第485話 弓月の刻、エルフの王に会う

 翌日、朝食を終えた僕たちはもうすぐ王様に呼ばれる事になるだろうと、一つの部屋に集まりました。


 「リット様はこないのですね」

 「うん。おじいちゃんなら先に帰ったよ」

 「一人でですか?」

 「うん……おじいちゃんって行動する時はすごく活発になるから」

 「そうなのですね。言ってくれれば転移魔法で送ったのですがね……」


 まぁ、帰ってしまったものは仕方ありませんね。

 ですが、本当に大丈夫なのでしょうか?

 ここでリット様に何かがあったとしたら、後で後悔する事になるような気がします。


 「大丈夫ですよ。ユアンさんも知っての通りおじいちゃんはまだまだ元気ですので、むしろそのせいで困ってるとお母さん達も言っていましたし」


 用事があるからといって、勝手に一人で村の外に出てしまう事を考えると、元気過ぎて困るのはわかりますね。

 という事は、王様とお会いする事になるのは僕たち六人になりそうですね。


 「なんだか緊張しますね」

 「そうだね。やっぱりお偉いさんに会うのは気が重いね」

 「こればかりは慣れないかも」

 「そうかー?」

 「うん。別に緊張する事はない」


 シアさんとサンドラちゃんが羨ましいですね。

 僕も二人みたいになりたいものです。僕はどうしてもドキドキとしちゃいます。

 もちろん、嫌な方のドキドキですよ?

 んー……この気持ちわかってくれますかね?


 「大丈夫だよ。ユアンもシアも昨日練習してたじゃん」

 「あ、そうでしたね……じゃなくてそうでしたわね」

 「ふふっ、ユアンさん、お願いですから王様とお話している時に笑わせないでくださいね?」

 「わ、わたしはいたって真面目ですのよ? ね、シアさん?」

 「そうですわね」

 「なー……流石にそれはちょっと無理があるぞー」


 まぁ、今更取り繕ったところで、付け焼き刃なのはバレバレですね。

 

 「まぁ、僕たちはどうにかなるとして、オルフェさんは大丈夫なのですか?」

 「はい、問題ありませんよ」

 「それならいいのですが……」


 オルフェさんが大丈夫というのなら大丈夫なのだと思いますけど、僕はオルフェさんが少しだけ気になりました。

 今日の朝からいつもよりも口数が少なく感じたのです。

 緊張している感じはしませんけど、何かを考えるように静かに目を瞑っている所を何度か見てしまったので、いつもと違うように思えて仕方ないのです。

 ですが、気にしても仕方ありませんね。

 王様とお会いする時間は刻々と迫っています。それよりも、僕が失敗し、みんなに恥をかかせてしまう方が問題です。

 

 「…………お待たせ致しました」


 そんな事を考えつつ、僕が密かに頑張ろうと気合を入れていると、ついにその時がやって来たようで、僕たちの集まる部屋の扉がコンコンと二度叩かれました。


 「いよいよですね」

 「うん。緊張してる?」

 「んー……してると思います?」


 自分でもよくわかりません。

 緊張していない訳ではありませんが、何となく平気な気もします。

 これも経験だと思うのですが、アリア様と初めてお会いした時の方が緊張した気もするのですよね。


 「大丈夫。私がいる」

 「えへへっ、なら大丈夫ですね」


 シアさんが頭を撫でてくれて、更には僕を引き寄せてぎゅーってしてくれました。

 昨夜はオルフェさんも一緒の部屋でしたので、シアさんと一緒に寝る事はできず、ちょっとだけシアさん不足でした。

 シアさんが僕不足と前から言っていた気持ちが少しわかりますね。


 「ほら、イチャイチャしていないで行くよ」

 「そうですよ。私達だって我慢してるのですからね?」

 「ユアンはまだまだ子供だなー」

 「全く、その通りですね」

 「別に子供ではないですよ。それよりも、王様をお待たせする訳にはいきませんので行きましょうか」


 こういった話になると更に弄られるのは知っていますからね。

 という訳で、僕たちは迎えに来た兵士さんの後に続き、王様の待つ場所へと移動をしました。


 「王はこの中でお待ちです。ここで少しお待ちください」

 「わかりました」


 案内された場所は意外にも普通の扉の前でした。

 そして、兵士の方が部屋をノックし、失礼しますと中へと入って行き、そこから待つ事数分、兵士の方と共に如何にも偉そうな服装をしていて、エルフ族の特徴をそのままに、キリっとした目つきがとても怖そうな人が現れました。


