きみ、わたし、下心。

犬甘

第1話

 同じクラスの梟師たけるくんは、相当な堅物だ。女の子からのアプローチに微塵も動じない。学園で一番可愛いって皆が口を揃えていうような子からの誘いでさえ受けない。

 わたしたちは高校生で、其れ即ち思春期の男女で、色濃い沙汰には興味津々な年頃だ。「彼女欲しい」「バレンタインチョコ◯◯くんに渡せるかな」「はあ。セックスしてえ」やら……、コホン、最後のはいささか欲望に忠実すぎる気がしないでもないが、とにかく何かがそうさせるのだ。

 無論、「ンなもの知るか」ってスタンスの子も、他人と関わるのが面倒くさいとか、他にやるべきことや熱中することがあり敢えて避ける者も、中にはいるだろう。いっしょくたに高校生は恋愛に貪欲だなんて言うのはナンセンスだ。

 けれど、そんなものはおおかた、彼女いない歴=年齢による虚勢だったり、余裕をなくしていたり、ただのツンデレであってチャンスがあれば恋をしたいと目論んでいたり、実はしていたり、ある日意見を一八〇度変えリア充になりましたアピールをしてきたりすることがある。よって、そちら側の意見は俄には信じられない。

 とにかくわたしは梟師くんほど異性に関心を抱かない男子を見たことがない。

「ライン交換しよー?」

 あんな風に彼に話しかける勇者もいるが、

「携帯を持っていない」

「…………」

 まず、会話のキャッチボールは続くことがない。

 基本的に本ばかり読んでいて、放課後は気づいたら姿を消している。なんてミステリアスなの。

 サラサラの黒髪に切れ長の目。小さな顔。スラリと高い背。異国の王子のような梟師くん。頭もいいし運動だってできる。貴方は一体何者なのですか。

 梟師くんが知りたい。いいや、近づきたい。なにを隠そう、わたしだって彼に恋をしている女子の一人なのだ。話したいし、一緒に帰りたいし、あわよくば彼女になりたい。高望みだってことは百も承知だ。それでも好きな気持ちは止められない。

 なにか策はないだろうか。彼のハートを射止められるような、秘策は。ストレートに勝負に出ても負ける。好きですオーラをみせれば逆効果な気さえする。じゃあ、どうすれば……。

「やめてよー。キモい!」

 掃除の時間、ある男子が女子になにかを見せてからかっていた。虫の死骸がなにかのようだ。おい男子、お前は好きな女の子が嫌がるのを喜ぶ小学生男児かい。

 図体は大きくても中身はまだまだガキだな。梟師くんのような品格の欠片もない。と、冷ややかな笑みを浮かべていると、何か、こちらに飛んできた。

 ……G《ゴキブリ》のオモチャじゃねえか。

 これを学校に持参したのだとしたら本当に子供っぽいし、そもそもにどこで手に入れたんだよ。わざわざあの子を怖がらせるために購入したのだとしたらガキ通り越してちょっと愛しいな? なんて考えていると、誰かが、こちらに歩み寄ってきた。

 かがんで足元に落ちたGをつまみ拾い上げると、立ち上がってわたしを見下ろす。相手は、一八〇近い。見上げなきゃ目線が合うこともないのだが――。

「平気なんだ?」

 驚いた。目の前にいたのが、梟師くんだったから。そんなものつまむのも、話しかけてきたのも予想外。

「ゴキブリ」

「あ……いや、平気っていうか。オモチャだしね、それ」

 さすがに動き回っていたら動揺する可能性あるけれど、なんだろう、生まれて一度も遭遇したことがないせいかGというのはわたしにとって未知なる生き物で、むしろ一回くらいお目にかかってみたいくらいの存在だったりする。って、こんなことを梟師くんに伝えて引かれちゃ困るな。

「ホンモノは」

「え?」

「平気?」

「さ、さあ。どうかな」

 これ、なんの会話なの。好きな人とやっと話せたと思ったらGの話題。もはやGのこと好きになりそうだ。梟師くんとわたしの会話を繋いでくれてありがとう。うちのキッチンにはご飯を漁りにきても許してやるぞ。

「田中さんって。怖いのとか大丈夫な人?」

 なんということだろう。梟師くんがわたしの名前を覚えてくれている。呼んでくれた。クラスメイトとはいえ、誰にも話しかけない、彼が。嬉しい。というか、そうだよ。誰とも話さないのに、なにゆえ話しかけられているの……!?

「たぶん、平気」

 と答えると、

「ホラー映画は?」間髪入れずに問いかけてくる梟師くん。

 まさかわたしに興味もってくれたの? あの梟師くんが? なぜ?

「大丈夫、かな」

 それも見たことがないけれど、嫌う理由もなければ、ちょっと見てみたいくらいの好奇心を抱く余裕があった。

「グロテスクなものへの抵抗は?」

 グロテスク、とは。

「えっと。それってどんなやつかな」

「動物の肉片とか直視できる?」

「…………」

 え?

「解体したい?」

「……どうかな」

「へえ。絶対に無理、とは言わないのか」

 微かに口元を緩め、はにかんでそう囁くと、梟師くんは歩いて行ってしまった。

 な、な、なんだったのお……!?

