mALICE from fiction
すらなりとな
漫画『サイコ・フレア』
#1-a 出会
週刊誌表紙:今週の『サイコ・フレア』――――――
なぜ彼は超能力者となって戦うのか?
コンビニから始まる非日常!
今、ヒロイン、猫子との出会いが明かされる!
春の眠気を焼き尽くす、巻頭カラー32P!
――――――――――――――――――――――――
「じゃあ、図書委員は、
「はぇ?」
先生に指名されて、
高校二年生が始まった次の日の、授業後のホームルーム。
新学期の緊張は早くも薄れ、春の生ぬるい気温と一緒に、ゆるやかな雰囲気が教室に広がっている。
亜理子も、つい先ほどまで、そんな居心地のいい空気に飲まれていた。
早い話が、寝ていた。
それはもう、机に突っ伏す勢いで。
先生に、注意してくださいと言わんばかりに。
(だって、長かったんだからしょうがないじゃない!)
そう、長かったのだ。
それはもう、先生の責めるような視線に抗議できるほどに。
いや、長くなるのは分かっていた。
今日は、委員という名の雑用係を決める日。
押し付けあいが起こるのは、小学校から変わらない。もちろん、最後は先生の強引な指名で終るのも一緒だ。自分に回ってくるとは思っていなかったが。
「……最悪」
口の中でそう呟いた自分は悪くない。
が、先生はそう思っていないらしく、しっかりと注意が飛んできた。
「嫌なら、寝ないでね。えっと、図書委員ですが、他にやりたい人、いますか?」
どうやら指名をやり直す気はないらしい。
もちろん、ここで手を上げる殊勝なヤツなどいるはずもなく、
「じゃあ、宇佐沢さんと六条さんになりますけど、いいですか?」
満場一致で決まってしまった。
いや、よくないんですけど。
部活とかバイトとかで、忙しいんですけど。
そう言ってやりたいところだが、この状況では誰も耳をかさないだろう。
その分、授業中で寝てるでしょ?
というお説教と、周囲の忍び笑いが容易に想像できる。
「…………最悪」
結局、亜理子に出来るのは、口の中で悪態をつくくらいしかなかった。
「あー、えっと、それじゃあ、委員はこれで全部決まりましたので、ホームルームはこれで終わりにします。あ、図書委員の二人は早速仕事がありますから、ちょっと残ってね?」
きりーつ、れーい、ありがとうございましたー
やる気のない号令と共に、放課後の喧騒に包まれていく教室。
だが、それも数分。
「ホント、最悪……」
亜理子が三度目の呪詛を呟いたときには、もう誰もいなくなっていた。
先生と、もうひとりの哀れな犠牲者をのぞいて。
(えーっと、誰だっけ?)
確か、さっきはウサザワさんとか呼ばれていたような気がする。
昨年は別のクラスだったのだろう、亜理子と面識はない。
いや、仮にあったとしても、気づいたかどうか。
スカートも折らずただ身に付けただけの制服に、ろくに化粧もしていない肌。
唯一、腰まで届く長い黒髪が特徴だが、前髪も一緒に伸ばしているせいで顔が隠れている。なんというか、全体的に地味だ。
ちなみに、そういう亜理子はというと、何とか見逃されるレベルで制服を着崩し、髪も染めている。つまりは見た目からして正反対の格好である。共感を得られそうにない。せめて、文句を言える相手なら気も晴れたのだが。
「……はあ、最悪」
「もう、そんな嫌そうにしなくてもいいじゃない」
思わず漏らした盛大なため息を、笑って誤魔化そうとする先生。
さすがに、言い返した。
「仕事でやってる先生と違って、生徒はただ不幸なだけですし」
「あら? 先生も、先生以外の仕事をしなきゃいけないことだってあるのよ?」
しかし、そこは教師。生徒の感情をあっさり流すと、「ついてきて」と教室を後にした。
否応もない。
亜理子も、扉をくぐる。
廊下は、柔らかい春の日差しで溢れ、嫌味なほど気持ちよかった。
# # # #
先生に連れてこられた図書室は、廊下に輪をかけて居心地がよかった。
適度な温度で満たされた室内に、遠く聞こえる陸上部の掛け声や吹奏楽部の練習曲が、程よい静寂を作り出している。学校の中に、これほど居心地のいい空間も少ないだろう。まったく、眠ってしまう程の心地よさだ。思わず、あくびが出た。
「ちょっと、六条さん! 聞いてるの!」
「聞いてますよぉ?」
当然ながら、先生からは怒声が飛んでくるが、亜理子はどこ吹く風。
しかし、やはりそこは教師。諦めたかのようにため息をつくと、すぐに説明を続けた。
