第198話 黒天狐、狙われる

 「こや……」


 スノーさん達が仕事をしている領主の館に向かう途中、この状態で絶対に会ってはいけないであろう人が前から歩いてきてしまいました。

 しかもですよ?

 もう、僕の事をしっかりと視認してしまっているのです。

 そして、真っすぐに僕達の方へと歩いてきます。


 「おや、その小さな狐は……」


 シアさんに抱えられた僕をみて、わざとらしくマジマジと僕を見ています。


 「くぁー!」

 「おっと、そんなに威嚇しないでもらえるかな?」


 うるさいです! あっち行ってください!

 会いたくなかった人物……シノさんが僕の事を笑いながらみてくるのです!


 「いやー、ユアンが獣化したと聞いてね? 心配だから様子を見に行こうと思っていたんだ」

 「こやっ!」


 別に心配される必要はないですよ!

 だから早くどっかに行って下さい!


 「それにしても……ぷっ」

 「こやっ!?」


 さっきから笑っていましたが、ついに耐え切れなくなったようにシノさんが吹きだしました。


 「くぁー!」

 「ごめんごめん。つい、ね?」


 ついで笑われるのは屈辱的過ぎます。

 人を笑うくらいならシノさんもやってみればいいと思います!

 そうすれば、獣化の難しさ、大変さがわかると思いますからね!


 「こやっ、こやっ!」

 「ユアンがシノも獣化してみろって言ってる」

 「僕もかい? まぁ、いいけど……っと」

 「こやっ!?」


 僕達の目の前に真っ白い大きな狐が現れました。


 「まぁ、難しいよね。それにあまり慣れていないから疲れるかな」


 難しいと言いながら、獣化石を使わずにシノさんは獣化に成功しました。


 「こやー……」

 「そんなに落ち込む必要はないさ。僕だって最初は失敗したからね。ユアンと同じ経験があるから、ユアンの事を笑えるのさ。昔、失敗した時の事を思い出してね」


 ただ、僕の事を笑った訳ではなかったみたいですね。

 シノさんがいつから獣化の練習をしていたのかはわかりませんが、シノさんも失敗した事があると聞くと、自信ではありませんが、獣化の難しさに納得いきますね。

 シノさんは色んなことを卒なくこなす人ですし。


 「っと、その調子じゃ、ユアンは大丈夫そうだし、今日中にやらなきゃいけない仕事があるから僕は行くよ。リンシア、ユアンをよろしく頼むね?」

 「言われなくても、任される」

 「頼もしいね。それじゃ、また」


 シノさんが畑のある方に去っていきます。もちろん、獣化は解いてからですけどね。

 僕だけでなく、シノさんまで獣化していたら騒ぎが更に大きくなりそうですからね。

 それにしても、思った以上に馬鹿にされなくて良かったです。多少笑われましたが、それくらいならいつもの事なので、特に気にするほどではありませんし。

 シノさんが去ったので、僕達も改めて領主の館に向かいました。

 

 「お止まりください」


 領主の館に着くと、領主の館の前で僕たちは行く手を阻まれました。


 「何?」

 「いえ……リンシアさんが動物を抱えているようでしたので……一応声を掛けた方がいいのかと」


 僕達の行く手を拒んだのはつい最近この街の兵士として就職をしたシエンさんでした。

 僕たちが人質として連れ去られた子供達を救出した時に盗賊をしていた人ですね。

 本人たちの希望により、この街の兵士として働き、スノーさんの部下となった為、今日は領主の館の警備兵として働いているみたいです。

 ちなみに給料はまだないそうです。

 盗賊行為に加担していた為、それによる罰みたいですね。勿論、住む場所と食事はしっかりと出ますので完全に無給という訳ではないみたいですけどね。

 そんなシエンさんはシアさんに抱えられた僕をみて、僕達を止めたみたいです。


 「平気、害はない」

 「と言われましても、この先は領主の館です。動物を連れられても困ります」

 「平気。スノー達には伝わっている。責任は私がもつ」

 「わかりました。スノー様のご友人ですので特別に許可は致します……が、私は止めましたからね?」

 「うん。口添えはする」

 「ありがとうございます。お通りください」


 良かったです。どうにか通して貰えました。

 これが、スノーさんと関係がなかったら絶対に通して貰えないでしょうからね。

 僕達とスノーさんは同じパーティーなので当然かもしれませんが、改めて繋がりは大事だと思いました。

 

