Lyric2:歴史を紐解こうかい それと自己紹介


 ラップバトルの歴史は、遥か古代まで遡る。

 古の時代、戦士同士の一騎打ちにおいて、戦士たちは前哨戦として互いを罵り合った。

 武力での勝利は当然として、この罵り合いにおいても勝利しなければ、例え相手を殺害してみせたとて真の勝利とはされなかったという。

 戦士として、敵味方の敬意リスペクトを集めるための戦い。

 敵よりも優れた戦士だと内外に証明し、プロップスを得るための儀式。

 それが、ラップバトルの原型であったという。


 時代は下り、やがて戦士たちの一騎打ちは騎士たちの決闘へと変わった。

 戦場から宮廷へ。騎士の誇りをかけた戦い。

 戦士の時代に比べれば幾分か特権化が進み、これまで以上に教養が求められ始めた。

 特権階級であるからには、平民よりも優れた智勇を持たねばならぬ。

 ラップバトルで叡智を示し、馬上槍試合で武勇を示す。

 これこそ理想的な騎士の姿とされ、騎士たちはマイクと槍の技術を磨いた。


 そして最終的には血生臭い武力闘争部分は形骸化し、失われ――――騎士たちの決闘は、前哨戦たる罵り合いのみを残す形となった。

 競技としての馬上槍試合こそ現存するものの、誇りをかけた決闘は死人の出ないラップバトルのみとされた。


 即ち――――――――――――



「――――――――それがさっき俺たちがやって見せた、韻文決闘フリースタイルラップバトルの歴史ってワケだ」

「ははぁ」


 と、ルシオの解説にモルフェは気の無い返事をした。

 経緯はわかったが、あの口汚い罵り合いのどの辺りが神聖な騎士の果し合いなのか……といった具合である。

 ガタガタとが揺れる。


「……ちょっとムッさん! もうちょっと安全運転でお願いしたいんだけど!?」

「ガハハ! 悪ィな! この辺は道が荒れててよォ!」

「もう!」


 モルフェの横で、アイラが御者台に向けて不機嫌に文句を垂れていた。

 それなりに広い車内ではあるが、四人も中にいればいささか手狭でもある。御者台も含めれば五人だ。


「…………その、なんだ。お前に……」

「おいおい、貴族相手に“お前”とは剛毅だなあんた」

「あら、へりくだると嫌そうな顔する癖に?」

「うるせ。たまにはボンボン気分楽しませてくれてもいいだろ?」

「暴論ね」

「口論するか?」

「往生しなさい」

「相当だな」

「オホン! ……話を続けていいか?」

「おっと失敬」


 軽口を叩き合うアイラとルシオに嘆息し、モルフェは若草色の瞳でじとりと彼らを見た。


「……助けてもらったことには感謝している。こうして移動家屋トレーラーハウスに乗せてもらったこともな」


 移動家屋トレーラーハウス――――それが、今彼らが乗っている車の名だった。

 端的に言えば、小屋に車輪をつけて魔導人形ゴーレムに牽引させる巨大な馬車である。この小屋を牽引するのは、馬竜と呼ばれる竜とも馬ともつかぬ大型の獣……を、模したゴーレム。

 歩みは決して早くは無いが、力強くトレーラーを引っ張って街道を往く。


 あの後――――ライミオに勝利したアイラたちは、どよめく観衆を余所に勝利を讃え合った。

 そして最初に絡まれていた少女……パンジーが隣街からのおつかいでここまで来たことを知り、もののついでとトレーラーに乗せていくことを提案。

 恩人とはいえ、サキュバス――――モルフェとパンジーの脳裏を過ぎったそんな考えを責めることは、誰にもできまい。


 ――――――――サキュバス。

 忌まわしき毒婦。

 インキュバスと並び、かつて世界を支配していた淫魔。

 呼吸するように魅了チャームをかけ、指先ひとつで数多の人間を操る支配者。

 しかしやがて心を持たぬ兵士、ゴーレムが開発され……今から千年ほど前、彼らは支配者の座から転落したという。

 これまで魅了によって反乱を制圧してきた淫魔たちは、心を持たぬゴーレムの進撃に抗うことができなかったのだ。ヒュームたちはゴーレムを操り、玉座を奪い取った。そうしてできたのが現在の統一帝国だ。


