第196話 補助魔法使い、獣化をする
「うー……寒いです」
本格的に冷えてきましたね。
朝食を終え、僕も仕事の為にチヨリさんの元に行くために家を出たのですが、冷たい風がドアを開けると吹き込んできました。
「ユアンさん、大丈夫ですか?」
「はい、これくらいならまだ……」
嬉しい事に朝はお見送りをしてくれる人がいます。
先日から僕たちの家で働いてくれることになったジーアさんとリコさんです。
「風邪をひかないように気をつけるんだよ~」
「大丈夫ですよ、僕は風邪はひいた事ありませんので!」
丈夫な体なのは僕の取り柄かもしれませんね。お腹も壊した事もありませんし、毒や麻痺にも耐性があるような気がします。
ただ、お腹いっぱい食べすぎると気持ち悪くなったりするので、それはまた別みたいですけどね。
「それじゃ、行ってきますね!」
「行ってくる」
「お気をつけて」
「夕飯に遅れないようにね~」
巫女服にエプロンをつけた二人に見送られ、寒いので手が冷えないようにシアさんと手を繋ぎ、一緒にお仕事に向かいます。
途中までなのが残念ですけど、仕事が終わればまた会えますし、それまでの我慢です!
「ユアン、また後で」
「はい! 頑張ってくださいね!」
「ユアンも頑張る」
そして、その時間も僅かです。
寂しくはないですよ。巡回を理由に後で会いに来てくれますからね。
「ユアンちゃん、おはよう!」
「はい、おはようございます」
「後で、チヨ婆のとこに行くから、また見てくれな!」
「怪我はしないでくださいね?」
僕もこの街にダイブ慣れ親しんできた気がしますね。
僕を見かけるとみんな挨拶をしてくれますし、おすそ分けとしてお野菜やお米を分けてくれる人も沢山居ます。
お米は収穫の時期が終わり、備蓄を分けてくれているので貰うのはちょっと気が引けますけどね、今年は豊作だったみたいですし、凄く嬉しいですね。
そんな感じでいつも通りの朝を過ごしながら、チヨリさんの元へ向かいます。
ただ、たま~に……と言いつつ、割と頻繁に予想外の事が起きたりもします。
「チヨリさん、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
「うむー。おはよう、よろしく頼むなー。それと、早速だけど、ユアンにお客さんが来てるなー」
「えっと、もしかしてまたですか?」
「うむー。中に居るから相手しといてくれなー」
「……わかりました」
今日はその日みたいですね。
ちょっと、面倒な気持ちが湧き出てきますが、僕にお客さんです。相手しない訳には行きませんね。
「おはようございます」
「おぅ! きたぜ!」
チヨリさんの家で我がもの顔で寛いでいたのは、まさかの虎王のトーマ様でした。
最初に訪れた時はとても驚きましたが、何回も訪れるので、最近では驚きよりもちょっと呆れの方が大きくなりつつあります。
だって、政務を放り出して来ているのですよ? 流石にマズいと思います。
「それで、今日は何の用ですか?」
「ちょっと、魔力酔いが酷くてな!」
そういう割にはすごく元気そうです。
ですが、トーマ様の魔力の流れを探ると、確かに体内に魔力が溜まっているのがわかります。
「もしかして、またですか?」
「仕方ないだろ! 此処に来る途中で獣化に必要な魔力が足りなくなりかけて、マナボトルを飲んだからな!」
「そうですか……けど、ゆっくり来ればいいじゃないですか。わざわざ獣化しないで」
「俺は忙しいんだ!」
忙しい人がこんな場所で寛いでいるとは思えませんけどね。
そもそも、ですよ?
トーマ様がここに来る理由はただ一つです。
そして、その理由が……。
「それじゃ、早く治してくれ!」
「わかりました……
「ふぉぉぉぉぉぉ!」
これなのよね。
トーマはこの為だけに、私の元を訪れている。
正直、
最初の頃に比べ、かなり慣れたとは思いますが、それでも痛いものは痛いです。
ちなみに慣れたというのは痛みにではなく、闇魔法を使う為の魔力回路が慣れたという意味です。
お陰で闇魔法の熟練度が上がっている気がしますが、闇魔法は苦手ですのであまり使いたくないです。色々と。
「それじゃ、俺は帰る! 代金は置いとくなからな! あと、マナボトルも貰ってくぞ!」
「わかりました。お気をつけてお帰りくださいね」
「おぅ、また来るからな!」
いえ、迷惑なので来ないでください。
と言えればかなり楽なのですけどね。
今度、アリア様に相談してみた方がいいですかね?
あぁ、でもこれだけでトーマ様はお金を置いてってくれるので、美味しい仕事といえば美味しいのですけどね。
「売れたなー」
「売れましたね」
そして、トーマ様はマナボトルを五本持ち、家の前で獣化して去っていきました。
何度もみんなが驚くから街の外で獣化してくれと頼んでも中々治してくれませんので、困ったものです。
「またいつ来るかわからないから、補充しないとなー」
「朝の診療が終わったら補充に行ってきますね」
「うむー。頼むなー」
そういえば、マナボトルの説明がまだでしたね。
マナボトルは簡単に説明すると、魔力を回復する為のポーションです。
魔力水を大量に手に入れる事が出来るようになったので、傷を癒すポーションだけではなく、マナボトルも作るようになりました。
といっても、僕は作り方を教えては貰いましたが、まだまだ腕が悪いようで中々上手く作れません。
ポーションならほぼ作れるようになりましたが、マナボトルは練習中だったりします。
そんな相談をしているとトーマ様が獣化して駆けていった方が騒がしくなりました。
どうやら、みんなを驚かせてしまったみたいですね。
幸いにも、今の所は僕達に非難を浴びせる人は居ませんが、そのうち苦情が来る可能性がありますね。
「でも、獣化って便利そうですよね」
それに、かっこいいですよね!
