第249話 弓月の刻、古龍の話を聞く

 「なーなー? ユアンー」

 「どうしましたか?」


 天狐様達……お母さん達が居なくなり、僕たちはダンジョンの最深部に残りました。

 古龍さんの話を聞くためですね。

 ですが、その前に古龍さんが僕のローブを引っ張り僕の事を見上げてきます。

 と言っても、僕の目線の高さくらいの身長なのであまり変わりませんけどね。

 それでもです!

 僕のローブを引っ張って甘えてきているようですごくかわいいです!


 「ユアンは、何であの話を知っていたんだー?」

 「あの話?」

 「龍姫の悲劇の話だぞー」

 「龍姫の悲劇……?」

 「私を倒した時、魔法を使っただろー?」

 「はい、使いましたね」

 「あの時に、語っていたじゃないかー」

 「そうなのですか?」


 古龍さんにそう言われますが、僕に思い当たる節はありませんので、僕は首を傾げます。


 「覚えてないのかー?」

 「はい。申し訳ないですが……」

 「私も気になった」

 「シアさんもですか?」


 むむむ……。

 古龍さんだけでなく、シアさんまで気になったと言っているくらいなので、古龍さんの勘違いではなさそうですね。


 「息苦しくなるような話だったね」

 「悲しい気持ちになったよね」

 

 スノーさんとキアラちゃんまで?


 「えっと、僕はどんな話をしていたのですか?」


 僕の中では淡々と魔法を使った覚えしかありませんからね。


 「内容はあまり覚えてないけど……」


 スノーさんが話の内容を教えてくれますが、その話に覚えはありませんでした。


 「鎖に繋がれた少女が見た光景ですか?」

 「うんー。龍姫の悲劇だなー。ユアンが知っていてびっくりしたなー」


 どれくらい前の話かはわかりませんが、龍姫の悲劇という事件みたいなのがあったみたいです。


 「何があったのですか?」

 「龍姫が拘束されて、目の前で虐殺が行われた事があったー」

 「誰に捕らわれたのですか?」

 「龍姫に反発する者達だなー」


 遥か昔にクーデターがあったみたいですね。

 土地が痩せ、食べる物がほとんどなくなり、それを龍姫のせいだという人達が反発を起こした人達が居たみたいです。

 もちろん人というのは、人間であったり、魔族であったり、獣人であったりと、様々な種族を指すみたいです。


 「けど、神を堕とす者かぁ……」

 「ぶっそうな話だね」

 「けど、今となっては関係ないですよね?」


 だって、数百年……下手すれば千年近く前の話と言いますからね。

 僕からしたら今更って感じです。


 「関係あるぞー?」

 「え、あるのですか?」

 「うんー、天狐達が守護者になっていて、私がここに身を隠していたくらいだからなー」

 「そうなのですね」


 怖い話ですね。

 絶望を味わった龍姫はその後、脱出し復讐を誓い、軍勢を作ったみたいです。

 今はその軍勢こそいないみたいですが、その信念を引き継いだ者達が未だにこの世界のどこかに居るみたいです。

 古龍さんが生きている事を考えれば、関係ないという話ではないのはわかりますね。

 

