第458話 弓月の刻、問題に直面する2

 「流石にここまでくると肌寒くなってきましたね」

 「うん。山だから仕方ない」


 エヴァちゃんと別れ、昼食を済ました僕達は山を目指して歩き始めました。

 

 「けど、歩いてみると山って案外近くにあるんだね」

 

 時計を確認すると、短い方の針が三に差し掛かっているので、ナナシキを出発してから八時間くらいしか経過していませんね。

 途中で休憩を挟んだとはいえ、このまま進めば日が暮れる頃には山の麓辺りまでは辿り着けそうな所まで来ましたかね?


 「まだまだ。このまま歩いても、明日の朝まではかかる」

 「そうですか? 大分近くなってきたと思いますけど」

 「そう見えるだけ。何もなければ夜にはつけるけど、進んでいるのは森。真っすぐ進むのは大変」


 そう言われるとそうですね。

 木々の間から見える大きな山は近く見えますが、実際の距離にすれば結構ありそうですね。

 それに、シアさんの言う通り、既に人が通るような道はなくなり、馬車などでは移動できないような道を進む事になってしまいました。


 「けど、リコさん達の村の方が遠いというのは意外でしたね」

 「そうですね。ナナシキから五日ほどかかりますからね」


 近いようで遠いですよね。

 僕達は転移魔法で移動してしまうので忘れていましたが、リコさん達の村はかなりの山奥にあるのですよね。

 そう考えると、ナナシキの領土も結構な広さがあると思いますが、リコさん達の村との交流を盛んにするためにも、その辺も今後の課題にしていかないといけませんね。

 どうせなら、ジーアさんのお父さんたちも遊びに来れる様にできたらと思いますので。


 「なー……」


 そんな事を考えながら歩いていると、僕の後ろからサンドラちゃんの声が聞こえました。


 「大丈夫ですか?」

 「大丈夫ー……なー」


 道も悪く、ずっと斜面を登って進んでいるせいか、歩きながら振り返ると、サンドラちゃんの足取りが重くなってきていることに気づきました。

 無理もありませんね。

 こんな道ですし、サンドラちゃんは冒険するのは初めてです。

 最初から山道は少しハードだったかもしれません。

 僕だって足に少しきているくらいですしね。


 「サンドラ。無理はしなくていい」

 「無理してないー」

 

 ですが、サンドラちゃんは僕達の足を引っ張りたくないのか、弱音を吐かないように頑張っていますね。

 けど、シアさんの言う通りここで無理をする必要はありませんね。


 「これ以上進んでも、今日は山の麓までは辿り着けそうにないですし、麓には危険な魔物が住みついているかもしれませんので、今日はこの辺で野営をして、調査は明日にしませんか?」

 「そうだね。私も疲れたし、賛成かな」

 「私も。無理はしたくない」

 「その方がいいかも」

 

 察してくれたみたいですね。

 というよりも、実はみんなも疲れが出始めていたみたいです。

 という訳で、少し早いですけど僕達は野営の準備に取り掛かりました。


 「ユアン、テントは出さないの?」

 「出しませんよ。テントを張れる広さはありますけど、見通しが悪いですからね」

 「という事は野宿ですね」

 「はい。なので、まずは火を起こしちゃいましょう」


 これが平原とかで見通しがよければテントを張っても良かったですが、やはり森となると外で寝る方が安全です。

 仮に見張りを二人から三人でやったとしても、どうしても木が邪魔で魔物の接近に気付くのが遅れてしまう可能性もありますし、テントの中で休んでいる人の対応が遅れてしまいます。

 まぁ、見張りに魔鼠さんや魔鳥さんなども居て、僕の探知魔法もあるのでその可能性は低いですけどね。

 それでも、普通の冒険者ならこんな場所でテントを張るような真似はしないと思いますし、今回はその方針でいきます。


 「けど、本当に寒くなってきたね……」

 「そうですね。ここまで寒くなるのならもっと準備をしとけばよかったかも」

 

 スノーさんがプルプルと震えています。

 僕も寒いのは苦手ですが、僕よりもスノーさんの方が寒いのが苦手みたいですね。

 なので、僕とキアラちゃんは急いで焚火の準備に取り掛かり、シアさん達には夜の間に薪を集めなくてもいいように、薪を集めにいってもらいました。

 