前にアリア様の獣化を見せて貰った事がありましたが、大きくてシュッとしてて、モフモフしてて、僕も出来たらと思った事がありました。
「なんだー、ユアンも獣化したいのかー?」
「あ、聞こえてましたか」
「うむー、耳は良いからなー」
耳だけではなく、目もいいですけどね。
それに、ポーションや薬を作る腕もです。
「チヨリさんも獣化できるのですか?」
「うむー。ずっとしてないが、できるぞー」
「凄いですね」
「凄くないぞー。練習すればユアンも出来るようになるなー」
「そうなのですか!?」
「うむー」
それは良い事を聞きました!
僕にも獣化できる可能性があるみたいですよ!
けど、練習が必要みたいですね。
「どんな練習をすれば出来るようになるのですか?」
「獣化を繰り返すだけだぞー」
え、それだけですか?
「うむー。獣化は慣れだからなー。獣化した体、体内に流れる魔力、変化した身体の感覚を掴むまで繰り返すだけだぞー」
確かに、獣化すると四足歩行になりますからね。僕たちは獣人なので、二足歩行の生き物です。
それが、四足歩行をするとなるとかなり感覚が変わりそうですね。
「それだけじゃないぞー。視点も変わるかし、体の可動域も変わるぞ」
今まで見えていたものも変わってしまうみたいですね。
そして、何よりも大変なのが体内に流れる魔力の操作らしいです。
「獣化は魔力を使うからなー、これが上手く操作できないと、普段使っている魔法も使えないし、獣化も上手くいかないなー」
「簡単には会得出来ないって事ですね」
「だなー。獣化は使い手を選ぶからなー」
それでも、挑戦するだけの価値はあるかもしれませんよね?
「チヨリさん、僕にも獣化を教えて貰えませんか?」
「いいぞー、ちょっと待ってなー」
何と、快くチヨリさんは僕のお願いを聞いてくれました。
そして、準備があるようでチヨリさんは物置に向かい何かを取り出してきたようです。
「待たせたなー」
「それは?」
チヨリさんの手には、掌サイズの結晶のようなものが握られていました。
「獣化石、私らはそう呼んでいたなー」
「獣化石ですか?」
「うむー。正式名称は違うみたいだが、人の潜在能力、本能を呼び起こすと言われている石だぞー」
獣化する為だけのモノではないみたいですが、今回はそれを使って、僕に協力してくれるみたいですね!
うー……わくわくしますよね!
もしかしたらですよ?
僕もアリア様みたくおっきくなって、かっこいい姿に変身できるかもしれませんからね!
そしたら、シアさんを背中に乗っけたりも出来るかもしれませんよね、シアさん喜んでくれますかね?
「ユアン、集中しないと失敗するぞー」
「あ、はい!」
そうでした、まずは成功しない事には意味がありませんでした。
獣化は誰でもできる訳ではないみたいですからね、練習と鍛錬を積み重ねた人だけが出来る難易度の高い……魔法?みたいなものらしいです。
「ここでおっきくなっても困るからなー、外でやるぞー」
「わかりました」
まだ、朝の診療まで時間はあるので助かりました。
獣化するところを見られるのは何となく恥ずかしい気がしますからね。
「それじゃ、これを握れー」
「こう、で大丈夫ですか?」
「うむー。後は獣化石に魔力を流しつつ、己の本能と向き合うだけだぞー」
「本能……ですね」
僕の中に眠っている獣の血に呼び掛ければいいのですかね?
あれ、でも本能って何なんでしょうか?
えっと、動物の狐の本能は……。
すごく難しいです。
魔力の流れがとかではなく、自分の中に眠っているであろう本能と向き合うのが凄く難しいのです。
そもそも、獣人って、狐って……。
「余分な事は考えるなー、獣化したい気持ちを膨れ上がらせろ」
「……はい!」
いきなり知らない事をやろうとするのは無理ですよね。
チヨリさんも僕ではまだ無理だとわかったみたいで、指示を変えてきました。
「僕は、獣化したい。シアさんに喜んで貰いたい」
なので、願いを強く込める。
ただ、それだけに集中する事にしました。
そして、獣化石が次第に熱を帯びていくのがわかります。
目を瞑っているのでわかりませんが、まるで獣化石が発光しているような感覚が掌を通じて伝わってきました。
「そのまま、獣化石と意識を混濁させろー」
「…………」
チヨリさんの声が遠く、遠くに聞こえました。
それと同時に、身体が熱くなっていくのがわかります。
「仕上げだぞー、獣化を唱えろー」
「……じゅうか」
自分の声なのに、違う誰かが呟いた声が聞こえた気がします。
それと同時に、身体が引き延ばされたり、縮まったりしているような感覚が訪れ……。
体の中から光が漏れだすような気がしました。そして、パリパリと卵が孵化するような音が僕の耳に届き、体内の熱がスーッと拡散するように引いて行きました。
「うむー、獣化したなー」
チヨリさんの声が、いつもより鮮明に聞こえました。
そして、ゆっくりと目を開けると、いつもと違った景色が映っていたのでした。
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