第246話 弓月の刻、ダンジョンマスターを倒す

 う……うぅ。

 痛い、痛いです!

 全身が焼けるように痛みます!


 「ユアン!」


 体に力が入らず、倒れかけた僕をシアさんが支えてくれみたいです。

 視界が霞んでいますが、シアさんだと僕にはわかります。

 ありがとうございます。

 そう伝えようと口を開くも。


 「ごほっ」


 声にならず、代わりに血の塊を吐きだしました。

 うーん……。

 やっぱり外だけでなく、中もやってしまったみたいですね。


 「キアラ!」

 「はっはい!」


 スノーさんとキアラちゃん駆け寄って来てくれているみたいですね。


 「ユアンさん回復します!」


 そういえば、キアラちゃんも一応回復魔法が使えるみたいですね。

 回復魔法は僕の方が効果が高いので僕が使っているので忘れていました。

 ですが、それじゃダメですよ。


 「ヒール!」

 「治ってない……もう一回!」

 「はい!」

 「……効果、ない」

 「そんな……なんで……」


 キアラちゃんが僕の傷が回復していない事に驚いています。

 まぁ、驚くのは仕方ありませんよね。

 魔法の効果が薄いのではなく、全くないのですからね。

 それには理由があります。

 今の僕は闇魔法を纏った状態です。

 そのせいで、ちょっとした魔法くらいでは弾いてしまうのです。

 

 「うぅ……」

 「ユアン! 平気!?」


 はい、大丈夫ですよ。

 体中痛くて、指一本動かすだけで激痛が走りますが、それだけですからね。

 なので、あんまり動かさないで貰えると助かります。

 

 「ユアンが何か言いたそうにしているね」

 「でも、喋れないみたい」

 「ユアン、念話を使う」


 あ、それならいけるかもしれませんね!


 『シアさん、僕のポーチからマナポーションをとって飲ませてください』

 「わかった」


 『あ、もっと慎重にお願いします。動くと痛いですので』

 「ご、ごめん。でも、無事で良かった」

 『はい、こんなですけど、元気ですよ』

 「とても元気に見えない」


 まぁ、傍からみるとそうは見えませんよね。

 

 「これでいい?」

 『はい、それです』


 シアさんが赤色のマナポーションを取り出してくれました。

 普通のマナポーションは青色をしていますが、僕が作った特別なポーションです。

 魔力も回復しますし、栄養もたっぷりな筈なので、飲めば凄く元気になりますよ。


 「ユアン飲む」

 「ごぱっ!」


 シアさんがポーションの瓶を口にあてて飲ませてくれますが、僕は飲みきれずに咳き込みました。


 『シアさん! ちょっとずつ……数滴垂らすようにお願いします!」

 「ごめん。こう?」

 『はい、それを繰りかえして貰えると助かります』


 びっくりしました。

 ポーションを飲もうとしたら、喉の奥が焼けるようでした。

 どうやらそっちの方も傷ついていたみたいで凄く痛かったです。

 ですが、少しずつですが魔力が戻るのがわかります。

 初級回復魔法リカバリー

 指を動かしても痛まなくなりましたね。

 この回復魔法は聖魔法に分類されますので、闇魔法を打ち消す事もできますので、効果があります。

 マナポーションを飲ませてもらい、回復し、またポーションを飲ませてもらい回復をする……何回かそれを繰り返し、ようやく上半身を起こすせるくらいには回復ができました。


 「ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」

 「良かった。心配した」

 「ごめんなさい。でも、みんなを護る事ができましたよ」


 シアさんが僕をぎゅーーーっと力強く抱きしめてくれます。

 まだ完全に回復していないので痛む場所がありますが、随分と心配させてしまったみたいです。

 なので、僕もシアさんの背中に腕を回します。

 シアさんは震えていました。

 

 「もう、こんな無茶しないでほしい」

 「無茶ではありませんよ。みんなが居ましたからね」

 「けど、こんなボロボロになった。それを無茶って言う」

 「そうでもないですよ。実は前に一度体験していますからね」


 僕だって攻撃魔法に憧れていた時だってあります。

 その時に一度、ゴブリン相手に使ってみた事があります。

 結果は今と同じ状態になりました。

 しかもですよ?

 今回のように仲間はいない状態でです。

 あの時は本当に後悔をしました。

 だって、人が通らない森の中で丸一日この状態でしたからね。

 もし、あの時に違う魔物に襲われていたら大変な事になっていたと思います。

 その時に比べれば無茶でも何でもないと思います。


 「違う。ユアンがこんなボロボロになる必要はない」

 「けど、みんなもボロボロだったじゃないですか」

 「うん。だけど、ユアンとは違う。体は無事。体力と魔力が少なかっただけ」

 「そうですけど、あれ以外に方法がなかったので仕方ないです」


 あのまま続けていても勝機があったかどうかわかりません。

 防御魔法の中で休憩し、マナポーションでみんなの魔力が回復するのを待ったとしても、相手も回復しますしジリ貧でしたからね。


 「それに、こんな魔法を使う事は滅多にないので大丈夫だと思いますよ」

 「うん……。もうユアンにこんな事させないように強くなる」

 「そうだね。相手がどんな相手だろうと負けないようにならなくちゃね」

 「仲間が傷つくのを見るのは辛いよね……」

 