 周りにいる女子が「いいなー。あの子、梟師くんと話してた」なんて羨ましがっているのを見ると、会話の内容までは聞かれていなかったと推測する。聞かれなくてよかった。終盤、サイコパスみたいなこと言ってたもん。やべえ。梟師くん、やべえよ。

 台詞もだけど、別れ際の不敵な笑みが忘れられない。普段クールなのに、ラスボスみたいなオーラ放ってた。

 そんな感じで迎えた放課後、奇跡が起きた。

「田中さん。うち来ない?」

 なんと、梟師くんに誘われたのだ。彼と一緒に帰る権利は愚か、家に入る権利まで手に入れてしまった。え、待って。今日は、わたしの命日……?

 大勢の女の子に睨まれながら下校する。会話はない。男の子の家に行くのなんて初めてだから緊張するなあ。

「た、梟師くんは。本が好きだよね」

「うん」

「どんなの読んでるの?」

「ミステリーが多いかな」

 うん、イメージ通り。ここで恋愛ものって返事がくるとは思っていない。

「あんまり読んだことないな。難しそうだし。あ、でも。オススメとか教えて欲しい!」

 梟師くんの好きなものは把握したい。梟師くんと趣味を共有したい。

「誠実に見えてサイコキラーとか。最年少凶悪犯罪者とか。イカれたやつが出てくるのが面白いよ」

「へっ……」

「よかったら貸そうか」

「あ、りがとう」

「読んでる途中で気分悪くならないといいけど」

 やっぱり梟師くんはヤバイ人なの?

「お邪魔します」

 梟師くんの家は、屋敷みたいだった。広く、外車が数台停まっているような。ハイスペックがすぎるよ。

「おかえりなさいませ」

 家政婦の登場。

「あら、お友達ですか。坊ちゃんが誰かを連れてくるなんて初めてですね」

 初めて、と聞いて胸が大きく鼓動した。

「クラスメイトの田中さん。彼女は、特別なんだ」

 特別? わ、わたしが、特別!?

「行こう。田中さん」

 もしや、二人きりになるのかな。心臓持つかなあ!?

「しっ、失礼します」

 なぜだか梟師くんの部屋は中に入ると涼しかった。帰宅前から空調がバッチリなのは、家政婦さんが帰宅に合わせてつけてくれていたのかな。うちじゃ考えられない。お母さんに「エアコンは猛暑まで我慢しな」とか言ってつけさせてもらえないくらいだから。お金持ちって、いいなー。

 にしても天井高いな。うちのリビングの何杯も広い自室すごい。

「さっそくなんだけど」

 わたしは、すぐに知ることになる。

 梟師くんが、放課後、一目散に帰る理由を。女の子の誘いを頑なに断る理由を。

「君に仕込みたいことがある」

 ――は?

「しこ……み……たい?」

「ああ」

 貴方好みにわたしを改造されるってこと? え? いきなりそんな展開に……えええ!?

「ただいま」

 玄関じゃないのにそんなことを言う梟師くん。不思議に思っていると、そばにやってきたのは。ううん。彼の肩に乗ったのは――

「紹介するよ。家族の、ヘドウィグ」

 どこかで聞いた名だな。

「わあ……。フクロウ飼ってるんだ!」

 かわいい。かわいいかわいいかわいい。真っ白で、目がくりっとしていて。人形みたい。そして絵になりすぎる。

「こいつの世話。頼まれてくれない?」

「へ?」

「僕、留学するんだ。連れて行けないから面倒みてくれる人を探してて」

「……それで。わたし?」

「うん」

 なぜ、わたしなんだろう。これだけお金持ちならプロにお願いできるだろうに。

 でもまぁ謎は解けた。わたしに話しかけてくれたのは、この仕事を与えるためだったんだね。まあそうだよね。梟師くんがデートに誘ってくれるなんてあるわけなかったんだ。

 ガッカリしたくなるけど、落ち込んでる場合じゃないよね。これはチャンスだ。他人に心を開きそうにない梟師くんから声をかけられたのだ。いかさずしてどうする。

「夏休みの間、うちに住み込んで欲しい」

「え?」

「そしてヘドウィグの状態を随時僕にメールで知らせてくれない?」

「……わ、わかった!」

「テレビ電話で様子をリアルタイムに見せて欲しい」

「うん?」

 こ、これは。

「愛情もって。僕の代わりに。大切にかわいがってくれないかな」

 溺愛ですなあ。

「もちろん……!」

「よかった」

「でも。なんで、わたし?」

「君は普段から小さなことに気配りができ、相手の気持ちを汲み取り、言葉を選ぶ優しい人間だ。安心して頼めると思った」

 嘘。そんなこと思ってくれていたの?

「そしてなにより。餌をさばける」

「さ……ば、く?」

 フクロウの餌ってなんだろう。魚とか?

「やったことないよ?」

「だから今から僕が仕込む」

 そういうことか。

「お、お願いします!」

 梟師くんについていく。彼が冷凍庫を開くと、そこには――

「な……」

「ラットやウズラの下処理。うちの家政婦、嫌がるから僕がやってるんだ」

「…………」

「じゃあ。始めようか」

 梟師くんと仲良くなるには。

 梟師くんと、仲良くなれるかは。

「それとも。イヤかな」

 この作業ができるかどうかってことが、めちゃくちゃ重大だと悟った、十六の夏。

「…………まさか。教えて、クダサイ」

 わたしは好きな人と近づきたいという下心で、そこにいる可愛らしい生き物を愛でることになった。

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きみ、わたし、下心。 犬甘 @s_inu

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