「繰り返しますが、基本は本の整理と受付をやってもらいます。
本の整理はダンボールの中身を本棚に移すだけだけど、受付は貸出機を動かさないといけないから――」
受付カウンターに置かれたパソコンに、本のラベルを読み込ませる先生。
実演という、およそ考えられる中で最も丁寧な解説を、亜理子は生徒の駄々を聞き流す教師のごとく、いい加減かつ適当に聞いていた。言うまでもなく、細かい操作方法など憶える気はない。不良と呼ばれる生徒の、ささやかな抵抗である。
(ま、人選ミスよねぇ)
再びこぼれそうになるあくびをかみ殺しながら、隣の地味なクラスメートに目を向ける。真剣な顔で先生の話を聞くその姿は、まさに優等生である。図書室のカウンターに座っていても、何の違和感もない。むしろ絵になる。本を借りる側も、自分の様な見た目からして問題児な生徒より、よほど借りやすいに違いない。
(よし、仕事はこの子に頼もう)
「じゃあ、今日は時間まで受付やっといてもらえる?
私は、職員会議があるから」
理不尽な決心をしたところで、先生の話が終わった。最後だけしっかり聞こえるあたり、興味のない授業と同じくらい、自分にとってどうでもいい時間だったのだろう。もっとも、こちらは授業と違って、終わっても解放されない分たちが悪い。
「っていうか、バイトあるんですけど。時間って、あとどのくらいなのよ」
図書室を後にする先生に、疑問とも不満ともつかない文句が口をついて出る。
もちろん、答えてくれる相手は、
「えっと、一時間くらい……?」
「へ?」
いた。
振り向いた先には、存在を忘れるくらい地味な女の子。
「あ、えっと、ごめんなさい」
そして、なぜか謝られた。
「はあ、謝んなくていいから。それより、先生、他に何か言ってなかった?」
意味不明な謝罪を遮るとともに、雰囲気を軽くするのも兼ねて、話を振る。
亜理子としては、割と重要な問いかけだ。
「聞いてなかったの?」と呆れられれば、完全な優等生タイプ。
「ごめん、私も知らない」と話を合わせてくれば、見かけによらず、先生と生徒の間を上手く立ち回るタイプ。
これから嫌でも放課後を一緒に過ごす相手だ。特徴を知っておいて損はない。
「えっ? ええっと、図書委員の仕事は本の整理と受付の二つで……」
が、目の前の地味子は、なんと先生の説明をそのまま再現し始めた。
真面目というか馬鹿正直というか、すごい記憶力というか、とにかく、亜理子の常識外の反応だ。
「……えっと、繰り返しになるけど、基本は本の整理と受付。本の整理はダンボールの中身を本棚に移すだけだけど、受付は貸出機を……」
「あ~、いや、ごめん、その辺は大丈夫。いや、大丈夫じゃないけど、やんなきゃいけなくなった時に教えてくれればいいから」
繰り返しまで忠実に再現し、果ては実演まで始めそうになる地味子を、どうにか止める。
気が付けば、自分の方がタジタジである。亜理子は図書委員の話を振ったことを後悔した。が、話題を変えようにも、他に何も思いつかない。やむを得ず、強引に話を進める。
「それよりさ、図書委員の時間とか、言ってなかった?」
「あ、うん、朝、授業始まる前の一時間と、放課後の一時間だって……あと、休むことになったら、先生に連絡するか、もうひとりに連絡してくれればいいからって」
(つまり、サボるときは、この地味子に伝えればいいのね)
亜理子の学生生活で鍛えられた聴覚は、自分に都合の悪い部分をしっかりカット。サボる口実を先生に直接伝えるという選択肢は、あっけなく除外された。ついでに自分で聞いた拘束時間も、既に忘れている。バイトや部活を優先させる気満々である。
「じゃ、連絡先、教えてよ」
携帯を取り出す亜理子。
が、地味子は困った様な顔を浮かべるだけ。
なんとなく事情を察した亜理子は、話しやすいように、自分から問いかける。
「あ、もしかして、携帯、持ってない?」
「ううん、持ってはいるんだけど、その、あんまり使ったことなくて……」
「は?」
が、飛んできたのは衝撃の回答だった。
固まる亜理子をよそに、携帯を取り出す地味子。だが、本当に取り出しただけ――正確には、起動してパスワードを入れただけで手を止め、曖昧な笑みをこちらに向けてくる。
「もしかして、使い方、分からない?」
うなずく地味子。
絶句する亜理子。
現代にこんな女子高生が実在していいのだろうか?
