第218話 弓月の刻、ダンジョンに向かう

 「忘れ物はないですか?」

 「ない」

 「ないけどさ……」

 「子供のお出かけじゃないのですから……」

 「でも、とりあえずお試しにですからね。気楽に行った方がいいと思いますよ」


 ダンジョンに潜るのはいつでも出来ます。

 なので、僕たちはまずはダンジョンはどんな所なのかを、話だけではなく身をもって体験して見る事に決めました。


 「ユアンちゃん達、気をつけるんだよ」

 「家の事はお任せください」

 「はい、お願いしますね」


 リコさんとジーアさんが居てくれて、改めて良かったと思えます。

 とりあえずは一週間を目途にダンジョンの中を探索してみようという話になりましたが、その間ずっと家を空けているのは少し不安でした。

 隣の家がシノさん達なので、何かあっても助けてくれるとは思いますが、深夜に良からぬ人が忍び込んだりする可能性はありますからね。

 人が居るとわかれば、大胆な行動は取りづらいと思いますしね。

 

 「キティ、ラディの事をよろしくね」

 「はい、お任せください」

 「ちょっと、それだと僕が駄目みたいじゃないか」

 「そんな事はないけど……なんかキティの方がしっかりしている気がしてね」

 「まぁ、いいけどさ」


 キアラちゃんの感覚はわかりますね。

 ラディくんよりもキティさんの方が何となくしっかりしていて、頼りがいがある感じがするのですよね。

 

 「ラディ、家の事はいい。街の事は任せた」

 「わかってるよ。気をつけて」

 「言われなくても」


 おやおや、前に比べてシアさんとラディさんが少し打ち解けてる気がしますね。


 「ちなみにだけど、主が傷つかないように気をつけてって意味だから」

 「そう。要らぬ心配。私が居ない間に問題が起きたら今度こそ食肉に変える」


 と思ったら、結局こうなりましたか。

 けど、憎まれ口を叩ける仲って意味ではそれはそれで信頼関係かもしれませんよね。

 

 「いいなぁ……私も誰かにお見送りしてもらいたい」

 「大丈夫ですよ、お見送りではありませんが、スノーさん宛に手紙が届いていますからね」

 「ホント!?」

 「はい、これをどうぞ」

 「誰からだろう……うげっ」


 まぁ、手紙と言っても只の手紙ではありませんけどね。


 「ユアン……手紙に書いてある事は本当?」

 「はい、本当ですよ。これだけあります」


 嬉しそうにしていたスノーさんが一瞬で暗い表情になりました。

 まぁ、仕方ないですよね。

 手紙の主はアカネさんですし、手紙の内容が、合間を見つけて終わらせてくださいという仕事の内容でしたからね。

 そして、僕の顔が隠れるほどの山となった書類を持たされた訳です。


 「こんな手紙……みたくなかった」

 「でも、ちゃんと励ましと応援のメッセージはありますよ」

 「そうだけどさ……今くらいは領主の仕事を忘れたいじゃん」

 「けど、それが条件ですからね」


 アカネさんからダンジョンに潜る許可は頂けたのですが、アカネさんだけじゃ手をつけられない書類がありますので、最低限それだけはやる事を条件に課されました。


 「スノーさん、私も手伝うから大丈夫だよ」

 「うん…………まぁ、やる事はやらなければいけないのは仕方ないから、今は久しぶりの冒険者家業を楽しもうか!」

 「はい、その意気です!」


 何か、見ているこっちが辛くなってきますね。

 現実逃避と言えばいいのでしょうか?

 無理やりにでも仕事の事を忘れようとしているようにも見えてきます。

 ですが、スノーさんもやる気になった事ですし、そろそろダンジョンに向かう時ですね。


 「それじゃ、行ってきます」

 「いってらっしゃーい」

 「気をつけてくださいね」

 「主様達のお帰りをお待ちしております」

 「何かあったら召喚して」


 という訳でいよいよ出発です!

