第194話 弓月の刻、リコ達の村へと着く

 「みんな~戻ったよ!」

 「ただいま戻りました」


 リコさん達の村……何というか僕たちの街に負けず劣らずの長閑な所でした。

 ですが、雰囲気はとてもピリピリしているように感じます。

 リコさん達が戻った事に安堵した表情をしていましたが、僕達の姿を見ると一転険しい表情へと変わったのです。


 「お待ちしておりました、巫女様」

 

 そして、街の中央から杖をついた老人がリコさんに向かって深く頭を下げました。


 「お待たせ、それで変わりはなかった?」

 「はい、今の所は。それと、その者達は? それに、子供達の姿が見えないようですが……」


 明らかに僕たちの事を警戒していますね。


 「大丈夫、ちゃんと子供たちは無事だよ」

 「今は安全な場所で体を休めています」

 「安全な場所? そんな場所が何処に……」

 「見ればわかるよ~。ユアンちゃん、お願いね。それと、フードはとっていいよ!」

 「わかりました」


 僕は今、フードを被っていました。

 山を登るにつれて、寒さが酷いですし、リコさんに村に入るときはフードを被っていた方がいいと忠告されましたからね。

 ですが、リコさんの許可もおりましたし、僕はフードを外します。


 「おぉ、貴女様が噂の黒天狐様でしたか!」

 「えっと、皆さんは黒天狐様を知っているようですが、僕はその黒天狐様とは別人ですよ」


 いつも通りこれは伝えておかないといけませんね。

 それにしてもやっぱり、ここでもそういう反応になるのですね。驚いた感じではなさそうですけどね。

 そういえば、リコさんとジーアさんは驚きませんでしたよね?

 それに、お戻りにってどういう事でしょうか?

 そんな事を考えている間に、リコさんが村の人たちに説明をしてくれたようです。


 「それじゃ、皆さんを私の社へと案内するけど構わないかな?」

 「はい、長い旅路ご苦労様でした」

 

 そして、すんなりと僕たちは通して貰えました。


 「私の立場……」

 

 とスノーさんがやるせない感じでしたけど、僕たちは村の人に見られつつもリコさんのお家へと向かいました。


 「ここが私のお家だよ!」

 「小さい」

 「シアさん、そういう事言っちゃダメですよ!」

 「ま、事実だからねぇ。狭いけど入って入って~」


 小さいといっても、僕達が全員入っても問題ないほどの広さはありました。

 その代わり、最低限の家具しか置かれていないようで、ベッド以外に机も椅子も見当たりません。


 「えっと、シンプルなお部屋ですね」

 「気を遣わなくて大丈夫だよ。どうせ寝るだけしか使わない部屋だしね。今は」

 「そうなのですね」


 ですが、それならベッドしかない事に納得しますね。


 「そういえば、敷地に入るときにあった門みたいなのは何なのですか?」

 「あぁー、あれね」


 村を横断するように抜けた先にリコさんのお家はありました。

 そして、村とリコさんのお家を仕切るようにして、階段を登った先に門のようなものがあったのです。

 ですが、門と言っても扉がありませんし、柱と柱が繋がっているだけのものだったので、僕は凄く気になりました。


 「あれは、鳥居と言います。今、私達は神域へと踏み入れていますので」

 「神域ですか?」

 

 聞いた事のない言葉です。


 「ようはあの鳥居を境に、人と神様の土地とを区切っているのさ」

 「神様の土地?」


 神様を崇拝する文化があるのは知っています。

 流石にどんな宗教で、何を崇拝しているまでは知りませんけど、聖女様が祈りを捧げるために各地を回っているなどは聞いた事があります。

 もしかして、これがそうなのでしょうか?


 「ま、宗教に馴染みのない人はわからないかもね」

 「はい、全くわからないです」

 

 そもそも目に見えないものを崇める事の意味がわかりませんからね。

 

 「聖女様は神様に祈りと身を授け、その恩恵として聖魔法を授かると言われています」

 「そうなのですか……」


 聖魔法。僕が使う回復魔法なんかその部類に入りますね。


 「それと同じくして、私はこの神域へと身を置き、加護を貰ってる感じかな」

 「そうなのですね?」


 えっと、ここは神様の土地で、リコさんが祈りを捧げるお陰で加護が貰えているという事ですかね?

 そして、その加護とは前に話をしてくれた予知夢に繋がるという事でしょうか。


 「ですが、僕も聖魔法は使えますよ? 僕は神様に祈りを捧げた事はありません」


 神様に祈りを捧げ、そのお返しに加護として聖魔法が使えるようになるとなると僕は当てはまりません。


 「ま、関係ないだろうからね。聖女様の場合は最初から聖魔法を使う事が出来て、それをいいように使われているんじゃないかな?」


 僕もリコさんの意見に賛成です。

 聖魔法は珍しい魔法です。

 ですが、使える人がいないかと問われるとそうではありません。

 ただ、他の属性の魔法に比べ、使い手が少ないってだけだと思います。


 「という事は、リコさんもですか?」

 「ううん。私は確かに加護を貰っているよ」

 「本当ですか?」


 疑う訳ではありませんが、リコさんは聖女様の加護を否定……とまではいいませんが、加護とは関係ないと言いました。

 それなのに、リコさん自身は加護を授かっているといいます。


 「信じられないかな?」

 「はい、目に見えないものは、簡単には信じられませんからね」


 ゴーストはまだ魔物として存在を確認されているのでわかります。

 あれは魔素の塊が自我をもったのだと言われています。

 僕に例えるのは変ですけど、僕に実体があるかどうか差みたいなものです。

 僕は魔力溜まりから生まれたみたいですからね。

 ですが、シノさんが見た幽霊は信じられません。

 魔素から生まれたのではなく、元々生きていた魂がこの世に未練を残し、それが実体となったと言われているのですからね。

 魂の概念は否定はしませんが、それが実体となって表れると言われても、それは信じられないですし、信じたくありません!

