第204話 白天狐と従者

 「チヨリさん、最近休んでばかりで申し訳ないのですが……」

 「うむー。元々一人だったから、何も問題ないぞー。朝はしっかり仕事してくれたしなー」

 「最低限ですけどね」

 「助かるぞー。それに、ユアンは街の為となる仕事をするために帰るのだから気にしなくていいぞー」

 「はい、街が発展するように頑張ります!

 

 今日も、チヨリさんにお願いをし、午後はお休みを頂く事になりました。

 最近、休んでばかりいるような気がしますので、申し訳ない気持ちになります。

 

 「それじゃ、行ってきますね!」

 「うむー。気をつけてなー」 

 「はい! では、シアさん行きましょうか」

 「うん」


 僕の付き添いで、シアさんも今日のお仕事はおやすみです。

 あ、今日に限っては僕が付き添いかもしれませんけどね。

 というのも……。


 「転移魔法。凄く便利」

 「そうですね。僕も陣を使わずに使えるようになった方がみんなの役に立てますね」


 今日、僕達はタンザの街に急遽向かう事になりました。

 シアさんのお姉さんである、イルミナさんに会いに行くためにです。

 ですが、転移魔法陣を使えるようになったのは、タンザを離れトレンティアに着いてからです。

 なので、タンザの街に僕達は飛ぶことは出来ません。

 なので、本来ならばタンザにはいけないのですが、僕以外にも転移魔法使える人がこの街に居る事を今朝思い出しました。

 それも、僕のように陣を使わずに、一度行った事のある場所であれば自由に飛べるという僕よりも凄い転移魔法が使える人がです。


 「やぁ、待ってたよ」

 「今日はよろしくお願いします」

 「うん。それで、タンザでいいんだよね?」

 「うん。イル姉の所にいく」

 「リンシアの姉って事はルリの姉って事でもあるね……正確な場所はわかるかい? わからないならルリに聞くけど」

 「説明が難しい。大変なら外でもいい」


 タンザの街は流通の要になっているだけあって、凄く広くて沢山のお店があります。

 それを口頭で説明しろと言われてもとてもじゃありませんが無理だと思います。


 「外か……それは厳しいかな」

 「何でですか?」

 「何でって……一応だけど、僕はあの国で皇子をやっていたんだ。そんな人がいきなり街を訪れたら騒ぎになると思わないかい?」

 「…………多分なりますね」


 忘れていましたが、シノさんはオルスティア第一皇子としてルード国で育っていましたね。

 あれだけ大きな街ですし、街に入ろうとすれば身分を確認されます。

 シノさんは有名でしたし、シノさんの事を知っている人が居てもおかしくはありません。

 

 「何処ならいい?」

 「そうだね……ルリの拠点だったら、大丈夫じゃないかな?」

 「わかった。そこでいい」

 「となると、ルリに聞いた方が早いな………………」


 シノさんが突然静かになりました。

 その代わりに、シノさんの家から全力疾走でルリちゃんが駆けてきました。


 「シノ様、お呼びですか!」

 「うん、ちょっと頼みたい事があってね」


 わかりました。念話ですね。

 きっとシノさんはルリちゃんを念話で呼び寄せたのだと思われます。


 「シノ様の頼みでしたら何なりと!」

 「そんなに張り切る事でもないけどね……ちょっと失礼するよ」

 「はにゃっ!?」


 いきなりシノさんとルリちゃんの顔が近づき……おでこ同士をくっ付けました。

 僕達の前で、えっと……いきなり恋人同士がするようなことをするかと思ってドキドキしましたが、違ったみたいです。

 まぁ、ルリちゃんは顔を真っ赤にしてますけどね。


 「し、しのさま!?」

 「ちょっと、我慢して、僕の質問を想像して」

 「…………はい」


 いつものルリちゃんらしくないですね。

 いつもなら無邪気にニコニコしているのに、今はすごくオドオドしています。


 「タンザにあったルリの拠点はどんな所かな?」

 「主に使っていた場所は……」

 「そこは、ユアン達が言った事はある?」

 「はい、一度だけ」

 

