第522話 補助魔法使い、ミレディに怒られる
ミレディさんに名前を呼ばれ、工房へと戻ると、ミレディさんは既に作業に戻っていました。
「すみません。作業を中断させてしまったみたいで……」
「それは構わないです! だけど、あれは駄目です!」
「あれと言うと……僕の刀ですか?」
「です!!!」
ミレディさんの顔が凄く険しくなっています。
やっぱり、ミレディさんがこうなってしまったのは僕の刀が原因のようですね。
「えっと、何が駄目だったのですか?」
「全部です! ユアン殿の刀が泣いているです!」
「泣いている?」
「はいです! シクシクと悲しそうに泣いていたですよ!」
そんな事までわかるのですかね?
僕には不穏な雰囲気が漂っているような気がするくらいしかわかりませんでした。
けど、ミレディさんに言われて気が付きました。
あの時……鼬国との戦争で鼬兵と戦った時にこの刀を使いましたが、その時は不穏な雰囲気は感じなかったのです。
むしろ、僕に勇気を与えてくれたような気がしたくらいでした。
それなのに、今はあんなに不穏な雰囲気を放っていましたね。
「ミレディさんは武器の声を聞くことが出来るのですか?」
「全ては無理です。ですが、あれほどの声であれば伝わってくるです」
「そんなにですか?」
「そんなにです! 酷く悲しんでいたです!」
嘘、ではないですよね。
嘘だったらミレディさんが作業を中断してまで外に来るとは思えませんし、これほどまでにピリピリした雰囲気にならないと思います。
「ミレディさん」
「なんです!」
「えっと、僕に刀の声を教えてくれませんか?」
「構わないです、が。ユアン殿にとってその刀とは何なのですか? それを知らない事には刀の声を伝えても無駄です。一方的な想いほど辛い事はないです」
その言葉で僕はとある出来事を思い出しました。
あの時です。
龍人族のダンジョンを攻略している時の事です。
あの頃、僕とシアさんはまだ恋人ですらない関係でした。
ですが、シアさんはずっと僕の事を好きでいてくれたのです。
その結果、僕とシアさんはすれ違いかけた事がありましたよね。
あれは、僕がシアさんの気持ちに気付かず、想いに応えられていなかったのが原因でもありました。
もちろん、人と武器は違います。
それなのに、あの時の事を思い出すという事には、きっと意味があると思います。
では、その意味は何でしょうか?
「シアさん」
「何?」
「シアさんにとって剣って何ですか?」
「自分の命だけではなく、大事なものを守る為の相棒」
「相棒……やっぱり、シアさんは剣が大事ですか?」
「大事。これを失ったら悲しい。失う事は考えられない」
そうですよね。
シアさんは剣が欠けてしまった時、すごく悲しんでいました。
あれは、剣を僕に投影しているからというのもあるでしょうけど、それほどに大事に思っている事でもありますよね。
では、僕はどうでしょうか?
「何も、感じていなかったのかもしれません」
もちろん、お母さんが昔使っていた刀と教えて頂いて、大事にしようと思いました。
ですが、それはあくまでお母さんから受け継いだから大事にしようと思っていたにすぎないのだと思います。
そこに、剣に対する愛情などはなく、近接戦闘を行う為の手段として、道具としか見ていなかったのではないでしょうか?
いえ、絶対にそうですね。
現に今まで一度も剣の手入れなどしたことはありませんでしたからね。
「ミレディさんの一方的な想いというのがわかったかもしれません」
自分に当て嵌めたらわかります。
僕は昔、ポーションと呼ばれた事があります。
ただの回復魔法要因として扱われた事があったのです。
正直、悔しかったです。
もちろん認めてくれる人も中には居ましたが、それでも認めてくれない人も多く、悲しい思いをした事があったのです。
それと同じですよね。
この刀は凄いです。
だけど、それを認めてあげているのは誰でしょうか?
一番認めてあげなければいけないのは誰でしょうか?
僕に決まっていますよね。
この刀の使い手は僕しか居ないのですから。
誰にだって一番認めて欲しい人はいるに決まっています。
「ミレディさん、僕はどうしてあげたらいいのでしょうか? 何かしてあげたくても、その方法がわかりません」
「そんなの人それぞれです! 決まりごとはないです! それこそ、リンシア殿に聞いたらどうです?」
「シアさんに?」
本当は自分で考えなければいけないと思いますが、僕は素直にシアさんに教えを請いました。
「参考になるかわからない。だけど、私はいつも剣と会話をしてる」
「会話ですか? 聞いた事ないですよ?」
「口には出さない。心の中で語り掛けてる。どう戦おうと思っているか、いつも頑張ってくれてありがとうとか、無茶させてごめんだとか、そんな事を考えてる」
「そうなのですね」
僕にはそんな経験はありません。
むしろ、一方的に力を貸してほしいと勝手なわがままを言ったくらいです。
当然ながらこの想いは違うと思います。
刀の想いとは意味合いが違うのですから。
「ちなみにです! リンシア殿の剣はちゃんとリンシア殿の想いを受け取り、返しているですよ」
「そうなの?」
「はいです! その証拠に大人しく私に削られたですよね? あれは、剣が更にリンシア殿の力になりたいと願ったからです! そうでなかったら私でももっと苦戦するですよ!」
「そうだとしたら嬉しい」
「剣も喜んでいるです!」
それが想いあうって事なのですね。
羨ましいですね。
いえ、そう思う事こそがいけないのですね。
「ミレディさん、ここで刀を取り出したら迷惑ですか?」
「離れてくれれば平気です! 近くだと、刀の意識がリンシア殿の剣に混ざるです!」
「そういうものなのですか?」
「そういうものです! 剣だけではありませんが、全ての万物に命は宿るです! その中に当然ながら意志は存在するです!」
ミレディさんはそれが出来る人なのかもしれませんね。
「ユアン殿も出来るですよ?」
「僕もですか?」
「はいです! ユアン殿が刀と何があったのかまで深くはわかりませんが、初めて抜いて貰えた時、一緒に戦った時は嬉しかったと言っていたです。ユアン殿がそれを感じていたのならきっと出来るです!」
その感覚はあるかもしれません。
初めて刀を抜いた時、不穏な雰囲気が静まり、魔力が溢れたような気がしましたし、鼬兵と戦った時は勇気をもらった気がしました。
あれは、気のせいではなかったのですね。
「僕も語り掛けてみたいと思います」
「それがいいです! だけど、離れてくださいですよ?」
「はい。ミレディさんの邪魔はしないようにします」
「ユアン。頑張る。私は邪魔をしない、二人で語らうといい」
「わかりました。別の部屋に居ますので、何かあったら呼んでください」
「わかった」
ミレディさんに迷惑をかけてしまった事を謝罪し、僕は隣の部屋へと移動をしました。
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