 そうですね。

 仲間が、大事な人が傷つくのは辛いです。

 その事は防御魔法で仲間を護る僕が一番知っています。

 

 「でも、シアさんのお陰で助かりました」

 「違う。助けられたのは私達」

 「いえ……そういう意味ではなくて、あの古龍さんを殺さずに済みました」

 「え?」

 「ちょっと待って……あのドラゴンまだ生きてるの?」

 「そんな……ユアンさんの攻撃魔法で倒したはずじゃ……」

 「倒しましたよ。ですが、生きている……と思います」


 シアさんが止めなければ確実に……でしたけどね。


 「私、また邪魔した……」

 「そんな事ないですよ。シアさんのお陰で止められたのですから」


 あの魔法は魂を刈り取る魔法です。

 僕の知識が正しければですが、生き物は肉体と魂、二つの命があります。

 肉体を失えば当然その先にあるのは死。

 そして、魂を失ってもその先にあるのは死だと思っています。

 肉体と魂。

 僕は肉体を体力、魂を魔力だと思っています。

 なので、魔力を使い果たすと危ないというのは間違いではないのです。

 僕はあの魔法を制御できません。

ただ放った相手を殺す事しかできない残酷な魔法だと思っています。

 ですが、シアさんのお陰で防げました。

 命を奪うだけの魔法は怖いです。

 自分が自分でなくなるようで、命の大切さを全て否定するようで、辛いです。


 「だから、ありがとうございます」

 「うん。でも……私は、あの時……」


 僕がシアさんに感謝を伝えるも、シアさんの表情が暗くなりました。


 「シアさん、シアさんが何を思っているのかわかりませんが、後で話してください」

 「だめ……だって、私は……」

 「ダメじゃないですよ。僕とシアさんは恋人です。シアさんが何を躊躇っているのかはわかりませんが、シアさんが苦しんでいるのに、一人で背負わすのは嫌です」

 「けど、それでユアンに嫌われたら……」

 「僕にですか? あり得ませんよ。僕は恋とか愛はわかりませんが、シアさんの事だ大好きですからね」

 「ユアン……」


 少しだけシアさんの表情が明るくなりました。

 僕も少しだけ安心ですね。


 「あのー……私達も居ますからね?」

 「あっ、すみません!」

 「いいよ、二人がイチャイチャしてるのを見るのは私も好きだしね」

 「もぉ……スノーさん……」


 スノーさんはいいと言ってくれましたが、正しいのはキアラちゃんですね。

 それじゃ、そろそろこの戦いも終わりになければいけませんね。

 シアさんの頭を撫でてあげ、僕は立ち上がります。


 「わっと……」


 立ち上がると、視界がぐらりと揺れました。

 やっぱりまだ全然回復が出来ていませんね。

 ですが、それでも僕にはやらなければならない事があります。


 「起きていますよね」

 「気付いていたか」

 「はい。シアさん達の攻撃を受けて再生した古龍があれだけ時間があったのですから、いつまでも寝ている筈がありませんよ」

 「そうだな……だが、動けないのは確かだ。魔素の吸収ができん。魔力経路が断たれたようだ」


 どうやら僕の魔法のせいで、見た目ではわかりませんが、僕以上にボロボロみたいですね。


 「そうですか……」

 「暫くしたら、それも回復するだろう。我を殺るなら今しかないぞ?」

 「そんなに、死にたいのですか?」

 「あぁ……私は長く生き過ぎた」


 古龍の目が哀しみに染まっている気がします。

 どれだけ長く生きたのかはわかりませんが、生きるというのは楽しい事もありますが、悲しく辛い事も沢山ある筈です。

 それに、この古龍はダンジョンマスターでもあります。

 こんな場所に一匹でずっと居たのです。

 寂しくない筈がありませんよね。


 「その気持ちは、変わらないのですか?」

 「変わらない。だから、我を……」


 殺してくれ、ですか……。


 「嫌ですよ」

 「は?」


 古龍が目を丸くしています。


 「何故だ」

 「え、殺してくれと言われても、僕にだって選ぶ権利がありますからね。本当に憎かったり、危険な魔物だったら仕方ないですが、古龍さんは悪い龍には見えませんからね。殺したくないですよ」

 

 それに、折角生き延びた命です。

 生きたくても生きれなかった命はこの世界に山ほどあります。

 それなのに、命を捨てるのは良くないと思います。


 「我は、もう生きていても仕方ないのだ」

 「どうしてですか?」

 「我は独りだ。かつての仲間はもういない」


 確かに独りは辛いですよね。

 楽な時もあるかもしれませんが、淋しい時は隣に誰か居て欲しいと思います。僕も村を出たばかりの時は淋しかったです。

 何度も冒険者を辞めて、孤児院に戻ろうとも考えました。

 だけど、僕は出会えました。

 大切な人達に。

 だから……。


 「なら、僕たちと友達になりましょう」

 「え?」

 「だから、友達ですよ。それなら独りじゃないです」

 「馬鹿な! 我は誇り高き龍。矮小な存在と友達なんぞ……」

 「その矮小な存在に負けたのは誰ですか?」

 「う……」

 「そんな事ばかり言っているから、友達が出来ないのですよ」

 「…………」

 「それに、聞きましたよ? シノさんと知り合いだって」

 「ふん。あれはただの知り合いだ」

 「だったらそもそも独りじゃないじゃないですか」

 

