第153話 援軍
「右軍は騎馬の到着を待たずに乗り切った模様です」
「うん、いい感じだね。でも、冒険者達を少し休ませる必要があるし、騎馬はそのまま進めて、騎馬隊で魔物と冒険者の間に壁を作って前線を下げよう」
騎馬達が足を止めない限り、そこに割って入るのは難しいだろうし、いい時間稼ぎになる。
だけど、時間を稼ぐだけでは足りない。
騎馬隊を全て失う事も同時に避けなければならない。
まぁ、最悪は左軍の浮いた騎馬隊を右軍に送る手もあるけど、時間がかかるからそれは避けたい。
そして、宰相もその事に気付いているらしく、起こりうる可能性の一つを僕に伝えてくる。
「大型の魔物が出現した場合、騎馬隊の流れが途切れ、騎馬隊を損失する可能性があります」
「そうだね。けど、もう一部隊、動かしているよね?」
「念の為に、ですが」
「その部隊をサポートにつける。それなら確実に両部隊が半数ずつは生き残ると思うよ」
この戦いで犠牲を出さずに戦うのは不可能に近い。
「ですが……あの部隊の指揮は、あの子ですよ?」
「うん、だからこそ信頼に長ける」
「…………それほど、ですか?」
「そうだね。宰相ほどではないけど、僕に忠義を尽くしてくれている事はよくわかるよ」
「なら、これ以上は何も言いません」
宰相らしくないな。
あの子の事を褒めたら珍しく拗ねている。
まぁ、宰相が一番とわかっているから、この程度で済んでいるっぽいけどね。
全く、女心というのは難しいな。
「まぁ、今はそういう話をする時ではないからね」
「わかっています……けど」
「けど、どうしたんだい?」
「何でもありません。しかし、あの子は本来……」
強引に話を変えてきたね。
だけど、それでいい。
今は未来の為、僕たちの野望の為に動かなければならない。
「うん。わかった上でさ。でも、そっち方面だけでなく、戦闘の腕もあるのは確かさ。特に、集団を相手にした戦いに関しては騎士団に所属する誰よりも腕がたつよ」
ちょっと、戦い方が特殊だけどね。
「だからこそ不安です。集団戦が得意なのは私も存じていますが、あくまで自分以外の相手……敵も味方も関係なく、ですよね」
「そうなるね」
「そうすると、味方にも被害が出るのでは?」
確かに、その危惧もあるね。
「そこは、あの子を信じるしかないかな。そもそも、あの子の力を借りずに済むかもしれないし」
「そうなる事を祈るばかりですね」
まぁ、あの子が戦闘になるって事は、それだけ魔物を対処できないという事だし、あの子が味方を一緒に巻き込むとかそういった話し以前の問題だ。
その状態になった時点で、魔物にやられるか、あの子にやられるかの違いでしかない。
「それともう一つ、よろしいですか?」
「何だい?」
「左軍の事です」
右軍はこれでいい。
騎馬隊とあの子の部隊を前線にあげ、冒険者の立て直しを図る。
問題がそろそろ出てくるとすれば、左軍だと思っていたけど、どうやらその予感が当たったみたいだね。
悪い方に。
「アルティカ軍の勢いが見るからに落ちています」
「だろうね。勢いだけでどうにかなる魔物の数ではないからね」
アルティカ軍が出した兵の数は……。
僕は手元の資料にざっと目を通す。
「虎王が千、他が各三百ずつ、か」
鼬王に限っては一人も出していないみたいだけどね。
まぁ、そこは正直どうでもいい。あの王は戦闘には向いていない王だ。
どちらかと言うと、頭を使い、悪だくみをするタイプだね。
「オルスティア様みたいですね」
「まだ、気にしているのかい? ちなみに僕は頭を使うよりも戦闘に出る方が得意だからね」
「わかっておりますよ」
「なら、いいけどさ」
全く、これでもルード帝国で育ち、教育を受けてきた身だ。そこら辺の兵士じゃ僕の相手にならないという自負はあるよ。
そうだね……僕の相手をしたいなら、それこそ魔族の王でも引っ張って来ないとね?
