第586話 弓月の刻、傭兵蟻についていく

 「見えました!」


 探知魔法を使わなくてもわかりました。

 サンドラちゃんの背中に乗り、地上を走る傭兵蟻さんを追っていると、別の傭兵蟻さん達の姿見えてきました。


 「敵の姿は見えないね」

 「見えないけど、敵の居場所はわかる」

 「何処ですか?」

 「あそこ。あの穴の中」


 シアさんが指さす方を見ると、お椀みたいな形をした穴がありました。


 「罠はどれ?」

 「あの穴。あれ自体が罠になってる」

 「あんな穴が罠なのかー?」

 「うん。見ればわかる。傭兵蟻が外に出ようと必死になってる」


 本当ですね。

 一匹の傭兵蟻が穴の中から這い出ようと斜面を駆けのぼろうとしています。

 ですが、一向に脱出できそうにはありません。

 どうしてでしょうか?


 「わかりました。あれは蟻地獄なのですね」

 「なるほどね。そりゃ、簡単に脱出できないね」


 蟻地獄でしたか。

 確かに、あれは蟻にとって天敵ともいえますね。

 砂漠という事もあり、さらさらとした砂は崩れやすく、穴から脱出を試みる傭兵蟻さんは何度も足を滑らせそうになっているのが見えました。

 しかも、それだけではありません。

 

 「さっきから砂が飛んでいるのはあの魔物が原因だったのですか」


 よく見ると、穴の中心から二本の角……いえ、あれは牙でしょうか?

 それが砂を掬い上げ、傭兵蟻さんへと飛ばしているのがわかります。


 「だけど、周りの傭兵蟻さんも負けていませんね」


 穴の上の傭兵蟻さんはただ仲間を見守っているだけではありませんでした。

 蟻地獄の主が土を飛ばすと、反撃するように酸を飛ばし、主を倒そうと対抗しています。

 しかし、酸が飛んでくる事を確認すると、穴の主は土の中へと潜り身を隠してしまうので、中々に手ごわいみたいです。


 「どうするの? 助ける?」

 「助けないのですか?」

 「うーん……これってさ、自然の魔物の戦いだよね? そこに私達が手を出してもいいのかなって」


 あー、スノーさんの言いたい事はわかります。

 言ってしまえば、これは自然の摂理で、弱肉強食の世界と言いたいのですね。

 そこに僕たちが片方に肩入れをしていいのかを気にしているみたいです。

 

 「確かに……蟻地獄の主は悪い事をしている訳ではない。生きるためにやっているだけ」

 「そうなんだよね……ここで手を出すのはちょっと違うようにも思えてさ」


 そう言われてしまうと、手を出す事は間違っているようにも思えてきます。

 だけど、見方を変えれば違う事も考えられます。

 

 「ですが、僕たちは傭兵蟻さんに助けを求められました。これって傭兵蟻さんの知恵ですよね?」

 「まぁね」

 「それに僕たちは応えて、ここまで来ましたし、無視するのは違うと思うのですよね」


 助けを求められ、僕たちは傭兵蟻さんを追ってきたのに、ここで無視をするのは傭兵蟻さんの期待を裏切る事になると思います。

 たまたま僕たちに出会っただけだとは思うのですが、もし僕たちに出会わなかったら、あの傭兵蟻さんは別の方法で仲間を助ける行動をしたのだと思います。

 ここで裏切ってしまうと、その時間を僕たちは潰してしまった事にも繋がり、結果的に僕たちと出会った事で仲間を助けられなかったとも考えられますよね。

 

 「それは嫌ですね」

 「そうだね。後で恨まれても困るし」

 「なら、サクッと助ける。傭兵蟻に疲労が見える、このままじゃ時間の問題」


 滑りやすい斜面を登るのは体力を使うみたいで、罠に嵌った傭兵蟻さんは登るのを諦め、滑らないように斜面にしがみついている状態になっていました。

 限界が近いみたいですね。


 「けど、どうやって助けるの?」

 「魔物を倒せばいいのかー?」

 「んー……それはそれで蟻地獄の主が可哀想ですよね」

 

 さっきも言いましたが、蟻地獄の主は生きるためにやっているだけですからね。

 

 「仕方ない。ここは私がやるよ」

 「スノーさんがですか?」

 「いい方法あるの?」

 「やってみないとわからないけどね。まぁ、失敗してもそこまで影響はないと思うし、とりあえず試すだけ試してみるよ。サンドラ、少し高度を下げて」

 「わかったぞー」


 何か策があるのでしょうか?

