第221話 弓月の刻、セーフエリアにたどり着く
「いやー、あんなことになるとは思わなかったよ」
「反省します」
部屋の中が大洪水となり、防御魔法で水の侵入を防いでいなかったら大変な事になり、一時はどうなるかと思いましたが、フロア入口のドアを開けると、大量の水がそっちに流れていってくれたので、どうにか難は乗りきれました。
「けど、すごい魔法でしたね。いつの間に、あんな魔法を使えるようになったのですか?」
二人が魔法の特訓をしている所は見ませんでしたからね。
それどころか、政務に追われてる姿ばっかり見てきたくらいです。
「実は結構前から使えたんだよね」
「そうなのですか?」
「うん。国境での戦いで使える機会があれば使おうと思ってたんだけど、それ以来機会がなかったの」
へぇ……そんな前から使えたのですね。
確かに、あの戦いで僕たちにそういった機会はなかったですね。
「けど、シアの魔法も凄かったんじゃない?」
「私達はあまり見れませんでしたけど、シアさんが三人居たのはわかったよ」
そこは残念ですね。
シアさんの体術、かっこよかったですからね。
「別に凄くない。相手がゴブリンだったから楽しただけ」
「それでもだよ。相手の数が多かったら、少しでも人数が多い方が上手く戦えるし」
戦いにおいて人数の差というのは顕著に現れますからね。
防御魔法があれば、ある程度なら問題はないと思いますけど、普通に戦ったら厳しい戦いを強いられる筈です。
「それで、ゴブリンを倒したわけだけど、この後はどうするの?」
「目標は達成だよね?」
「そうですね……」
僕たちの目標は最初のエリアを突破する事でした。
しかし、思った以上に簡単にその目標をクリア出来てしまったので、正直悩みどころです。
「とりあえず、シノの言う事が本当か試す」
「そうですね。それが出来るかどうかで変わってきますからね」
転移魔法が使える場所があるとシノさんは言っていました。
もし、このダンジョンもそれが出来るのであれば、途中からまた挑む事が可能となります。
最深部を目指すのにどれくらいの時間がかかるのかわかりませんし、使えなかったら外に出るだけでも一苦労です。
なので、期待を込めて転移魔法陣を使用しますが……。
「使えませんね」
「あちゃー……」
期待しただけ損をしました。
そうなると、目標を達成したので一度戻る方がいいのかもしれませんね。
「でも、折角アカネさんに時間貰ったしなぁ」
「もう少し先に進んで、次のフロアはどんな敵が出るのか見てからでもいいかもね」
「もっと戦いたい」
ですが、みんなは先に進む事にノリノリみたいですね。
「わかりました。それならば、もう少しだけ進んでみましょうか。ただし、次のフロアボスはまたの機会ですからね?」
そうしないと、もう少しだけもう少しだけとずるずると奥を目指す事になりそうですからね。
今のうちにちゃんと約束をして貰う必要があります。
という訳で、次の階層を目指し、僕たちは出口の扉を開けたのですが……。
「え、何ですかここ?」
「どうして、部屋なんかが?」
「しかも、ちゃんとベッドもありますね」
「食事も作れる」
部屋の広さはそこまで大きくありませんが、人数分のベッドが置かれ、キッチンもあります。
「お風呂はありませんが、シャワーを浴びれますね」
「トイレもある」
「普通に暮らせる環境じゃん」
「罠……じゃないよね?」
おっと、その可能性はありましたね。
親切に休憩場所があるかと思いましたが、それ自体が油断させる罠の可能性もあります。
なので、僕は危険察知の魔法を直ぐに展開をしますが……。
「罠の類はなさそうですね」
「という事は、単純にここで休めるって事?」
「それだとかなり楽になりますね」
広くはありませんが、生活するには問題のない造りになっていますからね。
ただし、食料に関してはないので、僕のような収納魔法がない限りはずっとここに引き籠る事は難しそうですけどね。
「ユアン、ここなら転移魔法陣使える?」
「ちょっと試してみますね」
さっきとは明らかに雰囲気が違いますので、転移魔法が使える可能性は高まりました。
「普通に使えますね」
「逆に怖いんだけど」
僕もそう思います。
ダンジョンが造られた意図はわかりませんが、この場所はダンジョンに挑む人にとって、かなり有用的な場所になるはずです。
しかし、休憩している時などが実は一番危険な時でもあります。
もしかしたら、何もないと思わせて僕が感知できない罠があるかもしれませんし、召喚魔法なのでいきなり魔物が現れる可能性もあります。
「転移魔法が使えるのならば、一度戻った方が安全ですかね?」
「そうだけど、わざわざこんな部屋を用意してあるくらいだし、気にしすぎる必要はないんじゃないかな?」
「シノさんの話では、安全なエリアがあると言っていましたし、此処の事かもしれないよね」
「確かに、その考える事もできますね」
シノさんはその場所をセーフエリアと呼んでいました。
といっても、魔物が出現しない安全な場所としか言っていなかったですけどね。
もしかしたら、ダンジョンによってセーフエリアも違うのでしょうか?
