第109話 弓月の刻、森の魔物から逃げる
さて、翌日から龍人族の住んでいたという街を拠点に封印された魔物の痕跡を探し始めた訳ですが……。
「また来ましたよ!」
「面倒」
「嫌になります……」
僕たちは絶賛魔物に追いかけられている最中です……しかも、3日連続で、です!
「ユアンさん、また追い付かれちゃいますよ!」
わかってます!
わかってますけど、魔物の方が僕たちよりも移動速度が速いのでどうしようもありません!
「きた」
魔物が僕の防御魔法の上に乗り、影ができます。
カチカチと歯をぶつけ、長い足が防御魔法をカンカンと叩きます。
「「きゃーーーー!!!」」
僕とスノーさんが悲鳴をあげました。
「撤退! 撤退します!」
僕は即座に転移魔法陣を龍人族の街へと繋げます。
「無理、あれは無理……」
「出来ました! は、はやく戻りましょう!」
我先にとスノーさんが転移魔法陣へと飛び込み、それに続き、キアラちゃんとシアさん、僕が龍人族の街へと移動します。
灯りのない部屋、少しかび臭い部屋ですが、自分が知っている場所という事もあり、安心できます。
今日も無事に戻ってこれました。
僕とスノーさんは肩で息をし、呼吸を整えます。
「倒せばいい」
「で、出来たら苦労しません!」
シアさんは簡単に言いますが、それが出来ないから3日連続で追いかけまわされいるのです。
「そんなに苦手なのです?」
「無理! まず見た目が無理!」
「長く細かく動く脚、その足に生えた短い毛……それだけで鳥肌が立ちますよ!」
「それに、その脚が8本……」
魔物の特徴を思い出しただけで身震いします。夢に出てきたらどうしましょう……。
「所詮は蜘蛛、それだけ」
「それだけじゃありませんよ!」
そうです、僕たちを毎日追いかけまわしているのは蜘蛛型の魔物です。
確か、
特徴としては、巣をはらずに素早く木々の間を移動し、糸を吐きだし相手の動きを止め、鋭い歯や爪で獲物を仕留める事で知られています。
「
そういう問題ではありません!
キアラちゃんが上げた名前はどちらもBランクに指定される魔物ですが、魔物の強さが問題ではないのです!
問題は相手が蜘蛛型の魔物って所です。
「どうしてそんなに嫌いなのですか? スノーさんは何となくわかりますけど……」
「それは……」
思いだしたくもありませんが、苦手な理由を話せば少しは理解してくれるかもしれませんので、勇気を振り絞り話す事にしました。
「まだ、僕が孤児院に居た頃の話ですが、時々、院長先生と一緒に近くの森に出かける事があったのです……」
そこは魔物が居ない森で、野生動物はいるものの、危険とされる動物はいない平和な森でした。
「そこは川もあり、自然の恵みが豊かな場所で、子供と一緒に釣りをしたり、木の実やキノコを採ったりできる場所だったのです」
その日は川と森の探索に分かれ行動していて、院長先生が川を、僕が森の中を子供を連れて行動していたのです。
「それで、僕は子供の面倒をみつつ、キノコを探したり、木のみを採ったりしてた訳です」
その時は別に蜘蛛が怖いとかはなかったです。なので、普通に森の中を探し回っていました。
そして、それが間違いだったのです。
「僕は少し高い木、子供達では登れないような木に、木の実が生っているのを見つけたのです」
見つけたのは、孤児院の男の子でしたけどね。
「それで、僕がそれを採りに木に登ったのですが……運悪く蜘蛛の巣に引っかかってしまったのです、しかも顔にですよ?」
あれは不注意でした。いえ、あの状況なら気づかないのは仕方ないです。
足場となる木の枝に注意が向きますからね。
「それで、蜘蛛が嫌いになったのです?」
「いえ、それだけなら良かったのです」
顔に引っかかった蜘蛛の巣をとり、僕は無事に木の実を採る事ができました。
「それなら問題なさそうですけど……」
「いえ、怖いのはここからなのです」
続きを話そうとしただけで身震いがします。
「その後、問題なく木の実を採ったり、キノコを採ったりし、日が落ちはじめようとしたので、僕たちは川で釣りをしている院長先生と合流をしたのです」
そして、合流をした僕たちは日が落ちる前に村にある孤児院へと戻りました。
「何も起きてない」
「これからです!」
何も起きてなかったら僕は蜘蛛に苦手意識、いえ、嫌いになってません!
「僕は忌み子と呼ばれ育ってきました。それに、帝都の近くという事もあり、商人や旅人が立ち寄る事が多々あったのです。なので、僕は普段からローブを羽織り、フードを被って生活していたのです」
僕の姿を立ち寄った人が見かけると、酷い言葉を浴びせたり、村が僕を匿っていると難癖つけてきたりしましたからね。
「それで、その日も村に近づいたので、僕はフードを被ったのです」
ここまで話せば、大体想像はできますよね?
