お付き合いは謎解きができた人と

一繋

お付き合いは謎解きができた人と

「お付き合いですか。構いませんけど……」


 真城先輩は心の底から不思議という表情を浮かべた。この人は少なからず告白をされる機会があるというのに、それを納得できていない。


 部の後輩として観察と考察を繰り返したところ、真城先輩は自身の見てくれに関心がない。だから自身が異性から注目を集める容姿であることに思い当たらないのだ。


「ひとつ、条件を出させていただきます」


「条件ですか? 何でも言ってください!」


「明日の土曜日。池袋駅の『ある場所』でお待ちしています。あなたはその『ある場所』を推理し、朝10時きっかりに来てください。闇雲に探し回ることは認めません。もし私と待ち合わせることができたら、お付き合いをしましょう」


「の、望むところです! それで『ある場所』というのは……」


 真城先輩は、遊び相手を見つけた女児のような顔を隠そうともしなかった。


「『切り札はフクロウ』。待ち合わせができたら、お出かけをしましょう」


 そこからにアクセントを付けた言い方だった。そして真城先輩は、返事を待たずに教室から出ていった。これ以上のヒントは与えないという意思表示だろう。


 告白をした男子生徒は喜びを噛みしめるように右手をギュッと握りしめてから、軽い足取りで教室から出ていった。謎が解けた、ということだろうか。


 池袋駅はこの学校の最寄り駅のひとつ。待ち合わせ場所としても違和感はない。けれど、真城先輩はそんな安易な類推で許す女ではない。


 誰もいなくなった放課後の教室。


 正確には、僕以外は誰もいなくなった教室。


 掃除用具ロッカーから這い出て、深呼吸をする。まったく、張り込みというやつも楽ではない。



 部室のドアを開けると、開け放たれた窓から風が通り抜けた。すでに所定の位置に座っている真城先輩の短い髪を揺らす。


 文芸部ーー通称謎部の部室である。


 その名前の由来は活動実態が謎というのもあるが、真城先輩の存在に依るところが大きい。


 真城先輩は根っからの推理マニア。推理小説マニアではなく、自身で謎を解いたり、誰かに謎をふっかけることが好きなのだ。


 先ほどのように、告白の返事に謎を絡めるのも一度や二度ではない。


 以前にその奇行について尋ねたことがあるが、それはいい笑顔が返ってきた。


「人間一人の想像力や知識量には限界があるでしょう。私と同じように謎へ向き合ってくれるパートナーがいれば、もっと推理というものを楽しめると思わない?」


 すべてにおいて推理が優先。


 この文芸部にしても、知識量を増やす場所としてちょうどいいという理由で入学早々に占拠したらしい。


「真城先輩。用事ができてしまったので、お先に失礼します」


 僕と真城先輩以外は名義だけの幽霊部員。二人きりで過ごす待望の一時ではあるけれど、僕も今日は推理に励まなければならない。


 真城先輩は見透かしているかのように笑い、「また来週ね」とだけ言った。




 明けて、池袋駅。


 さすがに休日の三大副都心の朝は、人並みもすごい。そんななかでうろ覚えだった男子生徒の顔を見つけられたのは、謎部での活動の賜物かもしれない。


 意気揚々とスマホを取り出し、電話をかける。


「もしもし、真城先輩ですか」


「おはよう。どうかした?」


「件のお相手ですが、『いけふくろう』の前で待ってましたよ。にやけた顔で」


「ええ、私も見つけた。けれど、後輩くん。盗み聞きとは感心しないね」


「それはそうと、今回の答えだと正確な待ち合わせ場所がわかりませんよ」


「だから私も正解に値する場所を移動し続けるつもりだった。私は同じ場所に留まっている、という条件は出してませんから」


「でも、彼を早々に『いけふくろう』の前で見つけてしまった」


「その通り。おかげで移動する手間が省けました。ところで、あなたは謎を解いたみたいね」


 僕も先輩ほどの執着はないが、推理を披露する気持ちよさは知っている。丑三つ時も迫るころに思いついた自説を披露するときだ。


「池袋駅で『フクロウ』をキーワードにされたら、真っ先に『いけふくろう』を連想するでしょう。けれど、それだけでは『切り札』が意味を為していない」


 そもそも、真城先輩が偶然で行き会ってしまうような待ち合わせ場所の定番を指定するわけがない。


「切り札の語源はトランプの用語で、ゲームの終わり……『キリになる札』から来ていると言われています。まあ諸説はあるそうですが」


 真城先輩は沈黙で先を促す。ここまでは正解。


「フクロウが切り札になる場所。つまり、ふくろうで終わる。池袋駅内でその意味が通るのは、池袋駅が終着駅となる西武池袋線です」


 しばしの沈黙。電話越しで表情が見えないのが惜しい。真城先輩はこんなとき、破顔するのを堪えられずに絶妙な表情を浮かべるのに。


「ふふっ正解。我ながら屁理屈だとは思いますが、よく気づきました」


 真城先輩は、もうひとつヒントを出していた。『そこからお出かけ』とあえて言ったことだ。駅での待ち合わせなのだから違和感なく聞き流してしまいそうだが、何らかの交通手段を用いるようにも聞き取れる。


「ところで、真城先輩。予定も流れてしまいましたし、これから課外活動というのはどうですか」


「せっかくだけれど、脱出ゲームのチケットを1枚取ってしまったの」


「……最初から彼が来ると思ってなかったんですね」


「ふふっ。それでは月曜日に部室で。盗み聞きの件は、楽しい推理を聞かせてくれた分で相殺してあげる」


 一方的に通話は切れてしまった。


 結局、今日は僕もいけふくろうの前で待つ男子生徒も敗北者ということのようだ。


 けれど、気分はそう悪くない。


 推理モノは長々とシリーズ化されると相場で決まっている。


 月曜日に部室で。真城先輩の弾んだ声がリフレインした。

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