第480話 弓月の刻、お客さんと対談する

 「この度は儂の為なんかに時間を割いて頂きましてありがとうございます」

 「いえ、こちらこそわざわざ遠くから足を運んでくださりましてありがとうございます」


 何でしょう。このやり取りは?

 確か、初めてお会いした時もこんな感じだったような気がします。

 僕は今、リット様と向かい合うようにし座り、お互いに頭を下げています。

 驚く事に、僕たちに用があったお客様はキアラちゃんのおじいちゃんであるリット様でした。


 「それで、今日はどのような用件でナナシキへと訪れたのですか?」


 僕は早速ですが、リット様にナナシキへとわざわざ一人でやってきた理由を尋ねました。

 信じられませんよね?

 エルフの村からたった一人でここまでリット様はやってきたのですよ?

 僕はそれが凄く気になったのです。

 だって、エルフの村からここまでは遠いですし、冒険者にとっては危険ではないものの、魔物だって生息している森を一人で通ってきたのです。

 リット様の魔力が高い事も、剣を振り回すほどに元気がある事は僕も知っていますが、それでもお爺さんですし、村の長を務めるほどに偉い人が護衛もつけずにやってきたとなると、それなりの理由があると思いますよね。


 「簡潔に申しますと、ユアン様への招待状をお持ち致したのです」

 「招待状ですか?」

 「はい、どうぞこちらをお受け取りくだされ」


 そう言って手渡されたのは、見た事もないほどにきめ細かく装飾の施された封筒でした。

 エルフの人はいつもこんな感じの封筒を使っているのですかね?

 そうだとしたら、凄い技術を持っているのかもしれないと思い、それを聞こうとキアラちゃんの方を向くと、キアラちゃんが見事に固まっていました。


 「キアラちゃん、どうしたのですか?」

 

 むむむ?

 キアラちゃんの様子が変ですよ?

 僕が声をかけるも、キアラちゃんは僕の言葉に返事もせずに、驚いた表情のまま封筒をみつめるばかりでした。


 「キアラ……キアラ!」

 「あ、はいっ!」

 「どうしたの? いきなり固まってさ」


 スノーさんもキアラちゃんの異変に気付いたみたいで、固まったキアラちゃんをスノーさんが肩を揺らすとようやくキアラちゃんが動き出しました。


 「す、すみません。あまりの出来事だったので……」

 「そんなに凄い事があったのですか?」

 「当然だよ! ユアンさんが手に持ってるその封筒は……エルフ族の王様からのお手紙です」


 えっと、僕の聞き間違いですかね?

 キアラちゃんの口からエルフの王様からのお手紙と言ったように聞こえた気がします。

 ですが、そんな訳ないですよね。

 うん。きっとそうです!

 僕の聞き間違いに決まっています!

 だって、そんな偉い人から僕に宛てて手紙なんて寄越す訳がありませんからね!


 「あの、ユアンさん? 聞いていますか?」

 「あ、はい? 聞いていますよ。ですが、ちょっと聞き間違いをしてしまったみたいです。申し訳ないですが、もう一度だけ聞かせて貰えますか?」

 「いいですけど……えっとね? ユアンさんの手に握られているのは、エルフ族の王様からのお手紙です」


 あ、あれ?

 おかしいですよ?

 また同じ言葉がキアラちゃんから聞こえた気がします。


 「ユアン、しっかりする」

 「し、してますよ?」

 「嘘。現実から目を背けてる」

 「そ、そんな事ないですよ! ちゃんと聞きましたからね? これは、エルフの王様からのお手紙で…………え、えぇ!? 本当にですか!?」

 「本当ですよ……そうじゃなければ、私もここまで驚きもしませんよ」


 そ、そうですよね。

 キアラちゃんがあそこまで驚くくらいです、きっとこれは本物に違いありません!