もちろん反語である。
だが、ファンタジーとしか思えないクラスメートは、瞬きをしても消えることはない。
亜理子は深呼吸して非常識な現実を受け入れると、覚悟を決めて、地味子に向き直った。
「ちょっと貸して?」
「うん」
素直に携帯という個人情報の塊を渡すあたり、どうかしている。この子は学校で教えてもらった事しか知らないのだろうか。亜理子は不安になりながらも、携帯を受け取った。機種だけは人気のスマホ、しかも最新モデルだ。だが、ホーム画面には何のアイコンもなく、ただ寂しく初期設定の背景画像が表示されている。
「……SNSって知ってる?」
ふるふると、首を振る地味子。
「…………アプリって分かる?」
ちょこんと、首をかしげる地味子。
「………………メールは、知ってるよね?」
さすがに、うなずいたが、
「あ、うん。お母さんが仕事で忙しくなった時、夕飯の都合とかやり取りするから、たまに……」
なに、その、おばあちゃんみたいな使い方。
突っ込まなかった自分をほめてあげたい。
「あ、のさ? いちおう聞くけど、携帯、普段なにに使ってんの?」
「? メール以外は、あんまり使わないけど……?」
「ゲームやったり、音楽聞いたりとかは?」
「ご、ごめんなさい、そういうの、よく分からなくて」
よく分からないのはお前だ!
叫びたくなる衝動をどうにか抑え、亜理子は地味子のスマホに触れてみた。
さすが最新型というべきか、実に分かりやすいインターフェースをしている。操作性を少しでも上げようという、技術者の努力が伝わってくるようだ。残念ながら、現代のファンタジーとでも形容できそうな地味子には通じなかったようだが。
「……」
ついに言葉を失った亜理子は、無言でアドレス帳を開く。
そこには、ポツンと一件だけ登録があった。
宇佐沢 アキとある。
「……このアキっての、お母さんの名前?」
「あ、それは、私の。お母さんが、自分のアドレスを乗せとくと便利だって……」
「……その、お母さんのアドレスは、どうしてんの?」
「え? 返信機能使えば、それでいいかなって……」
何やら猛烈な疲労を感じた亜理子は、再び黙りこむと、手早くアドレスの交換を終えた。
「じゃ、休む時はメール送るから、よろしく……」
そう言って携帯を返す。
地味子、いや、アキは、初めて登録された自分以外のアドレスを、嬉しそうに見つめている。
(いや、普通はアプリ使うんだけど……いや、いいや、うん、やめとこ。やめやめ)
受付の椅子に深く腰掛けると、時間を潰すべく、鞄から雑誌を取り出す。
本来なら携帯をいじるところだが、直前のやり取りのせいでそんな気も失せた。
(……さっき、あと一時間くらい、とか言ってたわよね?)
目の前に漫画を広げながら、ちらりと時計へ目を向ける。バイトには間に合うようだ。店長に連絡を入れる必要もないだろう。亜理子は気兼ねなく漫画に没頭しようとして、
アキの視線に気づいた。
いつの間にか隣に座り、チラチラとこちらへ視線を送っている。
目が合った。
慌てて手元の文庫本へと目を逸らすアキ。
亜理子は心の中でため息をつくと、アキに軽く雑誌を突き出した。
「あー、読む?」
「えっ!? ええっと、漫画は、その、ちょっと……」
「まあ、そういうと思った」
それだけ言うと、軽く笑って、再び漫画へ目を向けた。
直前、アキの頬が少しだけゆるんだのを認めている。
(文化が違うだけで、空気は読めるみたいね)
気まずい空気を追い払うための短い会話。その意図は、相手に伝わったようだ。
今度こそ、週刊誌のページをめくる亜理子。
先ほど向けられた視線は、もう、無くなっていた。
※ 続きます(次回投稿は、2019/3/18(月)を予定しています)。
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