 ルリちゃんの答えにシノさんが頷いています。


 「ユアン、あれ何してる?」

 「多分ですけど、ルリちゃんの記憶でも覗いている……のかもしれませんね」


 それが契約魔法によるものなのか、単純にシノさんが使える魔法なのかはわかりませんが、どうやらシノさんはルリちゃんの考えている事を読み取れるみたいです。


 「最近…………したのはいつ?」

 「えっと、最後は……えぇっ!?」

 

 ルリちゃんがシノさんから距離をとりました。


 「み、みましたか……ルリの記憶を見ましたか!?」

 「どうだろうね?」

 「うー……酷いです」

 「ごめんごめん、冗談だよ? 決して、ルリがー……」

 「言わないでください!」


 えっと、いきなり何があったのでしょうか?

 涙目になりながら怒るルリちゃんに、それを見て楽しそうなシノさん。

 一体、シノさんはどんな質問をしたのでしょうか?


 「ねぇ、ルリちゃん? シノさんはどんな質問を……」

 「言わないんだよ! ユアンお姉ちゃんは知らなくてもいい事はあるんだよっ!」


 何故か僕まで怒られてしまいました。

 これは、聞かない方がよさそうですね。

 怒っていたと思ったら、ルリちゃんが本気でへこみ始めてしまいましたし。


 「うー……シノ様に嫌われちゃうんだよ」


 耳と尻尾がペタンとなっています。

 この辺りはシアさんとやっぱり姉妹ですね。

 シアさんも嫌な事があるとこうなったりますからね。

 落ち込み方がそっくりです。

 っと、今はそれどころじゃないですね。

 僕はシノさんをジッと見つめます。

 こうなった責任はシノさんにあるのですから、どうにかしてあげてください!

 そんな思いでシノさんを見つめます。


 「ちょっとからかっただけなんだけどなぁ……ルリ、大丈夫。ルリは僕の大事な従者だ。そんな事で嫌いにならないよ」

 「本当ですか?」


 シノさんがルリちゃんに声を掛けると、恐る恐ると言った感じでルリちゃんが顔をあげました。

 どうやら、大丈夫そうですね。

 シノさんとルリちゃんが真剣に見つめあっていますからね。


 「本当だよ。それに、そんなルリもとっても可愛いと思うよ」

 「うわぁぁぁぁ、シノ様のばかぁぁぁぁ!」


 あれ、僕はルリちゃんを慰めるようにお願いしたつもりですが、ルリちゃんは走って行ってしまいました。


 「シノさん?」

 「何だい?」

 「どういうことですか?」

 「どうもこうも見た通りだけど?」


 見た通りというと、シノさんがルリちゃんを虐めていたという事ですか?


 「シノさん?」

 「僕達には僕達なりの付き合いがあるってことさ」


 そう言われると、僕は困ります。

 人と人の付き合い方はそれぞれ違います。

 シノさんとルリちゃんがこれで上手くいっているのなら、僕が口出しする事はできません。

 できても、シノさんを注意することくらいしか出来ません。


 「シノ。ルリを虐めないで欲しい」


 だけど、僕が言いたい事はちゃんとシアさんが言ってくれました!

 妹を守るために、シノさんをちゃんと怒ってくれそうですね!


 「リンシアがそう言うのなら考えるけど……もしだよ? ユアンがちょっと意地悪だったらどうする?」

 「ユアンはユアン、受け入れる」

 

 僕はそんな事をしません!

 僕に優しくしてくれるシアさんには同じだけの優しさで返したいですからね。


 「そうだよね。ルリは僕を受け入れてくれているし、僕もルリを受け入れている」

 「だけど、虐めるのは違う」

 「そうかな? もしだよ……ユアンが…………で、…………だよ。って感じだったらリンシアは嫌かい?」

 「…………嫌じゃない」


 何ですか!

 僕のシアさんの耳元でシノさんは何かを言っています!

 それに、シアさんはシアさんで納得しています!

 それどころか、シノさんの行動を肯定するような返事まで!


