 俺は眩しさに目を瞑る。

 何だ!?

 何だって言うんだ!?


 眩しい光が止み、俺が目を開けた時、そこにはフクロウではなく、ひとりの少年が座っていた。


「な……何……!?」

「助けていただき感謝します。とりあえず、傷の手当てをしてもらえませんか?」


 少年は俺に上目使いでそう言った。

 意味が分からない。

 フクロウが少年になって、少年がフクロウで……?

 混乱する俺に、少年は微笑んで言った。


「驚かせてすみません。私は神です」

「か、神!?」

「フクロウの姿は仮の姿。これが私の本来の姿です」


 そう言って少年は足を伸ばした。見ると、先ほどのフクロウが怪我していた場所と同じ部分を擦りむいている。

 どうやら、不法侵入とかそういった類のものでは無い。本当にフクロウが少年の姿になったらしい。


「……手当てって、人間と同じような感じで良いでしょうか?」

「ああ、理解が早い方で良かった。そうです。傷薬を塗って下さい」


 俺は救急箱を箪笥の上から取りながら、頭の中で「これは夢だ」と言い聞かせた。酔っているから、夢を見ているんだ。きっと。

 少年の擦り傷をウエットティッシュで拭いてから傷薬を塗る。その上にガーゼを貼って紙テープで固定した。


「ありがとうございます。実はこちらの世界に来た際に、大きな鳥に襲われてしまいまして」

「それは……大変でしたね」

「けれど、私は幸運です。あなたのような親切な方に出会えた」


 少年は美しい顔を緩めて笑った。そして、唐突なことを俺に言う。


「助けていただいたお礼に、何かひとつ願いを叶えてさしあげましょう」

「……は?」

「恩返しです。させて下さい」


 夢。

 これは、夢。 

 俺は、ぼんやりする頭で願い事を考えた。


「あの、急に言われても困ります。願いってそう簡単に思いつくものじゃ……」

「ああ、そうですね。私のしたことが焦りすぎました。では、願いが決まるまで私が傍にいてあげましょう。どうです?」

「どうですって……」

「フクロウは幸福の象徴。傍に置くと良いことがありますよ」

「そういうものですか?」

「はい」


 何だか眠くなってきた。

 夢なのに。

 これは夢の中なのに、変なの。


「あの、明日早いんでそろそろ寝ても良いですか?」

「ええ、ゆっくり休んで下さいね」


 敷きっぱなしの布団の上に、俺はスーツのままダイブした。

 そして目を閉じる。

 明日はちょっと早く起きて、フクロウを動物病院に連れて行って……。

 そう考えを巡らすうちに眠りについてしまった。

 遠くの方で「おやすみなさい」という声が聞こえた気がした。


***


「う……ん」

「おはようございます」


 見知らぬ声に、俺は飛び起きた。

 台所には、夢の中で出て来た少年が立っていて、トースターでパンを焼いている。どういう状況だ。


「あ、あの……夢だったんじゃ……?」

「ふふふ。現実ですよ」


 チン、とトースターが鳴る。

 少年はトースターの中からパンを取り出して皿に乗せ、俺の前に持って来た。


「手持無沙汰だったので、朝食を作ってみました」

「ああ、それはどうも……じゃなくって、あなたは神様なんですよね? こんなことさせてしまっては申し訳無いです!」

「良いんですよ。神は気まぐれなものです。それより、会社、遅刻しますよ?」

「へ、あ……!」


 俺は勢いよくパンに齧りついた。早く出ないと本当に遅刻してしまう!

 

「それじゃ、行ってきます!」

「はい。願い事考えておいて下さいね」


 俺は家を飛び出した。

 もうわけが分からない。

 二日酔いが見せる幻か……?

 そうだ。そうに違いない。

 

「しばらく酒は止めよう……」


 そう心に決めて、会社までの道を急いだ。

 もうこんなことはこりごりだ。


 仕事が終わって、アパートに帰ると「おかえりなさい」と言って少年が俺を出迎えてくれた時、俺は悲鳴を上げた。

 どうやら俺が願い事を決めない限り、フクロウの神様との同居生活はまだまだ続くらしい。

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フクロウの神様 水鳥ざくろ @za-c0

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