第185話 弓月の刻、少女たちを助ける
「この人達……初めて見る人ですね」
「うん。私も初めて見た」
街の人であれば、大体の人の顔は何となくですが覚えました。
毎日のように僕の元を訪れてくれる人もいますし、シアさんも警邏で街の中を回っているので話はあまりしないみたいですが、お互いに顔は覚えたといった感じのようです。
ですが、目の前で横になっている少女二人の顔は見た事ありません。
そもそも僕たちと同い年くらいの子は居ませんからね。
本当に子供か、僕たちよりもかなり年上の人達かで分かれています。
「それに、変わった格好をしていますね」
「うん」
二人とも赤と白色を基調にしたローブ……とも違いますね? スカートを足首まで伸ばしたような珍しい格好をしています。
こんな格好をしていれば凄く目立つと思いますので、この二人は街の人ではない事はわかりますね。
「とりあえず、容態をみないといけませんね」
僕は並んで横たわる少女の傍に膝をつき、倒れた原因を探っていきます。
「外部的な傷はありませんし、呼吸も安定しています」
頭を打った様子もなく、血を流した形跡もありません。呼吸も安定している事から肺などの損傷も考えにくいですね。
ただ、眠っている。
僕にはそんな感じに見えます。
「となると、気を失った原因が他にあると思うのですが……まぁ、直ぐの直ぐには心配はないと思います」
心配は全くない訳ではないです。
ですが、原因は何となくわかりました。
前に一度、似たような状況を見た事ありますからね。
「大丈夫なの?」
「はい、直ぐに戻って手当……というよりも処置すれば大丈夫だと思います」
問題はどうやって運ぶかですね。
一人はシアさんに運んで貰うとして、もう一人は……僕でもいけますかね?
二人の身長は僕よりも大きいです。
僕もシアさんとの繋がりのお陰でそれなりに身体能力は向上はしましたが、抱きかかえるにしろおんぶをするにしても、バランスを保つのが難しいかもしれません。
それに、その状態で魔物が接近してきたら対処に困りますしね。
「問題ない。助けを呼んだ……ほら」
「本当ですね。助かりました」
どうやらシアさんが機転を利かせてくれたみたいです。
「はぁ……はぁ……お待たせ」
「えっと、大丈夫ですか?」
「うん……、大丈夫……ゲホッ!」
「もぉ、飛ばし過ぎだよ。ユアンさん、お待たせしました」
手助けに来てくれたのはスノーさんとキアラちゃんです。
しかし、よほど急いで来たのか、珍しくスノーさんが激しく息を乱しています。
「スノー、運動不足」
「まぁ……それは否定できないかな」
「けど、日に日に痩せていますよね」
「やつれてるって感じだろうけどね」
僕たちは朝食は一緒に過ごしますが、その後はバラバラだったりします。
食べれる時は夕食も一緒に食事をとりますけど、スノーさんとキアラちゃんの仕事の都合上で遅くなる日もありますからね。
流石に日を跨ぐことはありませんが、ずっと座りっぱなしで、アカネさんに厳しい指導を受ける日々にスノーさんは結構やられているみたいです。
スノーさんを見ていると本当に領主をやらなくて良かったと思います。
「っと、そうではありませんでした。スノーさん息が整いましたら僕たちの家まで運んで貰えますか?」
「うん、構わないけどチヨリさんの所じゃなくていいの?」
「はい、原因の目星はつきましたので」
そう言ってキアラちゃんの方を見ると、首を傾げて不思議そうに僕を見ています。
「では、戻りましょう。防御魔法を張りますが、それでも魔物は危険ですので、キアラちゃんは二人の援護をお願いします」
「うん……なんか久しぶりだね」
「そうですね。たまにはみんなでこうやって冒険したいですね」
平和にのんびり暮らす生活は悪くありません。
ですが、この四人で色んなことを経験してきました。それはそれで充実していて刺激がありましたね。
なので、久しぶりに四人でこうして行動するのは楽しく思えます。
状況が状況ですので、楽しんでばかりはいられませんけどね。でも、それでも嬉しい気持ちは湧き出てきます。
そんな感じで、僕たちは短い弓月の刻としての行動を終え、僕たちの家に向かっていきました。
「では、すぐに準備しちゃいますね」
「うん。私達は二人を見ておくよ」
「私はお風呂の準備しとく」
「お願いします」
「私はユアンさんを手伝うね」
部屋が沢山あるお陰で、空いている部屋に二人を寝かせ僕は治療の準備を進めます。
まぁ、治療といっても特別な事はしませんけどね。
まずは、部屋の温度を上げ、暖かいお布団で少し休ませてあげれば、目を覚ますと思います。
そして、陽が落ちる前に久々に四人で集まれたので僕たちの分を用意するついでに暖かく、栄養のある食事を食べさせてあげれば大丈夫だと思います。
その為に、僕とキアラちゃん厨房へと向かいます。
「原因は何だったの?」
「キアラちゃんと出会った時と同じですよ」
「私と?」
「はい、原因は主に空腹です」
「あ……」
キアラちゃんの顔が赤くなっていきます。
キアラちゃんと出会った時、キアラちゃんは空腹で倒れていました。
その後、ご飯を食べさせてあげればすっかり元気になったので、今回もそこまで心配はいらないと思います。
ただ、あの時と違うのは外の気温が低かった事です。
いつからあそこで倒れていたのかはわかりませんが、二人の体を触るとすごく冷えていたので、そこが少し心配です。
雪が降り始める時期だったら、発見した状況次第では最悪の結末を迎えていたかもしれませんので、不幸中の幸いというやつでしょうけど。
「えっと、それで夕食だよね」
「そうですね、栄養があって美味しい食事を作っちゃいましょうか」
となると、スープ系はあった方がいいですよね?