 「お、お待ちしておりました! わ、わたくしはこの国の宰相を務めております……カミラウネと申します!」


 前言撤回です。

 物凄く気弱そうな人でした。

 人を見た目で判断してはいけないといいますが、まさにその通りかもしれません。

 カミラウネと名乗った女性は僕たちの姿を見た途端に目の端に雫が溜まっているように見えます。


 「大丈夫ですか?」

 「は、はひ! じょ、女王陛下がお待ちでしゅので、どうぞ中に!」

 「えっと、わかりました?」


 何だか緊張していたのが馬鹿らしくなってきました。

 何故か僕たち以上に目の前に緊張して、足を震わせている人がいるのです。

 あ、でも……もしかしたらこれで油断をさせて僕たちが失礼な態度をとるのを見ている可能性もありますね。

 僕は一度深呼吸をし、カミラウネさんの事は一旦忘れ、案内された部屋へと入りました。


 「女王陛下、お客様がお見えになりました!」

 「えぇ、案内ご苦労」


 案内された部屋は至って平凡な部屋でした。

 豪華な装飾もなく、机とテーブルが置かれたシンプルな部屋です。

 これじゃ、まるで……。


 「お待ちしておりました皆さま。このような場所でお会いする事になるご無礼をお許しください」


 執務室ですね。

 その証拠になるかはわかりませんが、案内された部屋に居た方は、手にしていた書類を机に置くと、そのまま入口の方へと歩いてきました。

 そして……。


 「ふぇっ!?」


 早速やらかしてしまいました!

 あまりの出来事に僕は驚きの声をあげてしまったのです!

 だって、仕方ないですよね?

 女王陛下と言われるだけあり、翡翠色を基調にした、煌びやかな宝石を身につけた人物がいきなり服が汚れる事も気にせずに、僕たちに……正確にはオルフェさんへと膝をついたのですから。


 「頭をあげてください」

 「はい、失礼致します」


 何がどうなっているのでしょうか?

 状況がわかりません!

 ただわかる事は、オルフェさんと女王陛下がジッと見つめあっているという事くらいです。


 「お久しぶりです、オルフェ様」

 「お久しぶりですね。エルジェ」


 女王陛下とオルフェさんがふっと笑みを零しました。

 うー……何だか口を挟むタイミングがありません。

 

 「オルフェ」

 「はい、そうでしたね」


 ですが、流石は僕のお嫁さんです!

 誰も声を掛けられないでいると、シアさんがオルフェさんに声を掛けました。


 「まずはこちらから紹介いたしましょう。こちらが黒天狐のユアン」

 「お初にお目にかかります、ユアン・ヤオヨロズと申します」

 「初めまして。わたくしがこの国の女王、エルジェ・トストローンです。神聖なる巫女様にお会いできた事に嬉しく思います」


 クリスティアとはつかないのですね。

 てっきり、女王様なので国の名前が入るかと思いましたが、そういう風習ではないみたいですね。

 

 「ユアン」

 「あ、はい! こちらこそ、女王陛下にお会いできた事、とても嬉しく思いますわ」


 危なかったです。

 折角エルジェ様が挨拶をして下さったのに、挨拶を返すのを忘れてしまう所でした。

 しかし、少しだけ変な事を言われましたね。


 「どうなさりましたか?」

 「いえ……失礼ですが、私、の事を巫女と呼んだ気がしましたが?」

 「はい。我が国では黒髪の獣人……いえ、黒き髪を持つ狐族は繁栄をもたらす巫女様であり、導き手でございますから」

 「そうなのですね」


 んー……どうやらこれが僕を招待した理由に繋がりそうですね。

 

 「では、皆さまとお時間を無駄にしない為にも、少し移動致しますがよろしいですか?」

 「はい」

 「では、ご案内致します。カミラ、皆さまをご案内して」

 「か、畏まりました! で、では、どうぞこちらに!」

 

 流石にこの場所で話をする訳ではないのですね。

 それなら最初からそっちに案内して貰えればと思いますが、もしかしたら何かしら理由があるのかもしれませんね。

 という訳で僕たちはカミラさんに連れれら場所を移動する事になりました。

 それにしても、いきなりの事で驚きましたね。

 まさかオルフェさんとエルジェ様が知り合いで、僕が神聖なる巫女だなんて言われるとは思いもしませんでした。

 ですが、巫女と言われても僕はピンと来ませんし、機会があればその辺りの事も聞きたいですね。

 ですが、これで顔合わせは無事に終わりました。

 別室に移動をする意図はわかりませんが、そちらでお話をしたいというので僕たちはカミラさんに続き、再び移動をすることになりました。

 念の為に探知魔法と防御魔法を張り巡らせ、万が一これが罠でも対応できるようにして。

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