 「ねぇ……それが魔族の派閥と関係してるって事はない?」

 「ありえるなー」

 「だとしたら、相手は強大な力をもっているって事だよね?」


 まだ、そこの繋がりはわかりませんが、用心するのに越した事はありませんね。


 「それよりもです、古龍さんはどうして身を隠していたのですか?」

 「身を隠したというよりも、瀕死の状態で逃げ込んだって感じだなー。というか一回死んだなー」

 「確か、そんなこと言っていましたね」

 「うんー。だから、あんな姿だったんだぞー」

 「誰にやられたのですか?」

 「龍姫の手の者にだなー。龍姫は龍神を酷く憎んでいたからなー。龍神様を信じる同族が許せなかったんだろうなー」


 それに、古龍さんは龍神様を祀る巫女だといいますし、尚の事目の敵にされていそうですね。


 「ですが、龍姫って事は、お姫様って事ですよね?」

 「そうだなー」

 「でも、王族でもないのですよね?」


 お母さん達と話していた時にも少し話題にあがりましたが、僕が想像する王族とは違うみたいですからね。


 「私はなー。だけど、姉様は王族だぞー?」

 「姉様?」

 「うんー。龍姫は私の姉だからなー」

 「え……古龍さんのですか!?」


 龍人族……まぁ、これは僕たちが呼んでいるだけなので、少し違うみたいですが、龍人族の王族は継承する人が明確になっているようです。

 なので、王様と王妃さまから生まれた一番最初の子が王族となり、その後の子供は王族でありながら、王族ではないと言います。

 別の仕事……古龍さんなら巫女としての役割を与えられたと言います。


 「古龍さんは……お姉さんから命を狙われたのですね……」

 「そうだなー。一度死んだお陰で諦めてくれて助かったなー」


 いや、一度は死んでいるので助かってはいませんからね?

 ですが、ここで死んだことにより、ダンジョンマスターとして復活できたみたいですね。


 「でも、どうしてクーデターを起こした人ではなくて、古龍さんが狙われたのですか?」


 龍姫の悲劇が本当にあったのなら、恨むのならクーデターを起こした人ですよね?


 「もちろん、クーデターを起こした人は皆殺しにあったぞー。私はその後だなー。さっきも言ったけど、姉様は龍神様を憎むようになったから、龍神様を祀る私も許せなかったんだろうなー?」


 完全に八つ当たりですよね……。

 

 「その後、龍姫はどうなったのですか?」

 「うーん……わからないなー。もしかしたら、生きているかもしれないし、死んでるかもしれないー」

 「と、なると……古龍さんが外に出るのは危険ですよね?」


 また命を狙われる可能性がありますからね。


 「そもそも、本当にダンジョンの外に出られるの?」

 「その場合、ダンジョンの管理者はどうすればいいんだろう……」

 「放置するのもよくない」

 

 そうなんですよね。

 まずは、そこです。

 古龍さんが外に出るのは僕たちが頑張って護ればどうにかなると思いますが、外に出てしまうとダンジョンの管理者が居なくなってしまいます。


 「誰か他の人に任せればいいー」

 「他の人にですか?」

 「うんー。権限は譲る事が出来るからなー」

 「でも、ダンジョンの加護がなくなってしまいますよ?」

 「ダンジョンの加護だって無敵じゃないー。現にユアンに殺されそうになったからな」

 「うー……ごめんなさい」

 「いいのー。あれは、私が望んだからなー」


 こんなにかわいい子を僕は命を奪いそうになりました。

 例え、相手が望んだとはいえ、反省しなければいけませんね。


 「なーなー?」

 「はい?」

 「落ち込まないでー?」


 古龍さんが手を伸ばし、僕の頭を撫でてくれます。

 

 「はい、大丈夫ですよ」


 うー……可愛すぎます!

 思わず可愛すぎて僕は抱きしめてしまいました!


 「ずるい」

 「ずるいね」

 「ずるいよ」


 しょうがないですよね?

 古龍さんは僕を慰めてくれているのですからね。


 「ユアンは温かいなー……」

 「古龍さん、まだ死にたいと思っていますか?」

 「…………ユアン達が、一緒に居てくれる?」

 「居ますよ。それで護ります」


 僕は奪うよりも護る事の方が得意です。

 それだけは自信があります。


 「もう、独りじゃない?」

 「独りじゃないですよ。僕が居ますから」

 「私もいる」

 「私の子でもあるんだよね?」

 「私だってちゃんと育てます!」

 