 玉座を奪われ、石もて追われ――――彼らは人目を避け、再起を図っていた。

 それが爆発したのが数百年前。

 魔王パンドーラを中心に淫魔の大軍勢が起ち、帝国に反旗を翻した。

 追い詰められた帝国は、異世界より勇者を召喚。

 現れた勇者マサユキ・イトーは数多の冒険の果てに魔王を封印し、帝国は守られたというのは誰もが知るところだ。


 しかし慈悲深き勇者イトーは彼らを哀れみ、彼らが人と共に生きる道を探った。

 そうして生まれたのが、魅了封印紋。

 その身に刻む限り、魅了を行えなくなる封印術式。

 ……そうでもしなければ、人心を自在に操る淫魔が人と共に暮らすなど不可能であった。

 人と暮らす道を選んだ淫魔は、神々に与えられた王の権能たる魅了を捨てなければならない。

 …………捨てたとしても、偏見は無くならない。

 人心を自在に操り人類を脅かしてきた怪物として、迫害されながら暮らさねばならない。

 勇者イトーは彼らを守るために尽力したが、結局彼の存命中に偏見が無くなることはなかった。

 勇者の死後、迫害は加速し……現代では魅了封印紋を刻んで迫害されながら生きる淫魔と、迫害を嫌って隠れ里を作り、ひっそりと暮らす淫魔に大別される。後者が時折旅人を誘惑したり、人里から住民を誘拐するものだから、人と共に生きる淫魔はますます迫害された。迫害の果て、裏社会に身を置く淫魔も数多い。


 サキュバスと言えば、平気で犯罪に手を出す危ない連中だ――――それが、この世界における常識であった。


 それを思えば、サキュバスのトレーラーに乗ることを躊躇うことを誰が責められようか。

 その上で、しかし己を恥じてトレーラーに乗ることを選べたモルフェとパンジーの勇気と良識をこそ讃えるべきだろう。恩人だから、と言うことができたのだから。


「改めて。私はモルフェ……旅の者だ。助太刀に感謝する」


 名乗るモルフェは、改めて見るに美女であった。

 金の長髪、若草色の瞳。豊満な肢体。

 軽装の中で目を惹くのは、背負ったリュートと皮張りの耳当てだろう。

 すらりと伸びた長い手足と長身は、彼女を優雅なる麗人として演出していた。


「あ、わ、私はパンジーです。ルシオ様、この度は本当にありがとうございました!」


 次いで頭を下げたのはパンジー。

 年の頃はローティーンか、せいぜいミドルティーン程度か。少なくとも外見上は、アイラとそう変わりないように見えた。

 栗色の髪に、いかにも素朴な町娘といった風情のワンピース。

 あどけない笑顔からは、彼女の純朴さが見て取れる。


「いやいや、いいのさお嬢さんがた。さっきはああいったが、変にかしこまらないでくれ。貴族って言っても、所詮は田舎貴族の三男坊だしな」


 ルシオは手をひらひらさせ、悪戯っぽく笑った。


「一応こっちも改めて名乗っとくか? 俺はルシオ・ベドリバント。DJだ」


 眼鏡を押し上げ、そのまま視線を隣のアイラへと送る。

 お前も、ということだろう。

 アイラはその意を汲み取り、サキュバスという種族に対するイメージからはおよそ真逆とすら言える絶望的に平坦な胸を張った。


「アタシはアイラ・ザ・チャーム。見ての通りサキュバスで、ラッパーよ。立場的にはこの眼鏡の護衛ってとこね。で……ムッさぁーん! アンタも自己紹介しとくぅー!?」

「おうさ!」


 御者台の方に声をかければ、すぐさま返事があった。

 そこにいるのはドワーフ。

 この一行クルーの、最後の一人。


「俺っちぁナイルベルグ・フレイズマルソン!」

「無茶苦茶するから“無茶髭”って呼ばれてる。な、ムッさん?」

「ガハハ! まぁな! これでも紋章職人ペインターの端くれよ! 工房のクソワック共には追い出されちまったが!」


 紋章職人ペインター――――貴族の紋章を描き、あるいは細工物にする職人。

 自然と、モルフェの視線が壁にかけられたターンテーブルシールドに向けられた。

 そこに描かれている紋章。

 恐らく、ベドリバント家の家紋。

 立ち上がり、足を持ち上げた馬……いや、ロバか。

 …………よくよく見てみると、いささか奇妙な家紋であった。

 ロバというモチーフが、ではない。

 なんというか……デフォルメが効きすぎているのだ。

 持ち上げた前足は妙に筋骨隆々としているし、荒い鼻息まで描かれているし、茶目っ気たっぷりに笑顔まで見せている。

 ……貴族の家紋としては、いささかおふざけが過ぎよう。

 これがナイルベルグの手によるものだとすれば、彼が工房を追い出された理由にもなんとなく察しがついた。


「俺らはブリムエンを目指してる途中でね。いや、パンジーの街が進行方向側で良かったよ」

「ブリムエン、というと……」

「えっ。アンタ、ブリムエンも知らないの……?」

「……こ、故郷から出てきたばかりで……」

「えっと、ブリムエンって言うのは、ずーっと西の方にある音楽の街なんです。毎年大きな音楽のお祭りをやってて……お姉ちゃんたちは、きっとそれのためにブリムエンに行くんだよね?」

