第87話 弓月の刻、湖の攻防戦をはじめる2
トレントを盾にゴブリン達が矢を放ち、こちらの魔法と矢が入れ違いになるように交差する。
「矢がきます、各自身を守ってください!」
ゴブリンが矢を放つ寸前にスノーさんが指示を出しますが、その必要はありません。
「矢ぐらいなら問題ありませんよ……
探知魔法と同じように、バリアーにも幾つか種類があります。
個人にかける防御魔法、僕を中心にドーム状に展開される、遠距離攻撃や魔物の侵入を防ぐ攻撃遮断。
どちらも呼び方は同じバリアーですが、内容が違います。
ドームにゴブリンが放った矢が当たり、金属音と共に矢が地面に落ちていきます。
そして、こちらの放った矢はドームに妨害されることはなく、魔物たちに降り注ぎました。
「ユアンさん、効いていないみたいですよ」
「そうですね、火は有効ですがそれ以外は効果が薄いみたいですね」
ゴブリンは迫りくる矢と魔法を確認すると、素早くトレントの後ろへと避難しました。そして、矢と魔法を受けたトレントは矢は体に刺さり、魔法を受けていますが、何事もなく進軍してきます。
「ユアンさん、アレ!」
トレントと前衛の距離が10メートル程に迫り、防御魔法に触れるくらいの距離まで近づいてきました。
「あれが、変異種の能力みたいですね」
トレントの葉の部分から蔓みたいなのが伸びました。
その蔓が騎士たちに迫り、ドーム状に展開された防御魔法に阻まれます。
カンッという音が響き、攻撃を防いだことがわかりました。そして、そのまま蔓が防御魔法に張り付きます。
そして、僕は驚く事になります。
「なっ! 気をつけてください、防御魔法が壊れます!」
トレント達から数多くの、それこそ数十本の蔓が防御魔法を破壊しようとしているのが伝わってきます。
それほどあの蔓には威力があるのでしょうか?
そして、防御魔法が決壊しました。
「フィオナ、カリーナ、援護しろ!」
「「はい!!」」
そして、決壊すると同時に、
伸びた蔓を刻み、3人がトレントの懐へと潜り込みます。懐というよりも根元といった方が正しいかもしれませんけど。
そんな事はどうでもいいです。
カリーナさんとフィリップ様には
二人の剣がトレントを深々と切りつけ、フィオナさんの槍がトレントの体に穴を空けました。
「一度、下がるぞ!」
攻撃を受けたトレント達の動きが鈍くなり、進軍が一瞬遅くなりました。
ですが、動きこそ鈍くなったものの、進軍は止まりません。
そして、オーガと同じように再生が始まっています。
やはり、核を破壊するか、変異したきっかけとなる角を破壊するしかなさそうですね。
それならば……。
「アークライト!」
広範囲に魔法を飛ばし、トレントの核の位置を緑色の光の玉が浮かび上がらせ知らせてくれます。
「次に、
「後衛部隊、緑色の玉を狙い、放て!」
弓部隊に付与魔法を与え、魔法使いにはフェアリーウィンド……魔力増加の効果がある補助魔法を付与します。
矢を防ごうとした蔓を吹き飛ばしながら、矢がトレントを貫いていきます。
そして、極太の氷の雨がトレントに降り注ぎ、トレントに深く突き刺さります。
その攻撃で核を破壊されたトレントが5匹ほど、巻き込まれたゴブリンが3匹ほど倒れました。
それと同時に溶け始める体。倒したことが証明されます。
「キアラちゃんもお願いします」
「任せてください!」
キアラちゃんにも
「スノーさん、屈んでください!」
「え……わかった!」
スノーさんは言われた通り身を屈めます。スノーさんは弓の射線上に居た訳ではありません。邪魔になっている訳ではないと思いますが、その意図はすぐにわかりました。
「スノーさん、背中借ります!」
キアラちゃんはスノーさんの背中を踏み台に高く飛び上がりました。
「3連です!」
空中でバランスを保ち、飛び上がりながら1本、最高到達点で1本、落下しながら1本、素早く矢を放ちます。
放たれた矢はトレントの核を的確に射貫き、隠れていたゴブリンも同時に貫きました。
その行方をキアラちゃんは見届けています。
「キアラ!」
キアラちゃんは着地の事は考えていないようで、地面を見ていません。
それを救ったのはスノーさんでした。
スノーさんは落下してくるキアラちゃんを衝撃を殺しながら受け止めます。
「スノーさん、信じてました」
「キアラも意外と大胆な事をするね」
お姫様抱っこの状態で二人が見つめあってます。
これが戦闘中でなければ、邪魔をしないのですが、そうはいきません。
僕は見つめあう二人に申し訳なく思いつつも声をかけます。
「二人ともイチャイチャするのは後にして、魔物に集中を!」
僕の言葉に二人が慌てました。
スノーさんがキアラちゃんを下ろし、キアラちゃんが僕の隣に戻ってきます。
「二人ともいい雰囲気でしたね」
「そ、そんな事、ないですよ!