 「こんな感じでいいかな?」

 「はい。問題ないと思いますよ」

 

 焚火を自分たちで起こすのも久しぶりですね。

 しかし、ここは森の中です。

 火の扱いには十分に気をつけなければいけません。

 なので、僕達はリコさんに教わった焚火の方法を思い出しながら実践してみました。

 そんな時でした。


 「あー……ユアン」

 「はい、どうしましたか?」

 「ちょっとお願いがあるんだけど……」


 久しぶりという事もあり、少しだけ焚火の準備に手間取りつつも、薪を組み終えた時でした。

 もじもじとしながら、薪集めをしていたスノーさんが一人で戻ってきたのです。


 「どうしたのですか?」

 「いや、ちょっと言いにくいんだけどさ……トイレ行きたいから転移魔法陣出してくれない?」

 「え、トイレ……ですか?」

 「うん。流石に……ね?」

 

 どうやら一人で戻ってきたのはそれが理由だったみたいですね。

 どおりで内またになり、もじもじとしている筈です。

 しかし、問題があります。


 「ですが、転移魔法は禁止してしまいましたし……」

 「そうかもだけどさ。これって緊急事態じゃない?」


 緊急事態といえば、緊急事態ですよね。

 ですが、そんな理由で禁止した転移魔法を解禁するのもどうかと思います。

 

 「スノー、その辺ですませばいい」

 

 どうやらシアさんにも聞こえてしまったみたいですね。


 「違う。スノーが一人で戻って、モジモジしているから気付いただけ。だから、サンドラと一緒に戻ってきた」

 

 そういう事でしたか。

 スノーさんの様子が変で、心配で戻って来たみたいですね。


 「でもさ、今更恥ずかしくない?」

 「気にしなければいい」

 「そうかもしれないけどさぁー……」

 「前は普通にしてた」

 「そりゃ、転移魔法とかはなかったし、仕方なくその辺でしてたよ」

 「なら問題ない」

 「でもさー……シアもそれでいいの?」

 「…………うん」

 

 まぁ、それが冒険者ですからね。

 でも、確かにスノーさんの言う通り、外でするのは恥ずかしいですよね。

 シアさんの反応からしても、嫌そうな感じがしますしね。

 仕方ありません。

 ここは多数決ですね。


 「えっと、みなさんはどうしたいですか? これを緊急事態と捉えるか、違うと捉えるか意見をください」


 僕の質問にみんなが顔を合わせます。

 そして、意見が一致したように頷きました。


 「私は緊急事態だと思うよ」

 「そうですね。私達は冒険者だけど、その前に女性でもあると思うの」

 「外はやだなー」

 「みんながそう言うのなら、緊急事態でいい」


 意見が纏まりましたね。

 これは緊急事態でいいみたいです。


 「わかりました。シアさんは平気みたいなので外でしてもらうとして、他の人は転移魔法で送りますね」

 「……私だけ?」

 「はい、シアさんは納得いっていないみたいですからね」

 「むー……ユアンが意地悪する」

 「なら、どうしたいですか?」

 「緊急事態。出来るなら、私も外は嫌」

 「わかりました。次からはちゃんと意見を言ってくださいね?」

 「わかった」


 シアさんはお嫁さんで大事な人ですけど、ここで甘やかすのは違いますからね。

 弓月の刻として活動している時は、ちゃんとして貰わないと統率が乱れるので厳しくさせてもらいました。


 「ですが、勝手に居なくなられたら心配しますので、必ず誰かに報告してくださいね?」

 

 これでトイレ問題も解決ですね。

 まぁ、これが正しいかどうかと言われたら正しくないとは思いますけどね。

 ですが、もしかしたら……えっと、それの匂いで魔物が寄ってくるとも限りませんしね?

 だから、仕方ないと思います。

 そう自分に言い聞かせ、スノーさんを送った後、僕達は野営の準備に戻りました。

 その後、僕もトイレに行きたくなり、転移魔法でお家に戻ると、リコさんにちょっとだけ呆れた顔で見られた気がしますけどね。

 気のせいだと思いたい所です。

 そんな感じで僕達は調査を進めていくのでした。

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