 「むー!」

 「おっと、そんなに睨まないでくれるかい? 君のリンシアをとったりしないよ」

 「それじゃ、シアさんから離れてください! シアさんはこっちです!」

 「うん」


 僕はシノさんとシアさんの間に割って入り、シアさんの手をとりシノさんと距離をとらせます。


 「シアさん、何を言われたかはわかりませんが、シノさんの言う事なんか聞いちゃだめですよ。きっと碌でもない事しか言いませんからね!

 「わかった」

 

 転移魔法でタンザに連れてって貰おうと思っただけなのに、どうしてこうなるのでしょうか?

 やっぱり、シノさんはシノさんです。

 最近はちょっと親切でいい人かもと思い始めていましたが撤回です!


 「ま、ユアンもそのうちわかるよ」

 「わかりませんよ! 僕はシアさんの事を虐めたりなんかしませんからね」

 「だってさ」

 「知ってる。ユアンは、優しいから」

 

 優しいとかではなくて、普通な事だと思います。

 シアさんは僕にとって大事な人です。

 その大事な人が嫌な思いをするのは僕も嫌ですからね!


 「ま、ユアンの成長は今後に期待するとして、タンザに向かおうか」

 「はい、お礼は今度しますから送ったら直ぐに帰ってくださいね」


 送ってさえ貰えれば帰りは自力で帰って来れますからね。


 「冷たいなぁ。まぁ、僕が出歩くわけにはいかないからいいけどね。それじゃ、手を繋いで貰えるかな? 転移魔法は相手に触れていないと一緒には連れていけないからね」

 「シノさんが触れてないとダメですか?」

 「そんな事はないよ。僕がユアンに触れて、ユアンがリンシアに触れていれば平気さ」

 「わかりました」


 良かったです!

 これ以上、シアさんに近づいて貰いたくないですからね。

 シノさんが大丈夫というので、シアさんは僕が手を握り、一緒に移動してもらいます!

 

 「それじゃ、お願いします」

 「うん。転移魔法陣で慣れているかもしれないけど、一応目を瞑っておいた方がいい。少し勝手が違うから酔わないようにね」

 「わかりましたけど、僕が目を瞑っている間にシアさんには触れないでくださいね?」

 「わかってるよ。ユアンには嫌われたくないからね」


 もう手遅れですけどね。

 シノさんにはお世話になってますし、助けられてはいますが、それとこれとは別です!

 嫌いではありませんが、好きでもない。

 僕のシノさんへの評価はそんな感じです。

 

 「後で、ルリちゃんを慰めてくださいね」

 「平気さ。さっきも言ったけど、僕たちには僕たちなりの付き合いがあるから」

 「わかりました。次に会った時にルリちゃんに確認します」

 「ユアンも鬼畜だなぁ」

 「何がですか?」

 「こっちの話さ。それじゃ、遅くなっても仕方ない……二人とも目を瞑って……行くよ」


 失敗しても困りますので、そこはシノさんの言葉に従います。

 

 『シアさん、シノさんが変な事をしてきそうだったら教えてくださいね!』

 『わかった』

 『僕がシノさんから守りますから、僕のシアさんを絶対に守りますからね!』

 『うん!』


 その瞬間、身体がふわっと浮くような感覚に包まれました。

 これが、転移魔法なのですね。

 感覚でいえば転移魔法陣とは全然違います。

 転移魔法陣は魔法陣の間を歩くようなイメージですが、転移魔法は宙を飛ぶような感じです。

 折角ですので、転移魔法を学ばせて貰います。

 流れる魔力を汲み取れば不可能ではありません。

 そうすれば、次に何処かに行こうと思った時に、シノさんに頼む必要がありませんからね!

 何としても転移魔法をこの場で覚え、使えるようにしてみせます。

 その辺は僕の得意分野でもありますからね。

 転移魔法を解析しつつ、シノさんの動きにも注意を配りながら、僕たちは飛びました。

 そして、シノさんに声を掛けられ、目を開けると、僕たちは懐かしい場所にいました。

 たった一度だけですが、訪れた事のある場所。

 僕たちは無事にルリちゃんの住んでいた拠点に移動する事ができたのでした。

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