第217話 弓月の刻、アカネを説得する
「そういえば、ユアンさん」
「はい、何でしょうか?」
スノーさん達が帰宅し、話し合いの結果、明日僕がシノさんの所に相談しに行くと決まり、夕食も近いので先にお風呂を済まそうとした矢先、僕はジーアさんに呼び止められました。
「えっと、今日の夕食ですが……」
「あ、今日は僕の番でしたっけ? すみません、忘れていました」
「いえ、そうではなくて……そろそろシノさんの所に行かなくていいのかなーっと」
「シノさんの所にですか?」
「はい、今日夕食に誘われていましたよね?」
「あ……」
確かに、朝そんな話をされた記憶があります。
「もしかして、忘れていました?」
「はい……」
「ふふっ、ユアンさんらしいですね」
ジーアさんは笑っていますが、笑い話ではありませんよ!
いえ、夕食にいくのは構いません。
ですが、さっきの話が問題になってくるのです。
「ちょうどいい。そこで相談する」
「ダメですよ、夕食にはアカネさんも居る筈ですからね!」
シノさんとアカネさんは夫婦みたいなものです。
まだ籍はいれてはいないみたいですが、既に一緒に暮らし、結婚の準備も進んでいるという話です。
僕たちが夕食に参加し、アカネさんだけ別というのはありえませんよね。
「うー……そこでそんな話をしたら、絶対に怒られます……」
「平気。シノがどうにかする」
「そんな訳ないじゃないですか。だって、シノさんですよ?」
シノさんの事ですから、面白おかしく話を広げて、アカネさんの怒りに油を注ぎかねません。
そのせいで、僕まで怒られるに違いありませんよ。
「その時はその時。どちらにしても早いか遅いか」
「そうですけど……シアさんも一緒に怒られてくれますか?」
「…………考えとく」
あー! ずるいです!
シアさんは逃げる気ですね!
けど、怒られる事になったら絶対に逃がしませんからね?
という訳で、僕たちは約束通り、シノさんのお家に夕食をご馳走になりにいくのですが……。
「スノーさん、キアラちゃん、大丈夫ですか?」
「うん。平気だよ……」
「覚悟は出来ていますから……」
今から楽しいお食事をするって感じではとてもなさそうですね。
明らかに二人の表情が曇っています。
それもそうですよね、ついさっきアカネさんに怒られたばかりなのに、もう一度その話をしにいくとなれば当然です。
「ユアン、本当に頼りにしてるからね?」
「僕に期待されても困りますよ」
「けど、ユアンさんしかいないの」
「でも、僕はシノさんに相談するだけですよ?」
シノさんが協力してくれなかったらそれまでですし、本当に僕まで怒られる可能性がありますからね。
変な事は言えませんよ。
「いらっしゃーいだよ!」
「こんばんはルリちゃん。今日も似合ってますね」
「えへへっ、ありがとうなんだよ!」
重い足取りのまま、シノさんのお家にお邪魔すると、玄関先でルリちゃんがメイドを服を来てお出迎えをしてくれました。
メイド服って可愛いですよね。
「ユアンも着る?」
「シアさんが着るならいいですよ」
僕一人で着るのは恥ずかしいから嫌ですからね。
「やぁ、いらっしゃい。予定よりも遅かったね?」
「シノさんこんばんは。少し用事があり遅くなりました、すみません」
「いや、構わないよ。てっきり忘れていたのかなと思ったけど、来てくれて良かった。呼びに行く手間が省けたからね」
相変わらず察しがいいですね……。
恐らくですが、僕たちが完全に忘れていた事はバレている気がします。
「それで、今日はどうして僕たちを誘ったのですか?」
シノさん達と食事する事は時々ありますが、大体はアリア様などが遊びに来たときなので、こういった形で僕たちだけを誘うのは珍しかったりします。
だからこそ警戒をしてしまうのですよね。
何か裏があるんじゃないかと。
「特に意味はないよ? 僕にはね。だけど、ユアン達には意味があるかもね」
「どういう意味ですか?」
「そのままだよ。困っているんでしょ? アカネの事で」
この様子だと、僕たちがやらなければいけない事をシノさんは理解しているみたいですね。
「まぁ……そうですね。ですが、先に言っておきますけど、アカネさんは悪くないですからね?」
「わかっているよ。ま、食事をしながら話をしようか……ルリ、お客様のご案内を」
「はーい! どうぞこちらに!」
何度もシノさんのお家にはお邪魔しているので、家の造りは大体わかりますが、ルリちゃんが案内をしてくれるという事で、僕たちはその後に続きます。
「アカネさんこんばんはです。今日はお誘いいただきありがとうございます」
「いえ、急なお誘いにも関わらず、来ていただきありがとうございます」
えっと、大丈夫ですよね?