 スノーさんの指示でサンドラちゃんが高度を下げ、蟻地獄の真上迄移動しました。

 羽ばたいているにも関わらず、ほとんど風が起きないず、砂が舞わないのは不思議ですが、今はスノーさんですね。


 「みぞれ、ちょっと手伝ってくれる?」

 「わかりました。穴を水で満たせばいいのですね?」

 「そういうこと」

 「えっと、砂漠ですよ? どうやって水を満たすつもりですか?」

 

 砂漠の砂ってかなり乾いていますよね?

 僕の考えでは水を満たす前に周りの砂に水が吸われてしまうと思うのですよね。


 「大丈夫だよ。普通の砂ならそうはいかないと思うけど、砂漠の砂にはある特性があるからね」

 「特性?」

 「うん。見てればわかるよ……やるよ!」


 説明するよりも実演する方が早いと、スノーさんとみぞれさんが水魔法を使い、勢いよく水を射出し始めました。


 「水が、溜まってますね」


 直ぐにではありませんが、スノーさん達が水を穴の中に注ぎ始め、暫くするとどんどんと水が穴の中を満たし始めました。


 「スノーがまた水攻めしてる」

 「またって……あの時と同じにしないでよ」

 「自覚はあったのですね」

 「そりゃ、あの時にあれだけ私のせいと言われればねっ!」


 水攻めといわれ、思い出したのは鼬国の要塞都市を攻めた時の方法ですね。

 あれは酷い物でした。

 何せ、大雨を降らせ、水の逃げ場をなくして街を水没させたのですからね。

 それにしても、スノーさんの魔力も確実に増えているのがわかりますね。

 前だったらとっくに息を切らしていたと思うのですが、今は僕たちと会話をする余裕すらあります。

 そんな事を話していると、あっという間に穴は水で満たされていきました。


 「本当に水で埋まりましたね」

 「どうしてなんだー?」

 「それが特性だよ。表面の砂は確かにさらさらとしてるけど、砂漠自体はギュっと固く砂が閉まっているような状態なんだよね。だから、水は染み込まないんだよ」

 「スノー、いきなり賢くなった?」

 「元からだし! これでも騎士団に所属してそれなりに教育を受けていたからね」


 貴族はそういった勉強もしているのですね。


 「それで、傭兵蟻さんはどうなりました?」

 「そっちも大丈夫だよ。蟻は浮くからね」


 本当ですね。

 傭兵蟻さんはスノーさん達が満たした水の上でぷかぷか浮いていました。


 「キアラ、風で押して仲間の元に送ってあげて」

 「わかりました!」


 キアラちゃんが風魔法を使いました。

 すると、水の上を浮かぶ傭兵蟻さんが仲間の待つ陸地へと流されていき、無事に陸へとあがりました。

 


 「一件落着かな?」

 「いえ、まだですよ? 蟻地獄の主が……」


 穴の中心からぷくぷくと泡が浮き上がってきています。

 あのままじゃ溺死してしまいますね。


 「そうだったね。それじゃ、水を抜いてあげようか。みぞれ、水を蒸発させてくれる?」

 「任せてください」


 まさに自由自在ですね。

 みぞれさんが手を翳すと、水の水位がどんどんと下がっていきます。

 そして、あっという間に穴は元通りになりました。

 

 「主さんも無事みたいですね」


 元通りとなった穴から主の頭がひょっこり現れました。

 

 「けど、あれはあれで可哀想だと思うの」

 「食事の邪魔をしていまいましたからね」

 

 となると、主さんにも餌をあげた方がいいですかね?

 傭兵蟻さんばかり助けては不公平ですからね。


 「オーク肉とか食べますかね?」

 「与えてみればわかる」

 「そうですね」


 試しにオーク肉を投げ入れて見ると、主はオーク肉を二本の牙でガッチリと掴みました。

 あの様子からすると、オーク肉でも大丈夫みたいですね。

 大丈夫なら、こっちは何個かお肉の塊をお詫びの意味も兼ねてあげておきましょう。


 「これで、この件は終わりですね」

 「まだ。傭兵蟻達が呼んでる」


 傭兵蟻さん達を見ると、両手をあげてキーキーと鳴いて、僕たちに手を振っているように見えました。


 「どうしますか?」

 「この流れだと、いつものだよね?」

 「そうなると思うの」

 「けど、傭兵蟻さん達ですので、報酬が必要になりますよね?」

 「とりあえず、話を聞いてみたらどうだー?」

 「そうだね。私はあまり近づきたくないけどね」


 助けてあげたとはいえ、そこは別なのですね。

 ですが、今回の功労者は間違いなくスノーさんであり、その事を傭兵蟻さんも理解していると思います。

 なのできっと……まぁ、それはお楽しみですね!

 という事で、僕たちは傭兵蟻さん達の元へと降りました。

 そして、キティさんからの説明を受けた傭兵蟻さん達は僕たちと契約したいと言ってくれました。

 もちろん、契約主はわかっていますよね?

 本人は嫌そうな顔をしていましたけどね。

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