そして、英雄になる

黒鍵猫三朗

そして英雄となる

「ねぇ、ルマ。今度のマシンはなに? 鳥?」


「いや、昔読んだ文献にあったんだ。それは太古の昔、大空を舞い鋭い爪と夜目を持ち、夜を支配した生き物だって」

 

 隣にやってきたアイネは黒いスカートの後ろに垂れるところを尻の下に通しながら椅子に座ると、僕の机を覗き込んだ。


 机の上には軟性金属を使って作られた二本足の生き物がまっすぐ立っていた。一枚一枚の羽の持つ光沢が怪しく濡れているようであることが、その鋭さを物語っていた。


「ほんと、ルマの器用さには恐れ入るわ。がらくたからこんなマシンを生み出しちゃうなんて。あなたが地上にいたら世界中の羨望や嫉妬を一身に受けてしまいそうね」


「ははは、地上ではきっともっと面白いマシンを作っている人がたくさんいるさ」

 

 地上に人なんていない。僕はそのことを知っている。僕は人類が最後に作り上げたアンドロイド。雲の上にまで伸びるこの塔の最上階で、アイネの相手をすることを定められた者。


「でも、僕の作るマシンが少しでも誰かに楽しいと言ってもらえるのならうれしいな。アイネ、君はどうなんだい? 地上に降りてやりたいことはないのかい?」


「私なんかが下りたら大騒ぎになってしまうわ。だってこんな体だもの」


 アイネの体はタコとの融合を試みた際にできてしまった失敗作だった。手が四本、脚が四本。肌は真っ赤に腫れあがり関節以外もよく曲がってしまう。


「そんなことはないさ。きっと受け入れてくれる人もいる」


 アイネは遠慮がちに二本ずつ手を胸の前で合わせる。


「……もし、……もしも、受け入れてもらえるのであれば、私はあなたの作るマシンで遊ぶことがどれだけ素晴らしいことなのか、みんなに伝えたいわ。きっとわかってくれると思うわ」


 アイネは塔の円形の壁際に所狭しと並んだ金属光沢を放つマシンを眺めて言う。アイネの言葉にルマはみるみる落ち込んでしまう。


「でも結局、君は飽きてしまう……」


「飽きてなんかないわ! 少しずつ遊ぶのが肝心なの。それが私が楽しむための秘訣なの。だから、ね?」


 アイネは努めて明るくルマに声をかける。


「ありがとう。一人でも認めてくれる人がいる。それはとっても勇気が湧くことだね」


 アイネは花が咲いたような優しい笑顔を浮かべるとルマに励ましの声をかける。


「さぁ、今度のマシンは私をどう楽しませてくれるの?」


 ルマは親がついに自分の話したいことを聞いてくれたと喜ぶ子供の様に話始めた。


「今度のマシン。これこそが、僕の自信作! 僕はもうこれ以上のものは作れないよ! 究極の曲線美。やわらかすぎて一定の形を保てなかった軟性金属の固定化技術! すべてを集めて作られたこの生き物の名はフクロウ! このマシンで地上にある何かを取ってきてもらうんだ!」


「何かって?」


 アイネの質問にルマは口ごもる。


「……すごいもの」


「すごいものって?」


「やばいもの」


「やばいものって?」


「……とにかく地上に落ちている物を拾ってきてくれるマシンなんだ!」


 アイネはふふふと笑うと言う。


「そう。何が拾われるかはお楽しみなのね? ワクワクするわ!」


「だろ? これこそ、僕が作る最強のサルベージマシンさ! 地上からのお土産で君の退屈を必ず解消してあげるからね!」


 ウキウキ顔のルマと対照的に、突然深刻な表情になったアイネは言う。


「……ねぇ。人に当たったりしないわよね?」


「大丈夫だよ。こいつには人を自動で認識して避ける機能が付いているんだ」


 嘘だ。どうせぶつかる人がいないんだからそんな機能必要ない。方便ってやつだ。


「それよりも、よく見ておいてくれ! フクロウはこの塔の周りをきっかり一周したら地上に向かって急降下を始める。その間にしっかりと目に焼き付けておいてくれ!」


 ルマはそういうとフクロウを腕に乗せ、立ち上がるとフクロウの正面が窓の外になるように腕の位置を調節する。


「アイネ、準備はいい?」


「もちろん!」


「3,2,1! ゴー!」


 ルマは自分の掛け声に合わせてフクロウを外へと放り投げた。


「いけぇ! 僕の集大成!」


 フクロウは内部の気圧を一定に保つエアフィルターを突き抜け外に飛び出し塔の周りを悠然と飛行し始めた。


「うわぁ! すばらしいわ!」


 恋する乙女のように目をキラキラと輝かせフクロウを眺めるアイネ。周囲にきらめく黒い空、そして眼下に見える白に緑や青の雲。その境目。ちょうどまっすぐひかれた一直線の上をフクロウはほとんど羽ばたくことなく飛んでいる。


「ありゃ? 鳴き声のシステムはうまく作動しなかったか……?」


 ルマの心配をよそにフクロウは猛然と急降下を始めた。


「よし! フクロウ! とにかく今度こそ、何か持って帰ってきてくれよ!」


 ルマはアイネと同じように両手を合わせると、黒い空の方に祈りをささげた。




 しかし、ルマの祈りとは裏腹に待てど暮らせどフクロウは帰ってこなかった。


「くそっ!」


 ルマは机を両手の拳で思い切り殴りつけた。机の上に置かれていた金属たちが一斉に飛び上がり、机に叩きつけられる。


「なんでうまくいかないんだ!」


 アイネはそんなルマの肩に手を添えて首を振る。


「ルマ……」


 肩に置かれた手を、ルマは両手で包み込むと黒い雲よりも重たい声で言う。


「アイネ……。すまない、君の退屈を紛らわすための物を僕はもう、用意できないみたいだ」


 アイネは首を振ると言う。


「私は、別に地上のものが欲しいわけじゃないわ。あなたが作るものだったら私はなんでもうれしいんだから」


 ルマは両の目に涙を浮かべてアイネを見る。


「アイネ……! 君ってやつは……。そっか、そうだよな。僕、また、何か作ってみるよ……! 楽しみにしてて!」


 ルマは壁際に並んだマシンに駆け寄るとあーでもないこーでもないと思案し始めた。


 そんなルマに向かってアイネは言葉を投げかけた。


「ええ、もちろん。とっても楽しみ!」


 アイネはルマとは反対にある窓から外を眺めた。


 私はタコ型アンドロイド。ここは監獄用宇宙ステーション。記憶を操作され自分の事をルマだと思っている男のためだけに作られた。彼は超新星爆発の人工的な発生因子を見つけてしまった男。すなわち、この世界で唯一、地球を人質に取った男。私の任務はこの男の監視と行動の制御、そして技術の窃盗。


 フクロウがここへ帰ってこなくてよかった。あれが拾ってきたものをルマが見てしまったとき、彼がどういう判断を下してしまうのか予測がつかなかったもの。


 地上のどこかに落ちたフクロウ。

 あなたは英雄よ。

 あなたは人類を救ったのかもしれないのだから。

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そして、英雄になる 黒鍵猫三朗 @KuroKagiNeko

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