 シノさんとこの古龍がどういった関係なのかはわかりませんが、この感じです。

 お互いの利益みたいなものしか考えていたなかったのだと思います。


 「いいですよね?」

 「勝手にしろ……だが、我はもうダメだ」

 「何がですか?」

 「この体だ……外に出る事も出来ないであろう。長い年月をかければ魔力回路も戻るだろうが、その見通しはつかない。だから、楽にして欲しい」


 今度はまともに動けないからとか言い始めました。


 「どうすれば治りますか?」


 魔力回路というのは体の傷とは違い、回復魔法でも治すのが難しいです。

 実は僕にとって一番の危険はここにありました。

 一つ間違えば、僕の使った闇魔法は僕の魔力回路をズタズタに引き裂き、修復しない可能性もあったのです。


 「無理だ。ある素材があれば可能だが、今となっては無理に等しい」

 「無理かどうかは言わないとわかりませんよ」

 「無理だ。昔なら割と手に入ったが、今の時代は厳しい。外の様子くらい我も知っている」

 「だから、言ってみないとわかりませんよ?」


 無理だ無理だと、最初から諦めるのはダメだと思いますからね。


 「龍の心臓だ」


 龍の心臓?


 「あー……確かに無理かもね」

 「竜を探すのは出来ても、龍を探すのは大変だね」

 「そうなのですか?」

 「そうだよ。龍に出会うのは一生に一度あるかないかと言われてるくらいだし」


 しかも、熟練の冒険者という前提がつくみたいですね。


 「しかも龍種の心臓となれば手に入れるのはとてもじゃないと無理だよ……。」


 龍種は最低でもAランク指定の魔物とされているらしいです。


 「何処に居るのかもわからない」

 

 一説によれば、火山の火口に住んでいたり、年中吹雪の吹き荒れる山頂に住んでいたりするみたいです。

 なので、倒す事以前に出会う事が出来ないとみんなが言います。


 「えっと……僕、炎龍レッド・ドラゴンの心臓、持ってますよ?

 「「「「え?」」」」


 シアさん達だけでなく、古龍さんまで驚いています、


 「えっと、なんでユアンがそんなものを持ってるの?」

 「え、話しませんでしたっけ? 火龍の翼さんと一緒に戦った時の事」


 僕とユージンさん達の出会いは、ユージンさん達が炎龍レッド・ドラゴンと戦っている時の事でした。

 その時にお手伝いをして、報酬の一割と素材の一部を頂きました。

 その一部の素材が心臓でしたね。


 「……だが、心臓は新鮮でなければ意味がない」

 「大丈夫ですよ。僕の収納魔法は鮮度が落ちませんから」


 それに、ユージンさん達がちゃんと腐敗しにくいように、特殊な液体の入った瓶の中に入れてくれましたからね。


 「これじゃ、ダメですか?」


 心臓を触るのは気持ち悪いので、瓶から取り出すのはシアさんにやって貰いました。

 シアさんは心臓を瓶から取り出すと、古龍の目先に心臓を持っていきます。


 「確かに……この魔力、血の匂いは龍種のものだ」

 「それじゃ、大丈夫ですね?」

 「いや、そもそも我は……」

 「うるさいですよ。僕達に負けうえに、龍種の心臓が必要だと言って、用意させたのですから言う事を聞いてください」

 

 これ以上のわがまま聞きたくありませんからね。

 それにわがままを僕に言っていいのはシアさんだけですからね!


 「う、うむ……わかった」


 ようやく古龍が言う事を聞いてくれました。

 

 「だが、体内に残った最後の魔力を使う。どうなるかは知らぬ。その時はゆるせ」

 「わかりました。僕も協力してあげるので頑張ってくださいね」


 古龍から弱々しいですが魔力が発せられます。

 僕もそれに合わせて魔力を流します。

 

 「ユアンの魔力弱ってる。少しだけど、手伝う」

 「それなら私も手伝うよ」

 「魔力を流すだけでいいんだよね?」


 結局、みんな協力してくれる事になりました。

 四人と一匹の魔力が炎龍レッド・ドラゴンの心臓に集まります。


 「え?」


 その時でした、炎龍レッド・ドラゴンの心臓の周りに魔法陣が一瞬浮かんだ気がしました。


 「痛いです!」

 「っ!」

 「くっ!」

 「何、いまの?」


 それと同時に、針で刺されたような痛みが指先に走り、血が一滴ぽたりと落ちました。

 その落ちた血は、地面に……いかず。

 炎龍レッド・ドラゴンの心臓に吸い込まれていくのが見えました。

 その瞬間。

 僕たちは光に包まれました。

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