第546話 女神と龍姫

 「あら、いらっしゃい。貴女から来てくれるなんて珍しい」

 

 前と同じ。

 コツンコツンと足音を鳴らし、暗闇から姿を現したのは龍人族の姫。


 「別に。貴女に用があったわけではないわ」

 「そうなの? どうせならたまには私の相手をしてくれてもいいのに」

 「それは遠慮するわ。貴女の相手は疲れるもの」

 「それじゃ、何の用? 貴女が此処に来る理由が他に?」

 「…………」


 少女は押し黙る。

 なんだ。素直じゃないだけなのね。


 「可愛い所もあるじゃない」

 「黙りなさい。それよりも、どういう事なの?」

 「何が?」

 「少し、あの子達に加担しすぎじゃないかしら?」

 「そんな事ないと思うけど? 私はいつでも平等。女神ですから」


 これまで一度も誰かに加担した事などはない。

 求められれば誰でも手を伸ばすのが私。

 

 「それならあの子の家に行くのはやめなさい」

 「どうして?」

 「平等なら当然でしょう」

 「もしかして、嫉妬してる?」

 「……っ! 馬鹿にしてるの?」


 可愛い所もあるのね。

 黒髪の龍人族の少女は、その視線だけで人を殺せそうなほどに私を睨みつけた。

 

 「してないしてない。だけど、貴女も大概よ?」

 「何がよ?」

 「私が、貴女の身内と仲良くしているから気になっているだけでしょ?」

 「そんな事、ないわよ。ただ、貴女にそう自由にされると私が動きにくいからやめてと言っているだけ」

 「そんなの私の勝手でしょ。私はあの子達を見ているのが楽しいのだから」

 

 あの子達は見ていて飽きない。

 世界に愛されていると例えてもいいほどに、あの子達の周りには面白い事が起きる。


 「貴女、自分の首を絞める事になるわよ」

 「どうして?」

 「気づいていないの? あの子達は既に龍神達と接触を果たしている」

 「あぁ、そんな事? それくらい気付いているけど」


 何処かへ出かけ、帰ってきたと思ったら短期間で驚くべき成長を遂げているのだから気づかない訳がない。


 「ならどうして放置しているのよ? 今なら脅威を取り除く事ができるわよ」

 「それを言ったら貴女も同じでしょう? どうしてあの子達を放置しているの? 今なら貴女なら捻り潰すことくらい容易でしょうに」

 「私は私の考えがあるだけ。今はその時ではないの。別に明確な敵って訳ではないし」

 「そう言って、本当はあの子達に手を出したくないだけじゃない?」

 「どうしてそう思うのかしら?」

 「今の状況を見ればわかるでしょう」


 私はあの子達が面白いから見守っている。

 この子は身内に甘いから今の状況に手を出せない。

 ただそれだけの事。

 

 「それとも、負い目でもあるのかしら?」

 「負い目? そんなものを感じる訳がないわ」

 「本当に?」

 「本当よ。そもそも負い目って何よ。まだ私はあの子に何かした訳ではないわよ?」

 「前にしたことを忘れたのかしら?」

 「だからまだ何もしていないって言っているでしょ?」


 本当に何かをした自覚はないみたいね。

 それとも、この子はまだ気づいていないだけかしら?

 そうだとしたらこの子もそれなりにお馬鹿なのね。


 「まぁいいわ。私の事はほっといて。それよりも、貴女こそ自分の目的を果たさなくていいの?」

 「私の目的?」

 「龍人たちを殺すのでしょう?」

 「いずれね。だけど、急ぐ事でもないでしょう?」

 「だからといって、龍神と仲良くする理由はないでしょうに」

 「龍人たちと? 何が言いたいの?」

 「もしかして、本当に気づいていないの?」

 「貴女こそ何を言っているの?」


 有り得ないって表情を浮かべている少女。

 

 「貴女って意外と馬鹿なのね」

 「馬鹿とは失礼じゃない?」

 「いいえ。貴女は大馬鹿だと思うわよ?」

 「貴女に言われたくはないんだけど」

 「どうしてよ。私は馬鹿ではないわよ」

 「いいえ、貴女も十分に馬鹿よ?」

 「貴女も、という事は自分が馬鹿っていう自覚はあるのね?」

 

 にやりと口元を吊り上げ少女は笑った。

 

 「あら、可愛く笑うのね。惚れちゃいそう」

 

 だけど、私の相手をするにはまだ早い。

 私が龍姫にそう伝えると、狼狽えたように視線を逸らした。


 「あら、照れちゃった?」

 「照れてなんか、ないわよ」

 「そう? ならその可愛い顔をこっちに向けてくれるかしら?」

 「断る。別に、貴女の顔なんてみたくないし」

 「それは残念ね。だけど、私は貴女の顔を見たいと思っているわよ?」

 

 はいはい。

 これは私の勝ちね。

 

 「ふんっ、とにかくあまり私の邪魔はしないで。今日はそれを伝えにきただけ」

 「それは無理ね。私は私のやりたいようにする。貴女も少しは素直になったら? 貴女が望むのなら一緒に連れてってあげるけど?」

 「それは遠慮するわ。私はまだやる事があるから」

 「あら、もう帰るの?」

 「えぇ。馬鹿の相手をすると馬鹿がうつりそうだから」


 そう言って、龍姫は暗闇へと姿を消していく。

 本当に素直じゃないわね。

 気になるのなら素直に気になると言えばいいのに。

 

 「ああいう所が気に入っているのだけどね」 

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