「わかりました。今日はこの場所を野営地にしましょう」
「野営じゃないけどね」
「そこは雰囲気でお願いします!」
僕も野営と表すのは変だと思いましたよ。
ですが、此処はダンジョンで宿屋でもお家でもありませんからね。
「見張りはどうする?」
「そうですね。ここがセーフエリアという保証もないので順番に休憩をとりましょう」
「二人一組でいいかな?」
「はい、いつも通りで行きましょう」
という事で、僕とシアさん、スノーさんとキアラちゃんのペアに分かれて休憩をする事になりました。
と言っても、時刻はまだお昼を過ぎた辺りですので、寝るにはかなり早いですね。
なので、今のは段取りの話になります。
今は全員で休憩をしつつ、全員で警戒をする時間になります。
「そういえば、ユアン。みてみて」
「どうしたのですか? そのボロボロの剣は?」
「手に入れた」
シアさんが嬉しそうに僕に刃こぼれし、錆びた剣を見せてくれます。
とても実用的ではありませんが、シアさんは何故か嬉しそうです。
「シア、その剣どうするの?」
「とてもじゃないですが、使えないよね?」
「観賞用」
「観賞用ですか?」
ここに来て、シアさんの変な趣味を発見してしまったかもしれません。
ですが、趣味はそれぞれですし、否定する事は出来ませんよね。
ただ、こんな剣が部屋にいっぱい飾ってあったら嫌ですけどね。
「ユアン勘違いしてる。これはお宝」
「はい、シアさんにとってお宝って事はわかりましたから大丈夫ですよ」
「むぅ。違うの、これさっきのエリアにあった宝箱から出てきた。だから、お宝」
「えっ、そんなものがあったのですか?」
「うん」
良かったです。シアさんが嬉しそうにしていたのはボロボロの剣を手に入れたからではなかったみたいです。
「それって、エリアボスを倒した報酬って事なのかな?」
「シノさんが言っていましたね」
ダンジョンにはお宝が眠っている。
僕は知りませんでしたが、これは有名なお話みたいです。
魔物の素材を手に入れられないのにも関わらず、冒険者がダンジョンに挑むのはそれが目的です。
「ダンジョンで始めて手に入れた宝。ボロボロでも嬉しい」
「ある意味記念になりますね」
「いいなぁ」
「私も手に入れたいです」
スノーさんとキアラちゃんが羨ましそうにしています。
僕もちょっと羨ましく思えますね。
「次のエリアボスでも出現する。多分、そっちの方がいいアイテム。それあげる」
「となると、次は誰が受け取るかだよね?」
「そうですね……」
むむむ……こういった問題はマズいですよ。
お金もそうですが、受け取る報酬で仲間割れが起きる事は冒険者では珍しくありません。
「ま、私はお宝が欲しいというよりも、宝箱を開けてみたいってだけだからいつでもいいけどね」
「私も、アイテム収集をする趣味はないので、スノーさんと同じだね」
「僕もです。宝箱を開ける瞬間のワクワクする気持ちを味わってみたいです」
良かったです。
ただ宝箱を開けてみたいだけで、いいアイテムが欲しい訳ではないみたいでした。
「では、宝箱は順番に開けるとして、中身は欲しい人が貰うって事でいいですか?」
「それでいいんじゃないかな? 仮に私が弓を持ってもキアラほど上手に使えないし」
「だね。私も仮に盾を貰っても困りますからね」
職業が被っているパーティーだったら大変かもしれませんが、幸いにも僕たちのパーティーはバラバラです。