 まずは、龍人族の街へと移動ですね!

 という訳で、移動をしてきたのですが……。


 「さぶっ」

 「凍えそうです……」

 「確かに、これはちょっときついですね」

 「大丈夫。すぐに慣れる」

 

 龍人族の街に転移魔法陣で移動をしたのですが、まず僕たちを襲ったのは強烈な寒さでした。

 シアさんはすぐに慣れると言っていますが、慣れる前に凍え死ぬのではないかと思うくらい寒いのです。


 「部屋の中、だよね?」

 「はい、間違いなくこの前の場所ですよ」

 「けど、ナナシキの外よりも寒く感じるね」

 「あたり前、山だから」


 確かに、リコさんの村はナナシキから森に入り、山の途中にありますからね。

 

 「ですが、ここは洞窟ですよ?」

 

 夏場は洞窟の中は涼しかったりします。

 そして、逆に冬場は外に比べ、暖かったりもするのです。

 

 「というか……外、雪降ってない?」

 「本当だね」


 スノーさんに言われ、窓の外をみると、真っ白な雪が舞い降りているのがわかりました。


 「けど、雪が降っているのならこの寒さは納得できますね」

 「いやいや、洞窟の中だよ? そもそも雪が降るのがおかしいって」

 「そんな事ない。ここは龍人族の街だった場所、何が起きてもおかしくはない」

 「確かに、そう言われると納得できる気がしますね」

 

 竜人族は僕たちの想像の上をいく魔法道具マジックアイテムを生み出していますからね。 

 雪が降るくらいの事は出来るかもしれませんね。


 「けど、この様子ですと……リコさんの夢通りになりませんか?」

 「確かに」

 「雪が降る中、私達はダンジョンに挑む……だよね」

 「まさに、その通りですね」


 リコさんの村に着いた時は雪はまだ降っていませんでしたので、まだ先だと思っていました。

 ですが、目の前に広がる光景はまさにリコさんが言っていた通りです。


 「どうする?」

 「どうするって……ここまで来たら行くしかないんじゃない?」

 「そうですね。確かに雪が降っていますが、今日がその日とは限りませんしね」

 

 今日挑んでみて厳しいようでしたら日を改めればいいだけですからね。


 「それじゃ、とりあえず行ってみようか……その前に、ユアン」

 「何ですか?」

 「今日だけ……寒さを和らげてくれない?」

 「仕方ないですね。ダンジョンに挑む前に体力を消耗するのは避けたいですからね」

 「やった!」


 普段は寒さに慣れるために我慢していましたからね。


 「それじゃ、行きましょう。付与魔法エンチャウント【暖】」

 

