第86話 弓月の刻、湖の攻防戦をはじめる

 「動きました!」

 「うわぁ……嫌なタイミングで動いてきたね」


 嫌そうに、スノーさんが言うのも無理はありません。

 ちょうど、仮眠をとろうかと思ったタイミングで魔物は動き出しましたからね。

 まるで狙ったようなタイミング、いえ、きっと魔物を駆使している者は狙っていたのだと思います。

 そのお陰で若干冒険者達に動揺がはしり、バタバタしていますからね。


 「落ち着け!魔物の進行は遅い、直ぐに準備を整えろ!」


 コウさんが冒険者を落ち着かせるために大声を張り上げます。


 「キアラちゃん、魔物がどう分かれているかわかりますか?」

 「ちょっと待ってくださいね……キティ!」

 「お呼びでしょうか、キアラルカ様」


 キアラちゃんが魔物の動きを観察させていたキティさんを召喚します。


 「状況は?」

 「南にゴブリンが北にトレントが向かっていると思われ、両方の軍勢にオーガが混ざっているようです。ただ、私どもは夜は目が効かず、確実とはいえません」

 「わかった、無理させてごめんね」

 「いえ、キアラルカ様の為ですから」


 そして、より詳しく情報を得る為にキティさんは再び、夜空へと飛び立ち、僕たちはキティさんの情報をコウさんに伝えます。


 「そうか、すぐに行動に移そう。グロー、冒険者を率いて向かってくれ

 「わかった」」

 「では、僕たちはこのまま騎士団の方に戻りますね」

 「迎撃が厳しいと思ったら無理をせず、前線を下げろ。本陣の者を援護に向かわせる」


 本陣に居る冒険者は低ランクの人ばかりですので、いざとなったらシアさんに援護を頼む事もあるかもしれませんね。


 「フィリップ様、僕たちは北側に向かう事になりました。予定通り、相手はトレントが主だそうです」

 「わかった、すぐに向かおう」

 「はい、その前に僕は冒険者達の方に行ってきます」

 「わかったが、直ぐに戻って貰えると助かる」

 

 大丈夫です。そこまで時間のかかる事はしませんからね。

 僕はフィリップ様に後で必ず合流する事を伝え、その場を離れました。


 「各自、ポーションは持っているか!」

 「問題ないっす!」

 「では、向かうぞ!」


 冒険者達の方も準備は出来たようで、ちょうど出発するタイミングのようでした。


 「少し、よろしいですか?」

 「ん、どうした?騎士団の方はいいのか?」

 「はい、用事が終わりましたら直ぐに戻ります」

 「用事?」


 そうです。僕は用事があってこっちに顔を出しました。

 

 「みなさんが無事に戻って来れる様に願って……防御魔法バリアー!」


 冒険者達に防御魔法を付与しておきます。

 

 「効果は1時間ほどで切れますが、防御力を少しあげました。効果が切れた時は肌で感じる事が出来ると思うので気をつけてくださいね」


 付与魔法エンチャウント身体能力向ブーストは使用しません。冒険者には冒険者の戦い方があり、下手な付与を与えると感覚のズレが起きる可能性がありますからね。謂わば仲間専用の魔法です。


 「嬢ちゃんありがとうよ!」

 「無事に戻ったら、食事でも一緒にいこうぜ!」

 「幼女万歳」


 トレンティアの冒険者はいい人が多いと思いました。だから、是非とも無事に戻って貰いたいと思います。

 ちなみに、また変な言葉が聞こえた気がしましたが、僕は幼女じゃありませんからね?

 成人として認められる15歳ですし、数か月もすれば16歳になりますからね!


 「では、また後で会いましょうね!」

 「「「またな!!!」」」


 冒険者たちの元を離れ、僕は先に迎撃に向かった騎士団の後を追いかけました。





 「お待たせしました」

 「ユアン、何処に行っていたの?」

 「冒険者の方にちょっと」

 「な、ナンパですか!?」

 「違います! 防御魔法をかけてきただけです!」


 僕が合流する頃には隊列は組み終わり、いつでも戦える準備は出来ているようでした。

 

 「ほぉ、ユアン殿がナンパか、面白い話だな」

 「だから違いますよ!」

 「冗談だ。それより、防御魔法だったな。騎士達にもかけてもらっても良いか?」

 「もちろんですよ」


 騎士達の方も無事に戻って欲しいので当然かけます。

 先に冒険者の方を優先したのは、再度かけるには冒険者の方に行かなければならないからですね。

 こちらは何時でも防御魔法を更新できるので後にさせてもらいました。

 フィリップ様にもお願いされ、僕は早速、防御魔法を騎士達にかけます。


 「あの、ユアンさん」

 「フィオナさんどうしました?」

 

 防御魔法をかけ終えた後、フィオナさんとカリーナさんが僕の元にやってきました。


 「よければ、私達に身体能力向上ブーストを頂けませんか?」

 「いいですよ」

 「「ありがとうございます!」」


 フィオナさんとカリーナさんは僕の身体能力向上ブーストは体験済みですからね。問題ないので魔法をかけてあげます。


 「良ければ私にもかけて貰えないか?」

 「えっと、やめた方がいいですよ?」


 僕たちのやりとりを見ていたフィリップ様が唐突にそう言ってきました。

 

 「大丈夫だ、多少感覚が狂った所で問題ない。トレントが到着するまでに慣れてみせる」

 「わかりましたが、邪魔になるようでしたら解除しますので、言ってくださいね」

 