 で、ですが……もしかしたらリット様の悪戯という可能性も……。


 「ないですよ! そんな事をしたらおじいちゃんの首が飛んじゃいますから!」

 

 普通に考えればそうですよね。

 キアラちゃんに言われて改めて封筒を確認すると、そこには紋章が刻まれていました。

 そして、これはどうやらエルフ族の王様のみが押す事の出来る紋章みたいです。

 そんな紋章を勝手に使用したりなんかしたら、許される筈がありませんからね。

 となると、もしかしてリット様はその手紙を届ける為に、護衛もつけずに急いで僕たちにこれを私に来たとかですかね?

 そうだとしたら、リット様の行動も頷けるかもしれません。

 っと、それは後で確認するとして、今はこの封筒ですね。


 「と、とりあえず落ち着きましょうか」

 「うん。ユアンもキアラも焦り過ぎ。内容もわからないのに取り乱す必要はない」

 

 その通りですね!

 そうです。僕はまだお手紙を受け取っただけに過ぎません。

 考えてみれば、慌てる必要は何処にもなかったのです。

 だって、この封筒の中身がただの挨拶の可能性だってありますからね。

 むしろ、エルフの村とこれから交易する事になったので、その可能性の方が高い筈です!


 「リット様、開けても大丈夫ですか?」

 「問題ありませんぞ。むしろ見て頂けなければ儂が困りますので」

 「そうですよね。では、開けさせて頂きますね?」


 あ、あれ? 何故でしょうか?

 封筒をあける手が震えている気がします。ただ、封を開けるだけなのに、それが中々上手くできないのです。

 

 「ユアン、代わりに開ける?」

 「あ、お願いします」

 

 シアさんが開けてくれるというので、僕は迷わずにシアさんに封筒を渡しました。

 あのままですと、封筒がビリビリになってしまいそうでしたからね。


 「あ、シア! もっと丁寧に開けてよ」

 「問題ない。大事なのは中身」

 「そうだけどさ。普通はそれはかなりマズいからね? えっと、リット様今のは内緒でお願いします」

 「もちろんですとも。儂もこの事を報告する勇気はございませんからな」


 結果的には同じだったみたいですね。

 どうやら、シアさんが封筒をビリビリと破いて中身を取り出してしまったみたいで、スノーさんがそれを見て少し慌てています。

 それも当然ですよね。

 傍からみたら、エルフ王の紋章をビリビリに破いたように見えますからね。

 見方によっては、エルフ王の手紙を粗末に扱ったとも見れてしまいますからね。

 ですが、今回は見逃して貰えるみたいです。

 

 「はい、ユアン」

 「ありがとうございます」


 それでもシアさんは気にしていないようで、封筒の中に入っていた手紙を僕に何事もなかったように渡してきました。

 そして、僕は二つ折りになっていた手紙を一度深呼吸してからゆっくりと開きます。


 「なーなー?」

 「ハイ、ドウシマシタカ?」

 「何が書いてあるんだー?」

 「エット、読メバワカリマスヨ?」

 

 僕は手紙を静かにテーブルの上に置きました。

 手に持っていられなかったのです。


 「それじゃ、私が…………マジか」


 スノーさんも驚いていますよね。

 いえ、むしろこの内容を見て驚かないのはシアさんくらいじゃないでしょうか?


 「うん。ユアンなら当然」


 ですよね。

 やっぱり驚いた様子はありません。

 むしろ誇らしげにしています。


 「なー。ユアンは凄いなー」


 あ、ここにも驚いてない人がいましたね。

 まぁ、サンドラちゃんは当然といえば当然かもしれませんね。

 サンドラちゃんは僕よりもこういった事には経験がありそうですからね。

 今は子供ですが、その前にはきっと色んな経験をしてきていてもおかしくはないと思いますので。

 そして、最後にキアラちゃんが手紙をサンドラちゃんから受け取りました。

 すると、キアラちゃんの手がプルプルと震えはじめました。


 「あわわわ……ど、どうしましょう!?」


 良かったです。

 キアラちゃんも凄く慌てています。

 本来ならば、この反応が当然なはずですからね。

 だって……。

 僕は机に置かれた手紙にもう一度視線を落とします。

 そこには僕とオルフェさん。

 そして、僕の仲間たちをエルフ族の宮殿へとお誘いするメッセージが書かれていたのですからね。

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