「オルスティア様が何を考えているのかわかりませんが、恐らくそれは無理かと」
「そんな事ないよ? 宰相は僕の本気を見た事ないからそう思うだけさ」
「そう言う事にしておきます……で、話の続きですが」
「そうだったね。アルティカ軍がどうしたのかな?」
まぁ、大体の想像は着くけどね。
「このままですと、崩壊します」
「だろうね。狐王が撤退した時点で総崩れになるよ」
虎王が無暗に突っ込むせいで、狐王がサポートに回っている。
狼王が動いているのも恐らくは狐王の指示だろうし、相手がそこに目をつけたなら非常に危ういね。
「直ぐにでも援軍を送るべきかと」
「そうだね……虎王と協力させるために槍兵くらいなら出してもいいけど…………っとその必要性はなさそうだね」
僕が槍兵を援軍に出そうか悩んでいると、まるで地面が揺れたのかと錯覚するほどの、雄たけびが響いた。
「あ、あの軍勢は?」
宰相が驚き、直ぐに首を傾げた。
雄たけびと同時に、アルティカの国境から五百ほどの兵が移動を始めていたのだから。
まぁ、それだけなら何も疑問に思う事はないだろう。
「あの軍は一体……」
「見事に混合部隊だね」
虎や狼の獣人だけではなく、兎や猫など様々な種族が集まった部隊が速度を上げ移動をしている。
「そうだったね、ここに集まっていたのは何も獣王が連れてきた兵だけではなかったという事か」
「では、一体誰が連れてきたのですか?」
「誰も連れて来ていないのさ。居たんだよ、最初からね」
「なるほど、国境警備兵ですか」
「そう言う事だね」
しかもあれが全てという訳ではないだろう。
何せ、国境を囲む壁は長い。
全てを集めればルード軍に匹敵する数がいるかもしれない。
「もし、これが戦争でしたら……」
「変わらないよ。ルードの国境にも同じだけ兵はいるからね。その時は僕たちの軍も増やせばいい」
だけど、今回はアルティカ共和国と戦争にしに来た訳ではない。だから、僕たちの方は保険の為に置いてきた。
僕たちが負けた時、本当の最終防衛ラインとして使うためにね。
「それにしても、少数ですね。あれで、援軍になるのでしょうか?」
「なるんじゃないかな? 数じゃなくて質を集めたのならね」
そういえば、報告に上がってきていたな。
国境の兵が、とある冒険者、に鍛えられてるって。
「少数精鋭ですか、ではこちらの動きはどう致しますか?」
「必要ないと思うけど、槍兵が動ける準備だけしておいてくれればいいよ」
「わかりました」
「それに、僕たちもそろそろ前衛に向かわないといけない頃だ。今、兵士を動かしても邪魔になる」
戦いもそろそろ中盤に差し掛かった頃だろう。
お互い様子見の戦いは終わる。
ここからは力と力……暴力と暴力の差が勝敗を分ける。
どちらが過激に、そして残酷無慈悲に戦えるかが重要だ。
「楽しくなってきたね」
「私はそうでもありません」
「まぁ、僕もだよ。ただ、終わりが見え始めたのは楽しいでしょ?」
「そこは同意です……これが終われば」
「うん、そうだね」
野望が叶う。
だから、その為に僕たちは戦わなければならない。
沢山の犠牲を伴うとわかってもね。
「俺たちの役目はなんだ!」
「「「国境を護る事です!!!」」」
目の前で広がっている光景に最初は戸惑った。
俺達はこの日の為に、訓練と鍛錬を繰り返してきた。
それなのに、戦っているのはルード軍と獣王様達が連れてきた兵士達。
これでは、俺たちの準備が全て無駄になる。
そんな事は、許せる筈がない。
それに……。
「お前達の師匠は何処にいる!」
「「「戦場です!!!」」」
弓月の刻殿達の姿を俺達はこの目で見た。
たった4人でルード軍の中に消えていくのを捉えたのだ。
たった4人で何が出来る?
普通だったらそう思う所だが、俺から見てあの方達は普通ではない。
きっと、何かしらの功績を残すと確信が不思議と持てる。
「あの方達だけに任せていいと思うか! あの方たちに成長した姿を見せないで終わって良いのか!」
「「「否!!!」」」
弓月の刻殿達が去ってから、一部の兵士達の態度が豹変した。
やる気に満ち溢れ、己を鍛え、知識を深め、日に日に成長していく姿が見て取れたのだ。
そして、俺の前にその兵士達が目を輝かせ、俺の合図を今か今かと待ち望んでいる。
弓月の刻殿達の姿を見ただけで士気が爆発した。それを抑えれるモノは今、この場には誰も居ない。
当然、俺もだ。
俺の年は30を越え、己の限界が見えていた。
しかし、それが勘違いだった。
俺は俺自身の限界を勝手に決めていただけだった。
それを教えてくれたのがあの方達。
俺よりも一回り以上に年下の彼女らにそれを教わったのだ。
「我らの力を見せるのはいつだ!」
「「「今しかありません!!!」」」
そうだ、弓月の刻殿達はと会える機会は早々ないだろう。
もしかしたら、この機会が最後の可能性もある。
今動かなかったら、一生後悔して生きる事になるだろう。
当然、目の前に死の匂いがちらついているのもわかっている。
だが、それを踏まえて俺は言う。
「俺は出る! ついてきたい者だけ、ついて来い!」
国境の警備兵たちの総括を俺は任されている。
本来ならば、大人しくこの場に留まるのが正解だろう。
しかし、立場は関係ない。もし立場が邪魔をするのならば、欲しい奴にくれてやる。
今は、ギギアナ……虎族の誇りに懸けて戦う時だ。
「行くぞ! 俺達の敵は魔物! 殲滅するぞ!」
「「「■■■■■■■■■!!!」」」
様々な種族が雄たけびを上げた。
普段は大人しい兎族の者まで声を張り上げている。
俺達の士気は、この戦場に存在するどの部隊よりも遥かに高い。
今からそれをぶつけてやろう。
精々、後悔し、嘆くがいい。
俺達に喧嘩を売った事を。
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