 実際には子供ではありませんけどね。

 だけど、子供が居たらこんな気持ちになるのかもしれません。


 「……私は、ユアン達が居てくれるなら生きたい」

 「はい、一緒に生きて行きましょう」


 古龍さんは復活する事は望んでいませんでした。ですが、今は自分の意志で生きたいと言ってくれていすのです。

 一安心ですね。


 「となると……後はダンジョンの管理者かな?」

 「そうですね。その問題をどうするかです」

 「放置すると何がまずいの?」

 「魔物の氾濫、スタンビートが起きると言われている」


 ダンジョンの魔物はダンジョンマスターが管理しているから外に出ないと言われているみたいです。

 そして管理者がいなくなれば、魔物はどんどんと増え、行き場のなくなった魔物が外に溢れて暴走するらしいです。


 「リコさんの村も近いですし、ナナシキの街も危険に及びますのでそれは避けたいですね……古龍さんがそのまま管理者でいる訳にはいかないのですか?」

 「別にいいけどー……恩恵を授かるなら私以外の人のがいいぞー?」

 「どんな恩恵があるのですか?」

 

 管理者は大変ですが、その分見返りもあるらしいです。


 「一番の恩恵は不老かなー?」

 「不老ですか……」

 「うんー。若いままでいられるなー」


 魅力的といえば魅力的ですが、別に管理者になってまで欲しいとは思いませんね。


 「私……やる」

 「え?」

 「私が、管理者をやりたい!」


 シアさんもキアラちゃんも興味なさそうでしたが、スノーさんだけはやる気に満ち溢れ、真っすぐに手をあげています。


 「スノーさんがですか?」


 意外でした。

 領主の仕事は人や街を管理する仕事で嫌がっていた節があったので、ダンジョンの管理も嫌がると思いました。


 「うん。だって……私は人間だから。みんなよりも先に死ぬと思う。キアラはエルフだし、ユアンは黒天狐でアリア様をみればわかるけど、長命ぽいよね?」


 正確な年は知りませんが、未だに二十代くらいの見た目をしていますし、その可能性はありますね。


 「シアさんはどうなのですか?」

 「影狼族も長命。じじぃはもう三百超えてる」


 何と、シアさんも長生きしそうですね!


 「人間の寿命は長くて八十くらいで、老いてくのも早いからさ、一人だけおばあちゃんになって、先に死ぬのは嫌だよ」


 僕の知らない所で、そんな悩みがあったのですね。


 「古龍さん、スノーさんが管理者になるのは可能ですか?」

 「可能だけど、今は無理だなー」

 「どうしてですか?」

 「資格が足りてないなー」

 「資格ですか?」

 「うんー。一応、この場所は龍神様の加護があるからなー、それに認められなきゃだと思うー」

 「どうすれば、龍神様は認めてくれるの?」

 「私は龍神様を祀る巫女だった、再びその力を取り戻す事ができれば、どうにかなるかもなー」


 そればかりは龍神様の気まぐれもあるかもしれないので確実とは行かないみたいです。

 ですが、龍神様を祀る巫女様に協力した事が認められれば資格を得られる可能性があるみたいです。


 「目的は一致したって事ですね」

 「そうだね」


 僕はお母さん達から魔族のとある派閥を潰すように頼まれました。

 その為にまずは古龍さんの力を取り戻すために龍神様を探す必要があります。

 スノーさんはダンジョンの管理者へとなるために古龍さんに協力し、龍神様に資格を貰う必要があります。


 「でも、それまでの間の管理はどうしましょうか?」

 

 僕たちが龍人族を探しに行っている間、ダンジョンに管理者が居ない状態になります。


 「それなら、権限の一部を誰かに渡す事ができるぞー?」

 「そんな事まで出来るのですね」

 「うんー。ほんの一部だけどなー」

 

 魔物を操るとまではいきませんが、外に出ないくらいは出来るみたいです。

 

 「問題は誰に任せるかですよね?」


 知り合いに頼むって訳にもいきませんよね?