 「スノー、入る」

 

 シアさんが軽くノックし、スノーさんが返事する前に扉を開けました。

 僕たちも何度も領主の館に入った事があるので、スノーさんが働く場所まではすんなり辿り着けます。

 それ以外の場所は、僕達の家よりも大きいので把握しきれていませんが、僕達が領主の館で用があるのは限られているので問題はありません。


 「うわー……本当に狐になってる!」


 僕たちが部屋に入った時、スノーさんは凄く疲れた顔をしていましたが、僕の姿をみるとスノーさんの表情が一変して笑顔になりました。


 「スノー様、先に仕事を終わらせてください」

 

 スノーさんが執務をしている席から立ちあがろうとすると、その両肩をアカネさんに抑えられ、強制的に席に戻されます。


 「お願い……ちょっとだけだから!」

 「ダメです。今日は朝の資料に目を通していただければそれで仕事は終わりですから我慢してください」

 「そんなー……」

 

 スノーさんが項垂れています。


 「それじゃ、私が代わりに……」


 部屋にはキアラちゃんも居ました。

 領主の館に人は基本的にこの三人しかいません。

 外には警備をしているシエンさん達が居たりしますが、基本的にはこの三人です。

 これから人を増やす予定ではいるみたいですが、まだまだその段階には至らないとスノーさんは頭をよく抱えていますので、結構な問題は多いみたいですね。

 他にも問題は山積みみたいですけど。

 それはさておき、仕事をさせられているスノーさんを横目に、キアラちゃんが僕達の前に来ました。


 「シアさん、私も抱っこしていいですか?」

 「うん。優しくする」

 「わかってますよ。ユアンさんこっちおいでー」

 「こやっ!」


 なんかいつもと扱いが違う気がしますが、キアラちゃんが僕を抱っこしたいというのでシアさんの腕からキアラちゃんの腕へと移動をします。


 「すごいフカフカしてる!」

 「うん。触り心地最高」


 自分ではわかりませんが、僕の毛はふわふわしていているみたいですね。


 「あー……ずるい」

 「ふふっ、スノーさんも仕事が終われば触れるよ?」

 「キアラまで~……先に抱っこさせてくれたらやる気でるのに……」

 「ダメです。仕事そっちのけで遊び続けるに決まってます。私も今日は用がありますので、終わらせてください」

 「……絶対に後でユアンを堪能してやるんだから……」

 「こやっ!?」


 僕を見るスノーさんの視線に寒気を感じた気がします!


 「スノー、ユアンを怖がらせない」

 「怖がらせてないし。後でいっぱい触らせて貰うだけだよ」

 「スノーさんがそういう時って……本当にいっぱい触ってくるんだよね」


 何か、怖くなってきましたよ。

 スノーさんとキアラちゃんは僕とシアさんの関係くらい仲がいいです。

 そのキアラちゃんが言うくらいです。きっと、普通に触るだけじゃ済まない気がしてきました。

 そして、その時は刻々と迫って来ているのがわかります。

 スノーさんが執務に集中する間、僕はシアさんとキアラちゃんに頭を撫でて貰ったり、首や耳の裏を掻いて貰ったりしました。

 なんか、本当に動物みたいな扱いを受けていますが、気持ちよくて眠くなってきますね。


 「くかぁ~~~」

 「欠伸」

 「かわいいですね!」


 んー……。これも本能かもしれませんね、眠い時は欠伸が出たりしますが、ここまで大きな欠伸は出ません。

 けど、獣化した今、欠伸が出そうになっても我慢ができないのです。


 「よし、終わった!」

 「こやっ!?」


 シアさんとキアラちゃんに撫でられ、うつらうつらしていると、スノーさんが大きな声を出しながら、ガタッと音を立て、椅子から立ちあがりました。

 その音に思わず、身体がびくっと反応をしてしまいます。

 獣化していると、物音とかもよく聞こえ、普段よりも敏感になっていますので、仕方ないですよね?