「ええ、もちろん! ……つーかアタシも大概田舎の出だけど、それでもブリムエンの音楽祭ぐらい知ってたわよ。アンタマジでどっから来たの?」

「う、うるさい!」


 閑話休題。


「……そういえば、気になっていたのだが……いいか?」

「ああ、なんだ?」

「先ほどの決闘、負けた貴族……ライミオと言ったか。奴が崩れ落ちていたが、あれはなぜだ? 敗北とはいえ、命に支障があるわけでもあるまい」

「誇りをかけた決闘に負けたんだ、膝ぐらいつくさ……ってのも、一面の真実として」


 ルシオはそう前置きし、一度眼鏡を押し上げた。


「サキュバスってのは、元々人の精神を操る種族だろ?」

「……そうだな。彼女たちの魅了に抗うことはまず不可能だと聞く。夢すらも操れるとか」

「そ。まぁそれの応用っつーか……要するにこいつら、人の心に直接干渉するのが得意なんだよ」


 ……魅了封印紋で封じられるのは、魅了能力だけだ。

 それ以外の変身能力や、基礎的な精神感応能力はそのまま保持される。

 もちろん、それだけでは人心を自在に操ることは難しいのだが……



「だからサキュバスにディスられるとすげー傷付くんだわ」



 モルフェは言いたいことはわかったが妙に釈然としない気分を味わった。


「うん? まぁ、うん……そう……そうだな。うん。うん?」

「おいこら。なんかもうちょっと言い方があるでしょ!」

「いやでも実際それであのクソ貴族もダウンしたわけだし……」

「もっとこう……人の心に直接届く! とか!」

「産地直送みたいな」

「人のラップを新鮮な野菜みたいに言うなぁっ!」


 不機嫌にアイラが頬を膨らませ、ツンとそっぽを向いた。

 からかったルシオの方はと言えば、愉快そうにケタケタと笑っている。

 仲が悪いのか、これはこれで仲がいいのか。


「フン! ……まぁ、アタシは魅了封印紋刻んだから魅了が使えないクチなんだけど、マイクがあれば人を興奮させるのも、落ち込ませるのも、感動させるのも自由自在ってワケ。わかるアーイ?」

「……お前の言葉はより深く心に響きやすい、ということか」

「そーいうこと。言わば魅了の代わりよ」

「まぁこいつの場合は元々魅了使えないんだけどな」

「ばっ、それは言いっこ無しでしょ!?」

「魅了が、使えない……?」


 ……サキュバスなのに、魅了が使えない?

 モルフェが訝しんで首を傾げれば、ルシオは笑いを噛み殺しながら答えた。


「ああ。こいつ、魅了の才能がてんでなくってね。だからこの魅了封印紋も周りを安心させるために刻んであるだけで、大して意味ないんだよ」

「ありますぅー! ほんとならアタシの魅力に全世界がメロメロですぅー!」

「ははは、ソウデスネ」

「は? あったま来た。ルシオ! マイク握りなさい!」

「お、やるか? しょうがねぇなぁ。いつも通り8小節1ターンでいいよな」

「もち! 行くわよコラァッ!」


 顔を真っ赤にして怒気を撒き散らすアイラが、乱暴にマイクを手に取った。

 ルシオが挑発的に笑い、彼もまたマイクを手に取った。

 それから、視線がモルフェへと向けられる。


「モルフェ、お前そのリュート弾けるんだよな?」

「え、あ、ああ。そうだが」

「悪いんだが、ちょっとビート刻んでくれ。8小節を1ターン……だから2回。頼めるか?」


 頼めるか、と問われれば可能と答えるほかない。

 先ほどのバトルを見ていたから、ラップバトルを知らないモルフェにも彼が何を求めているのかはわかった。

 要するに、ラップを乗せる曲を弾いてくれ……という話で。

 8小節を繰り返し2回。簡単な注文だ。

 急な状況に困惑しつつも、モルフェは言われるがままにリュートを構えた。

 ルシオがコインを弾く。キャッチ。


「表!」

「お、正解。どっちにする?」

「当然先攻よ! モルフェ、お願い!」

「あ、ああ……」


 リュートの弦を爪弾く。

 渇いた音色が車内に響き――――――――アイラがマイクを構えた。


『エイヨー! 誰の魅力がないって?

 言っとくけどアタシの魅力半端ないって!

 それがわかってないアンタは最ッ低!

 わかったらさっさと沈んどけ海底――――――――』


 怒りと共に、前のめりに吐き出されるラップ。


 ……まぁ、とりあえず。

 少なくとも怒りの感情はすごくよく伝わってくるな、などと考えながら……少し不思議な気持ちで、モルフェはリュートを爪弾いた。







 ちなみにバトルは後攻のルシオがメタクソに言い負かして勝った。

 『胸じゃなくてラップでしとけ魅了 その幼児体系じゃ流石に微妙』は核心を突く強烈な言葉パンチラインだったが、それを伝えるのは流石にアイラが哀れだったので大きな胸にそっとしまっておく優しさがモルフェにもあった。

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