まだ、怒ったりしていませんよね?
僕たちを出迎える為にアカネさんは立ち上がりましたが、それだけでちょっとビクビクしちゃいそうになります。
「さ、座ってくれ」
「はい、失礼しますね」
机を挟み、アカネさんとシノさんと向かい合うように僕たちは座りました。
「あれ、今日はデインさんは居ないのですか?」
「あー……デインなら出ていったよ」
「えっ?」
シノさんを慕ってついてきたデインさんが出ていったと聞き、僕は思わず驚きの声をあげてしまいました。
「勘違いしてるね。デインはこの街には居るよ。ただ、最近は自分の居場所をみつけたらしくて、そっちで暮らすようになっただけさ」
「そうなのですね」
「うん。今頃はシエン達と仲良くやっているだろうさ」
元ルード兵同士、積もる話もあるでしょうし、この街にいる数少ない人族ですし、そっちの方が気楽かもしれませんね。
何よりも、シノさんとアカネさんが暮らしている場所にずっとお邪魔するのは気が引けるかもしれませんね。
「それよりも、話があるんだろう?」
「えっと、そうですねー……」
酷いです!
僕としては世間話をして、アカネさんの雰囲気を柔らかくしてから本題に入るつもりでしたが、いきなりその話に触れてきました!
「話ですか……まさか、昼間の話の続きではないですよね?」
「えっと、それは……」
うぅ……怖いです。
何も悪い事をしていないのに、何故だか怒られているような気がしてきます。
「はぁ……アカネ、ちょっと落ち着いて」
「シノ様、私は落ち着いておりますよ」
「なら、せめて話だけでも聞いてあげなさい」
「……わかりました。一応、もう一度だけ話を聞きましょう」
どうやら話は聞いて貰えるみたいですね。
なら、このチャンスを逃す訳にはいきません。
「アカネさん、予知夢って知っていますか?」
「はい、聞いた事はあります」
「僕たちの所にいるリコちゃんの話なのですが……」
正直、信じて貰えるかわからない話ではありますが、僕たちがやろうとしている事をアカネさんに包み隠さずに話します。
もちろん、リコさんには許可を頂きました。
勝手に人の事を話すのはよくないですからね。
「話はわかりました」
「では!」
「ですが、その間の政務はどうするおつもりですか? その問題はユアンさん達の問題ですが、街はユアンさん達だけではなく、今住んでいる街の人、これから移住する街の人の問題に関わってきます。そこを疎かにしてまで、解決しなければいけない問題なのでしょうか?」
「それは……」
わかりません。
正直な所、僕たちの本業は冒険者だと今でも思っています。
ですが、街の人が大事かそうじゃないかと問われると。すごく大事です。
みんなの暮らしが少しでも良くなるのなら、そっちも頑張りたいと思う気持ちは強くあります。
なので、アカネさんにそう聞かれてしまうと、僕たちはちゃんとした答えは出せません。
「アカネ」
「何でしょうか?」
「スノーが居なければ、政務は回らないほどかい?」
「いえ、私一人でも十分に回せます」
「そうか。なら、少しの間でいいからスノー達を助けてやってくれないかな?」
僕が何も言えなくなっていると、驚くことにシノさんが進んで僕たちの味方になってくれました。
「シノ様がそう仰るのなら構いませんが、それではいつまでも仕事を覚える事は出来ませんよ?」
「そうだね。けど、今日までのスノーを見てどうだい? 前と比べて何も成長していないのかな?」
「いえ、スノー様もキアラさんも成長しております。時々、弱音を吐いたりしますが、知識を身に着け、確実に前へと進んでおります」
「うん。それで十分じゃないか」
スノーさんもキアラちゃんも頑張りを認められているみたいですね。
「ですが……」
「アカネ、スノー達に僕たちと同じ思いをさせるつもりかい?」
「あっ……」
「気づいたみたいだね。今のスノー見ていると、昔の僕たちみたいだよ。好きな事も出来ず、ただただ、国の為に働いていた頃の僕らにね」
シノさんは元皇子様でアカネさんは宰相でした。
スノーさんが覚えている仕事とは比べ物にならないほど勉強をし、泥沼のような人間関係の中で生きてきた人達です。
「僕たちはもっと自由に生きたかった。だからこそ、今の生活を望んだ。違うかい?」
「シノ様の仰る通りです」