 「お疲れ様です。私は書類を纏めた後、帰りますので後はご自由に」

 「はい。アカネさんもお疲れ様でした」

 「また、明日もよろしくお願いします」

 「はい、また明日。失礼致します」


 アカネさんが僕達に一礼し、部屋を出ていきます。


 「ふふっ……これで私もユアンをモフモフできる……」

 「こやぁ…………」


 机を離れ、スノーさんがゆっくりと僕の方へ歩いてきます。

 怖い、何かすごーく怖いです!


 「スノー、ユアンが怖がってる」

 「耳と尻尾がペタンってなってるよ」

 「そんなつもりはないんだけど……」


 なら普通にしてください!

 どうして、そんなに手をワキワキしてにじり寄ってくるのですか!

 一歩一歩スノーさんがゆっくりと近づいてきます。

 まるで、獲物を見つけた虎が飛び掛かるタイミングを伺うようにゆっくりと……そして、スノーさんはついに僕の目の前まで……。

 捕まる……僕がそう思った時、執務室の部屋ノックをされました。


 「誰だ」

 「シエンです。ご報告があります」

 「……入れ」


 スノーさんが入室を許可すると、執務室の扉がゆっくりと開き、シエンさんが入ってきました。

 それと同時に、僕は何故だかすごく助かった気持ちになります。


 「北の森に魔物が出没したと、キアラさんの使い魔から報告がありました」

 「正確な数と種族は?」

 「数は二十程、種族はゴブリンです」

 「わかった。直ぐに出る。私達が到着するまで街に魔物が入らないように気をつけよ!」

 「はっ!」


 シエンさんがスノーさんに敬礼をし、執務室を後にします。

 きっと、一緒に兵士になった人達に伝えに行ったのですね。


 「最近多い」

 「そうだね。アリア様の話では魔物はあまり出ないって聞いたけど」

 「強力な魔物はって言ってたし、魔物自体はいるんじゃないかな」


 僕もそう思います。

街の人でも対処できる魔物は出たりするとかは聞いていましたからね。

 何にせよ、助かりました!

 僕たちが魔物の討伐に行かなければなりませんからね。スノーさんが僕をモフモフする時間はありません!


 「ねぇ……ゴブリンなら兵士に任せちゃダメかな?」

 「ダメ。契約違反」

 「そうだね。スノーさんがルールを破ったら無秩序になっちゃうよ」

 「そう……だよね」


 兵士となった人達は基本的に街を護って貰う事になっていますが、魔物などが現れた時は僕たちが基本的に対処するの事になっています。

 書面などで決まったルールではありませんが、この前の盗賊の件もあり、僕達も弓月の刻として活動しないと腕がなまってしまうという事で決めた僕たちのルールですね。

 もちろん、僕達の手が離せなくて、危険度が薄い魔物が現れた時は兵士にお願いする事もあると思いますけどね。

 出来るうちは僕達でやるという事になってます。


 「なら、ちゃちゃっと片付けよう!」

 「うん。街の安全を守らないとだね」

 「ユアンの戦いがみれる」

 「こやー!」


 任せてください!

 チヨリさんが言っていましたが、獣化したからこそ出来る攻撃方法があるって言っていましたからね!

 その方法も何となくですが教わり、魔力の流れから使えそうな気がします!


 「それで、終わったら……ね?」

 「こやっ……」


 終わったら、何ですか?

 って決まってますよね。

 スノーさんの視線は僕を捉えています。

 どうやら、この一件でうやむやには出来ないみたいです。

 仕方ありません。

 僕も覚悟を決めるしかないようです……流石に僕が本気で嫌がるようなことはスノーさんに限ってしないと思いますし、スノーさんを信じるまでです。

 それより先ずは森に現れたという魔物です。

 新たに手に入れた僕の力をみんなに見て貰うチャンスです!

 獣化に失敗しましたが、それでも獣化による力の一端を見せる事は出来ると思います!

 ですが、移動は身体が小さいので大変という事もあり、シアさんに抱っこされて向かうという情けない移動になってしまいました。

 早速出鼻をくじかれるような感じになりましたが、直ぐに汚名返上してみせます。

 相手はゴブリンの群れ。

 僕達の村を襲おうとした事を直ぐに後悔させてあげますよ!


 「こやー!」


 獣化した補助魔法使い、頑張ります!

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