スノーさんとシアさんは共に剣を使いますが、スノーさんはロングソード系でシアさんが短めの剣を使いますし、被る事は少なさそうです。
何よりも二人とも愛用している剣がありますしね。思い入れがあり、使い慣れた剣が一番しっくりくるとおもいます。
「ですが、宝箱を開ける時は気をつけてくださいね?」
「宝箱に化けた魔物も居るって話だったよね」
「それに、罠が仕掛けられているとも言っていたね」
面白い事に、ダンジョン特有の魔物も存在するみたいで、スノーさんが言ったように宝箱だと思って開けたら実は魔物で、そのままバクッと食べられてしまう事例があったと聞きました。
しかもですよ?
ダンジョンの力なのかわからないのですが、その魔物の擬態能力は凄く高く、探知魔法で魔物と判断する事も出来ないみたいです。
「流石に食べられるのはやだし、気をつけないとだね」
「防御魔法があるとはいえ、びっくりしますし、怖いですからね」
想像しただけで怖いですよね!
宝箱を開けたら、それが大きな口となり、頭から呑みこまれる様に食べられるみたいです。
「ま、今は休憩だし、私はアカネさんから預かった仕事を進めちゃうよ」
「私も手伝います」
初めてのダンジョンという事もあり、休憩時間は長くとる事に決め、出発は明日の朝にする事に決めました。
その間、スノーさんとキアラちゃんは仕事を進める事にしたみたいですね。
冒険者家業に集中したくても出来ないのは大変ですよね。
「あ、ユアンお菓子ある?」
「はい、ジーアさんが作ってくれたお菓子がありますよ」
「お、ジーアのお菓子は美味しいから嬉しいな」
「スノーさん、書類を汚したらバレちゃうから気をつけてね?」
「うん。こんな風に仕事をしてたのが知られたら後が怖いし、気をつけるよ」
いつもの光景かと思いましたが、どうやら仕事中にお菓子食べるのは禁止されているようですね。
ですが、仕事中とはいえ、伸び伸びと仕事が出来るみたいで良かったです。
「では、僕は今のうちにお昼でも作っておきますね」
「私も手伝う」
「シアさんがですか?」
「なに?」
スノーさんが仕事をするので、僕たちはやる事がなくなったので、お昼の準備をしようとすると、珍しく……いえ、初めてシアさんが料理を手伝うと言ってくれました。
「いえ、てっきりシアさんは食べる専門なのかと思っていたので」
「そんな事ない。私も料理位する。ずっと一人で冒険者してきた。スノーとは違う」
「シア、聞こえているからね? それと、私も料理は少しくらいはできるから!」
スノーさんは兎も角、そう言われるとシアさんは僕と同じソロ冒険者でしたし、出来てもおかしく無いですよね。
「わかりました。たまには一緒に料理しましょうか」
「うん!」
という訳で、初めてのシアさんとの共同作業での料理です!
といっても、簡単な料理ですけどね。
けど、シアさんが手伝ってくれるというので楽しみです!
何だかダンジョンも楽しくなってきました。
僕の想像とはかなり違いましたが、このままこんな感じでみんなで楽しく進めたらいいなと思います。
だけど、僕の胸の奥に潜む不安は何故か消えませんでした。
この場所には何かがある。
そんな気がしてならなかったのです。
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