「スノー達はまだ若い。確かに、今が色々な事を覚え、身に着ける機会には最適な時期だろう。だけどね、同時に一番楽しい時期でもあると思うんだ。だからこそ、僕は今の時間を無駄にして欲しくはないと思うんだけど、どうかな?」
「失われた時間は戻らないですからね。今が一番幸せと思えますが、違う生き方が出来たのならば、また違った幸せを見つけられたかもしれませんね。当然、シノ様が居てこそになりますが」
「うん。僕もそう思うよ。もし、アカネも僕もただの一般人であったらどれだけ楽しい時間を過ごせたと何度思った事か。だから、出来る事ならユアン達がやろうとしている事に協力をしてあげてくれないかな? 必要なら僕もアカネを手伝うよ」
「嬉しいですが、それには及びません。私一人で十分ですから」
シノさんと話していたアカネさんは僕たちに向き直りました。
「えっと、もしかして……」
「はい。スノー様の仕事は私が請け負いましょう」
「本当ですか!?」
「はい……ただし、私では受理できない内容もございます。内容は完結に纏めておきますので、そちらの仕事は最低限こなして頂きますからね?」
それでもスノーさんの仕事がゼロになるという事はないみたいですね。
まぁ、そこばかりは仕方ないと思います。
アカネさんが全ての決定権を持ってしまったら、それこそスノーさんが領主である意味がなくなってしまいますからね。
「わかりました。必ず時間を見つけるようにします」
「私もです!」
どうにか、ダンジョンに潜る許可を頂けました。
ですが、今の話をよく信じてくれる気になりましたね。
僕だったらとても信じられる内容ではないと思います。
「そんな事ないさ。元々、僕がそうだったじゃないか」
「シノさんがですか?」
「そうだよ。だって、現に僕は封印された魔物が現れるのを知っていて、その為にルード帝国で準備を進めてきたからね。それと似たようなものさ」
「そう言われるとそうですね」
シノさんの場合は最初からその記憶があったと言いますが、その記憶を埋め込んだのは天狐様達らしいです。
そして、封印された魔物が復活する時期も知っていたともなると、未来を知らない限りはその記憶を埋め込む事は出来ないと思います。
ともあれ、僕たちがダンジョンに潜るための最大の難関は越えられたと思います!
「けど、ダンジョンですか……どんな場所なんでしょうか」
「場所によるね。少なくとも舐めて掛からない方がいい」
「シノさんはダンジョンに詳しいのですか?」
「ちょっとだけね。まぁ、最後まで攻略は出来なかったけどね」
「え?」
「どうしたんだい?」
「今、攻略って言いましたか?」
「うん? 言ったけど、それがどうかしたのかい?」
攻略って事はですよ?
ダンジョンに挑んだことがあるって意味になりませんか?
「そのつもりはなかったけどね。まぁ、たまたま入った洞窟がダンジョンだった。それだけさ」
「良ければ、その話も聞かせて頂けませんか?」
ダンジョンの知識は僕たちにはありません。
なので、どんな対策をすればいいのかは見当すらついていないのが今の現状です。
「参考になるかわからないけど、それでも構わないかい?」
「はい! 是非ともお願いします」
「うん。なら、食事をしながら話すよ。あまり、面白い話でもないけどね」
思わぬ収穫になりそうです!
アカネさんにダンジョンに潜る許可を頂くだけのつもりが、何とダンジョンの話を聞くことが出来そうです!
しかも、実際にダンジョンに潜った人の実体験となれば参考になる可能性が高いと思います。
「そうだね……まずは、基本的な事からおさらいをしていこうか」
食事をしながらシノさんがダンジョンについて色々教えてくれました。
ダンジョンによって特性は違うみたいですが、本質は似ているらしく、シノさんの話は覚えておいて損はなさそうだと、僕は思いました。
その後、シノさんの失敗談なども聞きながら、食事は進みました。
最初はシノさん達と食事あり、ちょっと暗い気分でしたがとても有意義な時間を過ごせたと思います。
そして、その話を元に、僕たちは来る日に備え準備を進める事になりました。
勿論、その日までは自分たちの仕事もありますので、その合間にですけどね。
ともあれ、ダンジョンに潜る日は近い。
雪が降ったある日、僕たちはそう思ったのでした。
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