第227話 弓月の刻、新しいエリアに着く

 「それじゃ、ちょっとだけ覗くだけですからね?」

 

 ボスエリアを抜け、セーフエリアへとたどり着いた僕たちですが、休憩をとりつつ、この後はどうするか話し合っていました。

 そして、予定通り今度こそダンジョンを潜るのを切り上げる予定でしたが、予想通りもう少しだけという話になりました。


 「さてさて、今度はどんな場所かな?」

 「迷宮じゃなければどんな場所でもいいですよ」

 「うん。はぐれると面倒」

 「出来れば自然豊かな場所がいいなぁ」

 「そんな都合がいい場所なんて……」


 スノーさんが扉を開けます。

 そして、スノーさんは言葉を失いました。


 「どうしたのですか?」

 「いや……ここってダンジョンだよね?」

 「スノー、おかしくなった?」

 「そうだよ、今まで散々通ってきたじゃない」

 「そうだけどさー……私の目がおかしくないのなら、これはあり得ないなってね」


 どうしたのでしょうか?

 そんなに不思議な光景が広がっているのでしょうか。

 スノーさんが疑うのなら自分の目で確かめて欲しいというので、僕たちも中の様子を伺う事にしました。


 「えっ?」

 「どうして……」

 「びっくり」


 そして、スノーさんが驚いた理由が直ぐにわかることになりました。


 「ダンジョン、ですよね?」

 「うん。だけど、なんで空に太陽があるのかな?」

 

 セーフエリアの外は外でした。

 自分でも何が言いたいのかわかりませんが、ダンジョンの中が洞窟ではなく、外なのです。

 けど、おかしいですよね?

 僕たちは階段を降りて、地下へと進んでいた筈です。

 それなのに、外に繋がっているって……。


 「あ、リコさんたちの村は山にあったので、もしかしたら山を下って外に出たって事ですかね?」

 「違うと思う。この中、寒くない」

 「そうですね。外だったら寒いはずだよね」

 「もしかしたら、龍人族の街と同じような仕組みなのかな? 洞窟内なのに雪が降っていたし」

 「となると、ここはダンジョンの中……と考えるべきですかね?」


 ダンジョンに入ってから、驚かされることは何度もありましたし、空に太陽がある事もダンジョンだからという事で無理やり納得する事にしました。


 「しかし、今までと様子がかなり変わりましたね」

 「うん。これはこれで大変」

 「歩きにくそうな地面をしているのは厄介かな」

 「それに、最初は気にならなかったけど、何だか暑くなってきたね」


 地面はぬかるみ足がとられそうになりますし、立っているだけで汗が噴き出てきそうな感じがします。

 別に日差しが強く、暑いって訳ではないのですが、何か妙に暑いのです。

 まるで、お風呂場にいるような感じでムシムシするのです。


 「で、どうしますか?」

 「どうするも何も……」

 「そうだね……折角景色も変わったから」

 「進みたい」

 「ですよね」


 やっぱりこうなりましたか。

 いえ、僕もみんなと同じ気持ちです!

 ようやく、開放的な場所に出られましたし、ちょっと厚いですが、街に戻って寒い思いをするよりもここを探索したいと思ってしまいました。

 それにですよ?

 見た事のない木が並んでいて、他にもどんな物があるのか凄く興味が湧きます!

 冒険者の性ってやつですかね?


 「トレンティアほどではありませんが、木が多いので見通しは良いとは言えませんので、気をつけて進みましょう」


 幸いな事に、木が多くても木の周りには背の高い草がないのが助かります。

 その代わりに、ぬかるんでいて、靴に泥がつき歩きにくいのが難点ですけどね。


 「少し歩いただけで靴が重いんだけど」

 「汚れる」

 「後で綺麗にしてあげますから、今は我慢してくださいね」

 「けど、これだけぬかるんでいるって事は、近くに水場でもあるのかな?」


 その可能性はありますね。

 という事で、まずは水場となる場所を探す事になりました。


 「水の音がする」

 「本当ですね」

 「えっ、私には聞こえないけど?」

 「ユアンさんたちは獣人で耳がいいからかな?」


 キアラちゃんはエルフで特徴的な耳をしていますが、だからといって耳が良く聞こえる訳ではないみたいですね。


 「こっちですね」


 なので、僕とシアさんの捉えた音を頼りに道を進む事数分……。


 「川ですね!」

 「すごい綺麗……」

 「洞窟内に川ねぇ……」

 「ダンジョンだから」


 洞窟内に水が溜まる場所などがあるのは理解できますが、前の前に広がっているのは、水溜まりなどではなく、川そのものでした。

 その証拠に、川にはちゃんと流れがありますし、川幅はそこまで広くありませんが、上流へと続いているみたいです。


 「あ、お魚です」

 「見た事のない魚ですね」

 「綺麗な水だし、食べれるのかな?」

 「釣りしたい」


 自然が豊かって事ですね。

 それに、魚が普通に泳いでいるって事は、水質にも問題ないという事でもあります。

 まぁ、デビルフィッシュとかああいう魔物は例外ですけどね。

 ですが、水場は水場で問題があります。


 「みなさん……魔物がきます」

 