 身体能力向上ブーストをフィリップ様にかけます。

 見た目上変化がないのでフィリップ様は少し不思議そうにしています。


 「おっと……これは凄いなぁ!」


 そして、おもむろに剣を振るうと楽しそうに笑いました。


 「ふっ!」


 足に力を籠め、地を蹴ると地面が抉れ、フィリップ様が一瞬消えたかと思うと、5メートル程先で転倒しました。


 「「「隊長!!!」」」


 その光景をみた騎士たちが声を揃え驚いています。それでも、駆け寄る事なく隊列を乱さないのは流石の一言に尽きますよね。

 僕だったら様子を確かめに、近づいてしまうと思いますので。


 「ふっふっ、これは面白いな」


 転倒した事を気にした様子もなく、フィリップ様は立ち上がり、再び地を蹴ります。


 「っと……ふむ、動作を起こす前に次の行動に移す必要があるな」


 今度は着地の際にバランスを崩しはするものの、転倒しませんでした。

 それを数回繰り返す。


 「ふむ、こんなものか。確かに、感覚に慣れるまでは苦労するな」


 ほぼ完ぺきに着地を決め、フィリップ様は満足そうにうなずきました。

 そうなんですよね、身体能力向上ブーストは単純に身体能力が上がるだけで、思考速度は変わりません。速すぎる速度に頭が追い付かないのです。

 なので、感覚が大事です。

 

 「フィオナ、カリーナ、模擬戦だ。武器を持て!」

 「え、ですが、トレントが向かって来ています!」

 「時間はまだある、だが、時間は惜しい、二人同時にこい!」

 「「わかりました!」」


 そして、この場でいきなり模擬戦を始めてしまいました。

 

 「やるな!」


 フィオナさんの槍を間一髪で躱し、フィリップ様が反撃の剣をフィオナさんに振るう。


 「させませんよ!」

 「おぉ、そのタイミングで割って入るか!」


 身体能力向上ブーストを活かし、振るわれた剣がフィオナさんに到達する直前、カリーナさんがフィリップ様の剣を受け止める。


 「おい、隊長たちは何をやっているんだ……」

 「知るかよ、見ればわかるだろ」

 「見てもわからないから聞いているんだ」


 3人の模擬戦の様子を騎士達が口を開き唖然として見ています。

 それはそうです。

 傍から見れば物凄いスピードで3人が動き、戦っているのですからね。


 「なるほどな、相手と同じ速度で動けば、相手の動きは見えるのか」

 「流石、隊長です。その事にお気づきになるとは!」


 飛んでくる弓を剣で落とす事が出来るのは、弓を目で捉え、目で追っているからです。

 

 「よし、もういいぞ!」

 「「はっ!!!」」


 フィリップ様と二人の距離が離れた所で、フィリップ様が剣を下ろし、模擬戦の終了を告げます。

 そして、フィリップ様がとんでもない事を言いだしました。


 「隊列を少し変える! フィオナとカリーナは前衛に入れ!」


 フィオナさんとカリーナさんは遊撃として前線と後衛の間にいましたが、前線に移動する事になりました。

 更に、フィリップ様はフィオナさん達と共に前衛に混じります。

 むしろ、先頭です。


 「隊長!危険ですので、後ろにお下がりください!」

 「そうです、最前線は私達が受け持ちます!」


 あの人たちは、トレンティア初日にフィリップ様と共にローゼさんを出迎えた人で、騎士団の副隊長と聞いた覚えがあります。


 「馬鹿を言うな!隊長が自ら前に出なくてどうする!」

 

 出る必要はないと思います!

 フィリップ様には騎士の指揮をお願いしてあるので後ろの方に居て貰わないと困ります!

 その時、対岸の方で大きな声が合唱となり、僕たちの元へと届きました。


 「ユアンさん、始まったみたいです!」


 対岸のほうをみると、暗く、小さくですが、二つの集団が交差しようとしているのがわかりました。


 「こっちも来たよ」


 スノーさんの方を見ると、ゆっくりですが大きな影がこちらに向かっているのがわかります。

 そして、大きな影の近くでは小さな影が動いている事もわかりますね。


 「トレントとゴブリンの混合ね」


 近づくにつれ、大きな影はトレント、小さな影はゴブリンだとわかります。

 そして、ゴブリンの手には弓が握られています。


 「なるほど、トレントを盾に弓で攻撃するつもりね」


 トレントとの戦いを予想していたので、接近戦になると思いましたが、予想は外れました。

 

 「隊長!早くお戻りを!」

 「時間がない、このまま迎え討つぞ!」


 あちゃー……。フィリップ様に火がついてしまったようで、フィリップ様は前線から戻ってくる様子はありません。

 また、余分な事をしてしまったかもしれません。やはり、補助魔法の扱いは慎重に使わなければだめですね。


 「スノーさん、申し訳ありませんが、騎士団の指揮をお願いします」

 「え、私がやるの?」

 「はい、騎士の動きがわかるのはスノーさんだけですから」

 「まぁ……わかったけど、部隊が違えば動きも変わるから、あまり期待しないでね」


 それでも僕よりは的確な指示が出せると思います。

 スノーさんに指揮をお願いし、キアラちゃんと共に、遊撃部隊のところに僕も合流します。


 「来るぞ!武器を構えろ!」


 50メートル先に魔物の集団が近づきフィリップ様がこの日、最初で最後の指示を出します。

 さぁ、いよいろ魔物と戦う時です、トレンティアを守るため、全力で頑張りましょう!

 

 「グギョギョギョ!」

 「後衛部隊、魔法と弓を放ちなさい!」


 ゴブリンが奇声をあげると同時に、スノーさんが後衛にいる、魔法使いと弓士に指示を出します。

 月明りの攻防の開始は遠距離による攻撃から始まりました。

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