 もしかしたら、危険があるかもしれないですので。


 「古龍さん、魔物でもその権限は貰える事ができるの?」

 「出来ると思うー」

 「そうなんだ……ラディ!」

 「うわっ……主、呼ぶときは前もって言ってくれると助かる」

 「ごめんね? 古龍さん、この子じゃダメかな?」

 「大丈夫だと思うー」

 「えっ? 何の話?」


 ラディくんは仕事をしていたみたいで、手にはペンが握られた状態で召喚されていました。

 人間の姿で書く練習をしていたみたいですね。


 「いいのかー? この子で」

 「うん、私は信用してるよ」

 「そうですね。魔物の事もわかっていますし、いいと思います」

 「ラディは頑張っているし、助けられているから問題はないと思うかな」


 キアラちゃんは勿論の事、僕もスノーさんもラディくんの事は信用しています。

 残るはシアさんですが……。


 「仕事は出来る。問題ない」

 「何、熱でもあるの?」

 「うるさい。やれ」

 「何をさ」


 シアさんが折角褒めたと思ったら、これです……本当に大丈夫か心配になりますね。


 「わかったー。ユアン達がいいならそうするー」

 「えっと、何が? それより、その子誰? ここがダンジョンって事はわかるけど」

 

 状況がいま一つ呑み込めていないようですが、古龍さんがラディくんに権限の一部を渡したみたいで、ラディくんの体が淡く光りました。


 「なに? 魔力が流れ込んでくる感じがするんだけど」

 「ラディ、仮のダンジョンマスターとして暫く頑張ってね?」

 「え? 僕がなの?」

 「街の警備もしっかりする」

 「……僕の仕事、増えてない?」


 ま、まぁ……ラディくんならきっと頑張ってくれますよね?


 「それじゃ、ダンジョンの管理者も決まりましたし、戻りましょうか」

 「うん」

 「久しぶりではないけど、疲れたしゆっくりしたいよね」

 「お風呂に浸かって、いっぱい食べて、ぐっすり寝たいね」

 「久しぶりの外かー、楽しみだなー」

 「ねぇ、もうちょっと説明して欲しいんだけど?」


 それは追々ですね。とにかく今は色々あって疲れましたので、休みたいです。

 とりあえず、魔物が外に出なければいいので、権限の使い方だけを古龍さんがラディくんに伝え戻る事になりました。

 幸いにも、この部屋に転移魔法陣を置けるので、僕もラディくんもいつでもこの場所に来れるので急がなくても大丈夫そうでしね。

 魔物が急激に増えたりはしないみたいなので。


 「おかえりなさいませ。主様達」

 「うん、いつもありがとうね」


 転移魔法陣で僕たちの家に戻ると、いつもの通りキティさんが出迎えてくれました。


 「おや……そちらの子は?」

 「あ、この子はですねー……」


 この子は……。

 あ、あれ?

 少し困りました。

 勢いで一緒に帰ってきましたが、古龍さんの正体は出来るだけ隠した方がいいですよね?

 今でも命を狙われる可能性があります。

 キティさんやリコさん達なら大丈夫ですが、他の人にバレたらまずい気がしてきました。


 「えっと、この子は……」


 それに名前をまだ知らない事に気付いてしまいました!

 これじゃ、説明しようがないです!


 「えっと……名前はー……」


 助けを求めるように古龍さんを見ますが、古龍さんは名乗ってくれません!

 むしろ、期待するように僕の事を見ている気がします……。

 仕方ないです、名前は後で聞くとして、仮の名前でも!


 「この子名前はですね……」


 まさか、この後その名前を古龍さんが気に入り、定着するとは思いませんでした。

 みんなもその名前でいいと言って、今後古龍さんの事はその名前で呼ぶことになります。

 うぅ……僕が咄嗟につけた名前ですよ?

 どうせならみんなで考えればいいじゃないですか……。

 気に入ってくれたなら良かったですけどね……。

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