 水は生き物にとって必要不可欠なものです。

 なので、自然と野生の動物も魔物も例外なく集まってくるのです。

 どうやらダンジョンに生息する魔物もその例外に当てはまらないようで、僕たちの元にゆっくりとですが魔物が近づいてくるのがわかりました。


 「どっちから?」

 「川の向こうからですよ。そろそろ、姿が見えると思います」


 そして、僕の言葉から数十秒後、魔物が姿を現しました。


 「カニ」

 「大きな鋏ですね」

 「挟まれたら大変だね」

 「何て魔物だろう?」


 カニという生物は僕の住んでいた村の近くにあった小川で見た事があります。

 ですが、目の前のカニ型の魔物の大きさは僕が知っているカニとは大きさが全然違く、まるで茹でた後のように、真っ赤に染まっていました。


 「ちょっと気持ち悪いですね」

 「うん。カニって普通横歩きだよね?」

 「けど、縦歩きしてましたよね」

 「蜘蛛みたい」


 シアさんが嫌な事を言います。

 僕もちょっとだけ、そう思ってしまったので、口に出されると余計に気持ち悪く思えてきました。

 特に、長い脚に毛が生えているのが余計にそう見えてきてしまうのです!

 そして、カニは僕たちに気付いたようで、鋏をガチガチと鳴らしています。

 

 「威嚇してる」

 「敵と認識されたって事かな?」

 「魔物ですし、向こうからしたら僕たちは食料ですからね」

 「けど、川を挟んでるし、大丈夫だよね?」


 川幅は五メートルくらいありますからね。

 そして、深さは一メートルくらいでしょうか?僕の腰くらいまであります。

 カニは泳げないと聞きますし、川に入っても水底を移動するしかないでしょうし、その間に迎撃準備をして水面に上がってきた所を攻撃すれば安全に倒せそうです。


 「では、無駄に戦闘をする必要もないのでカニの動きに気をつけながら、先へ進みましょうか」

 「そうだね……って、あのカニ、変な動きしてない?」

 「うん……なんか身を屈めてるね」


 まるで、力を溜めるように屈み、タイミングを計るように両の手を振って……?

 

 「跳ぶ」


 シアさんが言うと同時、カニがぴょーんと高く飛び上がりました!


 「迎撃態勢……は大丈夫そうですね?」

 「うん。無理だった」

 「何か、可哀想」

 「何がしたかったんだろう?」


 高く飛び上がったのはいいものの、カニは五メートルの幅を越えられず、途中で川へと落下しました。

 そして、水底に辿り着く前に川の流れによって下流へと流されていきます。

 正直、馬鹿だなーと思いつつもその様子を眺めていた僕たちでしたが、その理由が直ぐにわかりました。


 「更に大きな赤い点……みなさん、さっきよりも強い魔物が来ますよ!」


 川の向こうから、木の倒れる音が聞こえます。

 木をなぎ倒し、なぎ倒した木が踏まれるようなパキパキという音が僕たちの耳に届きました。


 「さっきよりも大きい」

 「亀ですかね?」

 「けど、鋏もあるよ」

 「知ってる。亀ガニ」


 別名タートルクラブという名前の魔物らしく、Cランク相当の魔物だとシアさんは言います。

 ゴブリンがE、オークがDときてここではCランクの魔物ですか。

 やはり階層が下がる事に魔物のランクも上がっているみたいですね。


 「シアさん、あの魔物についての情報はありますか?」

 「食べると美味しいらしい」

 「そうではなくて、戦いうえでの……って美味しいのですか?」

 「そう聞く。私は食べた事ない。だけど、カニの味がして、栄養がいっぱいあるらしい」


 カニの味……。

 噂では聞いたことありますよ。

 カニを茹でて食べると凄く美味しいって!

 だけど、僕たちが採っていた川にいる小さなカニと違って、美味しいと言われるカニは海で獲れる生き物です。

 その為、食べれる機会はすごく少なく、値段もすごく高いと聞いた事があります。

 それこそ、王族のパーティーとかじゃないとお目にかかれないほどとか。


 「そう聞くと、凄く興味あるね」

 「スノーさんも食べた事ないの?」

 「ないよ! それだけ珍しい食べ物だからね」


 当然、キアラちゃんはエルフで森に住んでいたのでカニを食べた事はありません。


 「美味しいのかな?」

 「きっと、美味しいですよね」

 「食べたい」

 「倒すしかないよね」


 全員の目線がタートルクラブへと注がれています。

 一方のタートルクラブも僕たちを視認し、既に戦闘態勢に入っています。

 これは、戦いを避けられそうにはありませんね。

 

 「相手は見るからに硬そうな見た目をしていますので、攻撃の祭には気をつけてくださいね」

 

 そして、食うか食われるかの僕たちの戦いが幕を開けます。

 相手はCランクの魔物です。

 油断しなければ僕たちの力であれば、倒せる相手です。

 ですが、この後……僕たちの予想を裏切る結末が訪れるとは、この時はまだ知らなかったのです。

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