 だって、怖いですからね。

 っと、話がそれましたが、リコさんが言う加護というのも目に見えない為、信じてあげたいですけど、信じる事はできません。


 「ちなみに、加護が本当ならば、その加護は誰から授かっているのですか?」

 「それはだねー……」


 リコさんは困った顔をしてしまいました。


 「すみません、変な質問をしてしまって」

 

 リコさんを責めている訳でもないですし、嘘をついているとも思いません。

 なのに、リコさんを困らせてしまいました。

 本当に加護というものがあるのならば、それを知りたいと思う探求心が溢れてしまっただけです。

 なので、リコさんが困っているのならばそれ以上は追及しない方がいいと思います。

 そもそもリコさんの敷地の入り口にあった、トリイと呼ばれるものが気になっただけですしね。


 「お姉ちゃん、どうする?」

 「どうするって……どちらにしても、知っておいて貰った方がいいと思うな」

 「そうだよね。私もそう思う」


 と、僕の考えをよそに、リコさんとジーアさんはそれを説明する方向でいるみたいです。


 「よし、わかった! 私達の加護が何なのか、ユアンちゃん達に教えてあげよう」

 「え、本当ですか?」

 「うんうん。ユアンちゃん達にはお世話になったし、領主で在られるスノーさんにも知っていてもらわないといけない事だろうしね」

 「私にも?」

 「そうだよ~。私達の村がスノーさんの領地である以上、あとで知らなかったと言われても困るからね~」


 むむむ……もしかして、厄介ごとの予感がしますよ?

 僕の勘は鋭くはありませんが、トラブルが起きそうな勘に関しては上手く働くことができます。

 働くだけで、解決策を見いだせないですけどね。


 「それじゃ、その前に子供達をお家に返してあげて貰えるかな?」

 「そうですね。お父さんお母さんに早く会わせてあげたいですからね」


 話に夢中になって忘れていた訳ではありませんよ?

 ちゃんと覚えていて、話が一段落したら送る予定でいましからね?

 その証拠……ではありませんが、もうすぐ村に着くことを子供に伝えてありましたので、僕が迎えに行くと、子供達は部屋で大人しく待っていてくれましたよ。

 中には帰りたくないと駄々をこねる子も居ましたが、お父さんとお母さんが心配していると伝えると、素直についてきてくれました。

 

 「お姉ちゃん達、本当にありがとー」

 「はい。みんなが無事で本当に良かったです」

 「いつかお礼をするねー」

 「いいえ。皆さんがこれから無事に大きくなってくれればそれがお礼ですよ」

 「変なのー」

 「そうかもしれませんね」


 そして、あっという間にお別れの時です。

 もちろん永遠の別れではありませんし、会おうと思えば会う事は出来ます。

 なので、嬉しい事に涙の別れではなく、笑顔で見送る事ができました。


 「私は子供達を送り届けてきます」

 「うん、よろしくね~」


 子供達だけで戻らせる訳にはいかないので、ジーアさんが送り届けてくれる事になりました。

 ジーアさんは送り届けたら直ぐに戻ってくるみたいです。


 「それじゃ、子供達の事も心配いらなそうだし、ユアンちゃん達をある所に案内するよ」

 「ある所、ですか?」

 「うんうん。ついてくればわかるよ。村の人達でも限られた人しか入れない場所だけどね」


 笑顔で、しかもさらっとそんな事を言われました!

 ますますこれはトラブルの予感が漂ってきた気がします。

 どうやらその事にスノーさんとキアラちゃんも感じ取ったようで、二人の顔が引き締まりました。

 シアさんはいつも通りですね。


 「大丈夫。そこはまだ危険な場所ではないからね」

 「そこは、ですか?」

 「おっと、続きはついてからのお楽しみだよ。それじゃ、こっちこっち」


 リコさんとの付き合いは決して長い訳ではありませんが、何となくリコさんの性格が掴めてきた気がします。

 何というか、シアさんと違ったタイプですごくマイペースなのです。

 そして、それがとても自然と出ているので、嫌な感じはせずについつい付き合う事になってしまいます。

 まぁ、今の僕達に断るという選択肢はありませんけどね。

 領主であるスノーさんには知っておいて貰た方がいいと言われてしまいましたからね。

 それに、この村に着いた時、僕に……正確には黒天狐様に戻られました、と言いました。

 きっと、それにも関係があるような気がします。

 かつて黒天狐様が此処で何をしていたのか、凄く気になります。

 それを知るためにも、僕たちはリコさんの後に続き、リコさんのお家の更に奥へと向かっていくのでした。

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