キアラちゃんは顔が赤くなりながら否定します。
「後で詳しく聞かせて貰うとして、今は魔物をどうにかしましょう」
「わかりましたが……本当に何もないからね?」
誤魔化すように矢を射初めるキアラちゃん、若干動揺してるのか、3射のうち1本が外れました。
シアさんがこの場にいたら、甘いって小言を言われそうですね。
ですが、今の攻撃でこちらの被害はゼロで魔物は2割ほど減らす事が出来ました。上出来だと思います。
しかし、一筋縄ではいかないのが魔物との戦闘です。
トレントと前衛の騎士がついに接敵しました。
「蔓に気をつけてください!」
蔓は僕の防御魔法を簡単に破壊しました。それほどの威力があるのかもしれません。
「キアラは前線のトレントを狙い、後衛部隊は魔物の後方に攻撃を放て!」
スノーさんが後衛部隊に指示を出します。
「うわっ!」
前線でも動きがありました。
騎士の一人が宙へと舞い上がります。足には蔓が巻き付き、騎士を持ち上げたようです。
そして、その蔓は個人にかけてあった防御魔法を容易く突破し、騎士の体へと巻き付きます。
「た、たすけ……」
「離しなさい!」
カリーナさんが騎士を吊り上げたトレントに近づき、蔓を切断します。
「大丈夫か!?」
「ぐっ……うぅ……」
落下してきた騎士をフィリップ様が受け止め、様子を伺います。
「リカバリー!」
苦しそうにしている騎士に回復魔法をかけます。少し距離が離れていますが問題ありません。
「隊長、ありがとうございます」
「礼ならユアン殿とカリーナに言ってくれ。俺は受け止めただけだ」
「ですが、こうして受け止めてくれました」
「大事な部下だ、当たりまえだろう……まだ、戦えるか?」
「お任せください!」
さっきのスノーさんとキアラちゃんと同じような状態ですが……なんか見てて変な気持ちになります。
男同士が見つめあって……少し気持ちがわるい……いえ、何でもありません。
それよりも蔓の対策です!
「今ので何となくわかりました!
再度、ドーム状に展開した
「ユアン、簡単に突破されるよ」
「大丈夫です、魔力勝負なら負けませんよ」
正直、防御魔法を突破されたのは僕の油断です。
ですが、補助魔法を生業としている僕として、このまま何もできずに終わる訳にはいきません。
何故、防御魔法が破壊されてしまったかわかりましたからね!
「スノーさん、僕は守りに集中しますので、後は任せます」
「信じてるよ」
「任せてください!」
僕は魔力を防御魔法にひたすら注ぎ込む事だけに集中します。
先ほどと同じようにトレントから蔓が伸び、防御魔法に触れました。
その瞬間、防御魔法の魔力の流れを探ります。
「やっぱりですね」
トレントの蔓は確かに太く頑丈です。
しかし、いくら数が多いからと言って、
なので、別の原因があると僕は思いました。
そして、トレンティアの初夜に見た事を思い出したのです。
「トレントは湖の水から魔力を補充していましたからね」
トレントは魔力を吸収する術を持っている。僕はそう思いました。
そして、それは予想通りでした。防御魔法から魔力を吸収……
防御魔法の魔力を吸い取り脆くしていたのです!