「もしかして、蜘蛛がフードに……」
「その通りです。被った瞬間に、頭の上を動き回る感触、それを払いのけた時に触れた重さ、地面に落ちた黄色と黒の斑模様……」
全身に鳥肌が立ちました!
「それ以来、ユアンさんは……」
「はい、一種のトラウマです。それ以来、蜘蛛は苦手です……」
小さな蜘蛛でしたら多少は見てみぬ振りはできます。
ですが、一定の大きさ……硬貨ほどの大きさになったら、もう無理です。
同じ空間に居ると思っただけで落ち着きませんし、眠れません!
もし、落ちてきたらと考えると……。
「トラウマなら仕方ない」
「私もそんな経験したら無理かもです……」
「わかってくれたなら良かったです」
人によっては平気な体験かもしれませんからね。
シアさんなら全く気にしなさそうですし。
「スノーは?」
「私? 私は虫全般が嫌いだから……」
正確に虫ではないようですけどね、けど、あれは虫みたいなものです。むしろ虫よりも怖いです!
益虫と言って、害のある虫を捕食してくれるようですが、僕たちの為ではなく、自分たちが生きるためにやっている事であって、僕たちの事を考えてやっている訳ではありませんしね!
「それは知ってる」
「そうですね、他の虫よりも嫌っていそうですし」
ワームは触るのが出来ないだけで見る事は出来ましたが、蜘蛛は僕と同じで見るだけで嫌、って感じでしたね。
「あるけど……思い出すからあまり話したくはないかな」
「そんなに?」
「逆に気になります」
「そこまで言うなら……ユアンみたく直接何かがあった訳じゃないけどね」
そう前置きし、スノーさんは嫌いになったエピソードを話してくれました。
「まだ小さい頃なんだけど、小さい頃から騎士を目指して訓練を繰り返し、毎日疲れて家に帰っていたんだけどね。その日の訓練はいつも以上に厳しくて、家に帰ったとたんに眠気に襲われ寝ちゃったんだ」
今の所は普通の話ぽいですね。
「それで、夕飯に呼ばれて目が覚めたんだけど、近くに大きな……それこそ掌くらいの蜘蛛が居たのね」
起きたら目の前にその大きさの蜘蛛が居た……考えただけで叫びそうになりますね。
「私はその頃は別に苦手じゃなかったから、気にしなかったんだけど、父親が夕食に来ない私の様子を見に来て、蜘蛛を見つけて倒したんだ」
無事に乗り切ったようで何よりです!
ですが、それだと苦手になるエピソードではないと思いますけど。
「だけど、それがマズかったみたい。ねぇ、蜘蛛の子を散らすって言葉、知ってるよね?」
割と良く使う言葉ではありますね。
魔物のリーダーを倒したら、配下の魔物が蜘蛛の子を散らすように逃げていったとか。
「知ってる」
「じゃあ、それの言葉の由来は知ってる? ううん、見た事は、ある?」
「ないです」
「そうかぁ……私は見ちゃったんだよね、その時に……その蜘蛛、卵を持ってたみたいで、父親が蜘蛛を潰した瞬間、黒くて小さな……それが四方八方にうじゃーーってね……」
黒くて小さな……それって子蜘蛛、ですよね……。
「私、それ以来、蜘蛛が苦手なんだぁー」
スノーさんが目が生気を失い、遠い目をしています。
「……どうにかあの魔物を避ける方法考える」
「そうですね、二人の為にもどうにかしないとですね……」
二人は僕たちが蜘蛛型の魔物が無理な事を理解してくれたようです。
「私が倒してくる」
「私もご一緒しますよ」
「それはダメですよ、危険ですからね」
二人だけに押し付ける訳にはいきません。
移動速度は相手の方が上ですし、何よりも糸が危険です。
「糸に捕まったら簡単に脱出できませんよ」
「捕まらなければいい」
「ダメです。防御魔法で歯や爪を防げても、防御魔法の上から糸でぐるぐる巻きにされたらそれまでですからね!」
防御魔法の効果は1時間ほどで切れます。
その間に糸でぐるぐる巻きにされて、どこかに連れ去られたら大変な事になります。
自力で脱出するか、仲間の助けを待つかを1時間以内にしなければかなり危険です。
僕はずっと張り続けれますが、シアさん、スノーさんはどうにかなるとして、キアラちゃんが捕まったら助けにいくしか方法はなさそうです。
「なら、どうしますか?」
「見つからないように、どうにか移動するしか方法はなさそうですね」
「面倒。倒した方が早い」
うぅ、それが出来ないから困っているのですよ……。
「ユアンさんが防御魔法を張って、目を瞑っている間に私とシアさんが終わらせるから大丈夫ですよ」
「私達に任せる。防御魔法の中から一方的に攻撃すればいいだけ」
確かに、それなら安全ですが、近くに蜘蛛がいると思うだけで……。
「それなら……倒すだけなら、ユアンさんに
「名案!」
「わ、わたしは?」
苦手なのは僕だけではありませんからね。
「えっと、スノーさんはシアさんをモフモフしていたらいいと思います。それとも、ラディをモフモフします? 柔らかくて触り心地はいいですので」
「シアがいい……」
「却下」
「シア、お願い! 私達、友達だよね、仲間だよね!」
「……今回だけ」
スノーさんの必死の願いが伝わったようですね。
「でも、大丈夫ですか? キアラちゃん一人に任せてしまう事になりますが……」
「うん、散々みんなに助けて貰ったから頑張ります」
拳を強く握り、キアラちゃんが頷きながらそう言ってくれました。
「キアラ、ありがと……後でいっぱい耳触ってあげるね」
「はい! 私、頑張ります!」
それはスノーさんにとってもご褒美のような気もしますが、キアラちゃんがそれで納得しているのならいいのですかね?