なので、僕はある食材を収納魔法から取り出し、その調理を始めます。
が、キアラちゃんから待ったが掛かります。
「あの、ユアンさんそれはダメだと思うよ」
「何でですか? ゴブリンの干し肉様は栄養もあって体が温まりますよ?」
香辛料を使っているので、スープで煮れば出汁にもなりますし、スープの味付けにもなります。
そして、栄養もきっとたっぷりです!
「えっと、チヨリさんに影響されすぎだと思います」
「そんな事ありませんよ?」
チヨリさんから教わった事はポーションなどの作り方だけではありません。
食べ物、もっと言えば肉や野菜などの食材に含まれる栄養素、それを摂取する事で得られる恩恵なども教わったりしています。
そして、ゴブリンの干し肉様を食べて頂いた所、かなりの好評でした。
なので、チヨリさんの影響とかではなく、助けた二人が元気になるのであれば、惜しみなく使うべきだと思います。
半年前だったら渋ったかもしれませんが、人助けの為に使えるようになれたのは僕が成長したのと、経済的に余裕が出てきたからかもしれませんね。
「でも、貰った食材もありますし、新鮮なうちに使った方がいいと思うよ」
「むむむ……それもそうですね」
冷蔵庫や日の当たらない場所に街の人から採れたばかりの野菜などを保管してあります。
全て僕の収納魔法に入れておいてもいいのですが、今の所この家の料理担当は僕とキアラちゃんです。
キアラちゃんも料理する事を考えると全て収納する訳にもいきませんので、そっちに保管している訳です。
「わかりました、今日はそっちの食材を先に使いましょうか」
「うん!…………良かった」
「キアラちゃん、何か言いましたか?」
「ううん! 何でもないよ、ほら、二人が目を覚ます前に作っちゃおう?」
「そうですね?」
何か話を逸らされた気がしますが、気のせいですよね?
ともあれ、キアラちゃんの言う通り、夕飯を仕上げないといけませんね。
まぁ、二人がいつ目を覚ますのかわかりませんし、簡単な料理でかつ栄養がある料理が良さそうですね。
となると、お米は収納魔法を使うとして、それに合った料理がいいですね。
「では、僕はお味噌汁を作っておきます」
「うん。私はお米にあうおかずを作っておくね」
この一か月で街の人からお米に合う料理とかも教わりました。
中でもお味噌汁というスープは僕の中でお気に入りです。
お味噌の作り方はわからないので頂いた物を使いますが、色々な野菜に合いますのでその日の気分で変えられるのもいい感じです。
それに、作り方も複雑ではないのが助かります。
料理によっては作る順番があって大変なのが多いですからね。
そして、僕の方は割と簡単に済んだので、キアラちゃんの方を見ると、キアラちゃんも簡単な料理を選んだみたいですね。
「キアラちゃん上手ですね」
「はい、スノーさんが好きみたいだから練習しました」
フライパンの取っ手をトントンと叩きながらオハシを使いながら卵を熱で長方形のような形に纏めていきます。
卵を使った料理で卵焼きという料理みたいです。
「味付けはどうしますか?」
「砂糖を入れて甘くしてありますよ」
「僕はそれが一番好きですね」
「私もです」
簡単な料理なのに、味付けが色々出来るのが面白い料理でもあります。
砂糖を入れない代わりに、大根を摺り下ろしたものを乗っけて、お醤油というしょっぱい黒いソースをかけて食べるのも美味しいですしね。
「後は二人で作っちゃいましょうか」
「はい、これだけだとおかずは少ないですからね」
ご飯、お味噌汁のスープ、卵焼き。
これだけだと少し寂しいですからね。
という訳で、もう一品二人で作る事に決めました。
そして、もう一品作り終える頃、スノーさんが訪れ、二人が目を覚ましそうという連絡が届きました。
「それじゃ、私とキアラで料理を運んでおくから、ユアンが案内してあげて」
「わかりました」
初対面の人と話すのは緊張しますが、病人の相手をするのは僕が一番適しているので仕方ありませんね。
目を覚まして、四人に囲まれていたらびっくりすると思いますしね。
『シアさん、もうすぐ二人が目を覚ましそうなので、終わったら先に食堂で待っていてください』
『わかった。もう、待ってる』
お風呂にお湯を張るだけなので、僕たちが料理している間に終わったみたいですね。
なので、後は二人が目を覚ますだけですね。
僕は二人が眠る部屋に戻り、二人の容態を気にしつつ、起きるのをジッと待つ事にしました。
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