ですが、それがわかれば対処は簡単です。
僕は防御魔法に魔力を注ぎ、破壊される前に強化を繰り返すだけです。魔力が尽きるが先か、搾取の限界を迎えるのが先かの勝負です。
「トレントは隙だらけだ、後衛攻撃開始!」
更に僕の援護として弓と魔法がトレントを襲います。僕が防御魔法で援護しているのに、その援護というのも変ですけどね。
「出来れば、一撃で仕留めて貰えると助かります!」
仕留められなかったトレントが体の修復を始めました。修復には体内の魔力を使っているようなので、僕から再び魔力を
「わかったよ。キアラ、確実にお願い」
「任せてください!」
キアラちゃんがゆっくり丁寧に、トレントの核を射貫きます。
それと同時に、トレントの
「理性を奪った事が裏目にでましたね!」
理性があれば途中で
おなか一杯食べれば、これ以上食べれないと箸を置きますよね。それ以上食べても受け付けず、無理に詰め込めば胃が破裂しますから。
ですが、トレントはおなか一杯の状態で無理に詰め込むように魔力を吸い続けました。
そして、ついに蔓が限界を迎えたのです。
「今ね、前衛一気に片をつけて!」
「俺に続け、突撃だ!」
フィリップ様を先頭にトレントとゴブリンに突撃していきます。
トレントの脅威は蔓と高い防御力です。
ですが、トレントの蔓は僕が破壊し、高い防御力は
さらには、
その3人を中心に、蹂躙とも呼べる戦いが始まりました。
そして、数分後にフィリップ様が最後のトレントの核を剣で貫き、その場に残っている魔物の姿はなくなります。
「我々勝利だ!」
「「「おぉぉぉぉぉ!!!」」」
歓声があがりました。
「どうにかなったね」
「はい、ですがまだ終わりではありませんよ」
反対の方は未だ決着がつかず、両軍入り乱れた状態になっています。
移動と戦いを含めれば間もなく1時間が経過する頃です。つまりは防御魔法が切れる頃合い……均衡が崩れる可能性があります。
出来れば防御魔法が切れる前に、決着をつけて貰いたかったですが、そうもいかないようです。
その原因は直ぐに判明します。
僕は、少し不思議に思っていた事がありました。
魔物の数は100体程度と聞いおり、ゴブリン60体、トレント40体ほどの割合です。
多少増減はあると思いますが、2面作戦でゴブリンよりも強力なトレントにゴブリンの援護をつける必要があるのかと。わざわざゴブリン部隊の数を減らす真似をしてまで。
ですが、その理由は簡単です。
「敵の増援を確認、ゴブリンが向かって来ています!」
その数は50程でしょうか?
森の入り口から新たにゴブリンが出現し、こちらに進軍を始めました。
そして、向こうがゴブリンと防御魔法がありながら苦戦している理由も増援があったからだと予想できます。
最初から、数は100体程ではなかったという事です。
「キティの報告じゃ増援はいないって言ってたのに……」
「僕の探知魔法でもなかったですよ。なので、隠された魔法陣から送り出したのだと思います」
最初に魔物の数を知らせるように見せていたのは、魔法陣から目を背けさせる為だったのかもしれませんね。
完全に裏をかかれました。
「だが、倒せばいいだけの話だ」
「トレントとの戦いでは後衛ばかり目立っていましたからね、今度は私達前衛の出番です」
この状況にフィリップ様が嬉しそうにしています。元からこんな性格ならいいですけど、僕の魔法のせいで好戦的になっている訳ではないですよね?
「1時間以内に決着は出来そうですか?」
「問題ない。冒険者の方が不安か?」
「はい、危険な状態になるかもしれません。そろそろ向こうの防御魔法の効果が切れます」
「そうか、弓月の刻はそっちに向かってくれ。こちらは俺たちでどうにかしよう」
「お願いします」
騎士の方々に防御魔法をかけなおし、僕たちは冒険者の援護に向かう事になりました。
第2幕の始まりです。
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