「なら、早速いく」
「そうですね」
作戦が決まり、早速二人が森へと行こうと言っています。
ですが、反対する人が二人いました。
当然、僕とスノーさんです!
「えっと、明日にしない?」
「そうですね……今から向かっても、もうお昼ですし……」
心が折れるとそう簡単に立ち直れません!
今日、もう一度、あの魔物に出会うなんて考えられません!
「だけど、もう3日も無駄に過ごしてしまってます」
「時間は有限」
言っている事はわかります。
わかりますが、嫌なものは嫌です!
なので、僕はシアさんに提案をし、どうにか再び森に出る事を避ける事にします。
「シアさん、今日この後、好きなだけモフモフしてもいいですから……明日にしませんか?」
「明日にするべき。ユアンの判断は正しい」
まずはシアさんを仲間に引き入れました!
スノーさんは最初からこちらの陣営なので、後はキアラちゃんです!
「キアラ、さっきは後でって言ったけど、頑張ってくれる前払いはどう? 沢山撫でて、耳を触ってあげるよ?」
「うーん……そういう事なら仕方ないですね。ですが、後でユアンさんの耳と尻尾を私にも触らせてくださいね?」
「なら、私はスノーとの模擬戦する」
「「決まりですね(だね)!!!」」
それくらいで済むのならお安い御用です!
「って事で、今日はトレンティアに戻りましょう!」
「うんうん、すぐ戻ろう!」
トレンティアへの転移魔法陣は既に設置してありますからすぐに移動できます!
こうして僕たちはトレンティアの家へと戻ってきたのですが……。
「あら、また来たの?」
「はい、休むには丁度いい場所ですので」
僕たちがトレンティアの家へと戻ってくると、フルールさんが僕たちの家で何かを探している所に出くわしました。
「旅してれば仕方ないわね。とりあえず、ちょっと待ってもらえる? お茶の準備はしてあげるけど、その前にちょっとやる事があってね」
「はい、構いませんが? 何か手伝えることはありますか?」
探し物なら手伝った方が早いですし、管理してくれているとはいえ、フルールさんに丸投げという訳にはいきません。
「大丈夫、っとここに居たか」
「何か居たのですか?」
「うん、これこれ。可愛いでしょ?」
フルールさんが手で何かを包み、捕まえていたのを見せてくれます。
「「きゃーーーー!!!」」
僕とスノーさんが同時に悲鳴をあげました。
そう、フルールさんが捕まえたのは掌サイズくらいある大きな蜘蛛だったのです!
「そこまで驚く事? 虫とか捕まえてくれて便利なんだけど……まぁ、苦手なら今後は別の子に掃除を頼むようにするわね」
「え、掃除ってフルールさんがやってくれていたのではないのですか?」
「流石に全部は無理だからね。ある程度なら言う事聞いてくれるし、虫だけじゃなくて埃とかも食べてくれるから放してあったんだけど、気づかなかった?」
「し、知りませんよ!」
僕たちが居る時は姿を隠していたみたいですが、僕たちの寛いでる時も寝ている時も近くに居たみたいです……。
「まぁ、ローゼに言いつけられても困るし、今後は気をつけるからさ」
「そうしてくださいね?」
「うん、1匹は常に残すけどそこは許してね。蜘蛛の天敵は蜘蛛だし、自然に入り込んできたのは退治するようにしたいからね」
「僕たちの見えない所に居てもらうようにしてくださいね?」
「うん、一応そう指示はしておくわね」
気付かないだけで、蜘蛛は何処にでも居るのですね……そして、常に蜘蛛と一緒に生活する事を知ってしまいました。
僕の目の届かない場所に居てくれることを願うばかりです。
蜘蛛って本当に怖いですよね?
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