 防御魔法に寒さを和らげる魔法を組み込みます。


 「ぬくぬくしてる」

 「これなら、多少の寒さも平気だね」

 「もうちょっと暖かくてもいいけどね」

 「これ以上は無理ですよ。あくまで寒さを和らげることしか出来ませんからね」


 これ以上暖めるのであれば、火属性魔法を組み込まなければなりません。

 それはそれで出来ない事はありませんが、難しいというよりも少し危険です。

 火は火ですからね。

 熱とはまた違います。


 「ま、とりあえず行ってみようか」

 「はい……もう一度確認しますが準備は大丈夫ですか?」

 「平気。ユアンから貰ったポーションも持ってきた」

 「転移魔法陣もちゃんとあります」

 「ユアンのお守りもあるよ」


 大丈夫そうですね。

 この日の為に、チヨリさんに協力して貰いましたからね。

 転移魔法陣は脱出の為に前からありましたが、今回は簡単な傷を癒すポーションと魔力を回復するポーションも各自に持ってもらっています。

 万が一、僕の魔法が追い付かない場合がありますからね。その間に傷を塞いでくれるだけでもかなり違いがある筈です。

 そして、みんなにお守りも渡しました。

 現段階での僕の防御魔法の効果は約二時間ほど継続できるようになりましたが、それでも不安はあります。

 ですが、みんなに渡したお守りには僕の防御魔法が付与されています。

 常時発動する訳ではありませんが、魔力を流していただければ一回だけ、僕の防御魔法が付与される仕組みになっています。


 「では、準備はよさそうなので行きましょうか」

 「うん」

 「ふふっ、やっぱりいいね、こういうのって」

 「そうだね。これぞ私達って感じだね」

 「感じだけじゃ意味ない。しっかり固める」

 「そうですね。一緒に戦うのは久しぶりですので、お互いの事を意識していきましょう」

 

 しっかりと連携取って戦うのはトレンティア以来でしょうか?

 この間の盗賊との戦いは別々でしたし、国境での戦いも一緒に戦えたのは少しだけでした。


 「隊列は?」

 「いつも通りで行きましょう」

 「なら、私が先頭だね」

 「私が後ろ」

 「僕とキアラちゃんが入れ替わる形ですね」

 「任せてください。指揮はユアンさんにお願いします」

 「わかりました」


 まだ家の中ですが、予め隊列を決めておくのは大事です。

 ダンジョンに入った瞬間に魔物に襲われる可能性だってありますからね。


 「けど、楽しいですね」

 「うん。わくわくする」

 「シアさんがそういうのは珍しいね」

 「まぁ、仕方ないよ。久しぶりに本気で戦えるかもしれないんだからさ」

 「まだお試しのつもりなので、危険な魔物は出て欲しくないですけどね」


 みんなはどう思っているかわかりませんが、あくまでお試しです!

 シノさんが教えてくれた事が本当なのかどうかを確かめるのが第一です。


 「けど、とりあえず目標は作った方がいいんじゃない?」

 「うん。目的がないよりはいい」

 「そうですね。階層によりますが、一区切りがつける場所までは行きたいですね」

 「となりますと、エリアボスまでだね」


 シノさんが潜ったダンジョンにはエリアがあったみたいです。

 最初は洞窟エリア、その後に迷宮エリア……シノさんは時間の関係上でそこまで行けなかったみたいですが、そのエリアの区切りには強い魔物が居たみたいです。

 その魔物は通称エリアボスと呼ばれ、そこを突破しないと次に進めないみたいです。


 「では、今回はそこを目指しましょう。ただし、少しでも危険、準備不足だと思ったら引き返しますからね」

 「仕方ない」

 「その時はその時だね」

 「命あってのことだもんね」


 ダンジョンで命を落とす冒険者は少なくないみたいですからね。

 無理は禁物です。

 

 「あと、お宝に目がくらんで、罠に引っかからないようにしてくださいね?」

 「スノーよく聞いとく」

 「私? 私はそんなに興味ないけどなぁ」

 「けど、夢がありますよね」


 命を落とす危険があるダンジョンに冒険者が挑む理由はそこにあります。

 竜人族が残したという遺産、魔法道具、武器などがダンジョンから見つかったという報告があるのです。

 しかし、甘い話には必ず裏があります。

 僕たちのメンバーにお宝に目が眩む人はいないと思いますが、もう一度忠告しておくのは大事だと思います。 

 準備も整い、最終確認も終え、僕たちは以前に見たダンジョンの入り口に向かいます。

 街の中は雪が予想以上に積もり、足がとられそうなほどです。

 けど、この状況ってまさにリコさんの予知夢通りなのですよね。

 ですが、リコさんの夢はそこで終わりました。

 後は、僕たちで、その先に何があるかを知るしかありません。

 僕たちがそこに導かれる様に向かう事となる意味がきっとあるのです。

 天狐様達、龍人族、ダンジョン。

 もしかしたら、全ては繋がっているのでしょうか?

 そして、僕たちもそこに?

 期待と不安。

 そんな感情が入り乱れながら、僕は頼りになる仲間と共にダンジョンへと向かうのでした。

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