第77話 弓月の刻、食事会に参加する
食事は進み、僕たちの目の前にはデザートとなる山盛りのフルーツが置かれています。
ローゼさんが無礼講と言ってくれたお陰もあり、メインの食事の方は緊張はしましたが、問題なく済ませる事ができました。
もちろん、最低限のマナーは守りましたけどね。
「さて、本題と入ろうかの」
「本題ですか?」
ローゼさんがフルーツに手を伸ばしながら言いました。
「うむ、まずは報酬の方じゃな」
「報酬は既に……」
「あれは前金と言ったじゃろ?」
タンザで金貨50枚、護衛で20枚と相当な額を既に受け取ってしまっています。
この額でも普通に暮らせば一年以上普通に暮らせてしまう額に相当しますからね、それを短時間でローゼさんから受け取っているのです、流石にこれ以上は悪いです。
「ううむ、じゃが受け取って貰えぬと儂らの面子にも関わるからのぉ」
「母の言う通り、大事な娘を救ってくれたのだ、出来る事なら報酬は受け取って頂きたい」
ローラちゃんの父親、ルドルフ様もそう言ってくれますが、あまり貰いすぎても困りますからね。
お金は簡単に手に入ると錯覚してしまう可能性があります。そうではないとわかっていても、どうしても報酬を比べてしまう事になりかねません。
「お母さま、それでしたらお金ではなく、他の物を与えたらどうかしら?」
「ふむ、それもそうじゃの」
報酬はこれ以上はいらないと伝えているのですが、お金が駄目ならば物を与える流れになってしまいました。
逆にお金に換算すると高くなる物もあるのでそれはそれで困りますし、怖いです。
「まぁ、そんな顔をするでない。そうじゃの、お主らの今泊まっている家なんてどうじゃ?」
「家と言うと……湖の、ですか?」
「そうじゃ」
まさかの家でした!
「いえ、それはそれで困ります。僕たちはずっとトレンティアに居れる訳ではありませんので!」
「わかっておる。アルティカ共和国に向かうのじゃろ?」
「はい」
皇女様の依頼がありますからね。途中で放り出す訳にはいきません。
「だが、ずっとアルティカ共和国におるわけでもあるまい。幸いにもこの場所は国境にも近い、来ようと思えば来れぬ距離でもなかろうて」
アルティカ共和国の土地勘が全くわかりませんので何とも言えません。
僕たちがいずれアルティカ共和国の何処かで家を建て、そこを拠点とした時、トレンティアとどれだけ離れるかわかりません。
「そうか。なら、家が困るのなら権利はどうじゃ?」
「何の権利ですか?」
「好きな時に湖の家に泊まれる権利じゃよ。それなら家の所有は儂らにあり、ユアン達も離れた家の心配をしなくて済むじゃろう?」
「ですが、長い目で収益を考えたら、ローゼさん達が損をしませんか?」
1泊金貨2枚ですからね。
年単位で考えれば700枚にもなります。
「湖の家は繁忙期でも満室になる事は珍しい事じゃし、ユアン達が居ない間は客に解放させて貰うつもりじゃよ」
「なるほど」
「ようは、宿屋にいつでも無料で泊まれる権利と考えてくれれば良いぞ」
それならローゼさん達の負担もそこまで大きくならなそうですね。
この辺が妥協ポイントですね。
報酬の値上げ交渉ではなく、値下げ交渉をしているのに、妥協って変な気がしますけどね。
ともあれ、ローゼさんの案に僕は頷きます。
「わかりました。有難く、その報酬を頂きたいと思います」
「うむ。婿殿もローラも聞いておったな?」
「「はい」」
「今後、弓月の刻メンバーの一族がトレンティアに訪れた際は、湖の家に案内し、無料でその場所を提供する事に決まった。良いか?」
「わかりました」
「はい、お姉ちゃん達がまた来てくれるって事だよね?」
「そう言う事じゃ」
ローラちゃんが嬉しそうにしていますが、聞き逃せない言葉がありましたよ?
「えっと、一族って聞こえましたが……」
「うむ、ユアンの子供、孫も権利を受け継ぐって事じゃな」
き、聞いてません!
そんな話は知りません!
「安心せい、あくまでお互いに親交があるうちにするわい」
「そうしてくださいね?」
「うむ、後は婿殿やローラ次第じゃ、ユアンの子供はわからぬが、孫が生まれる頃にはとっくに天に昇ってる頃じゃからの」
そう言って笑っていますが、つまりはその後の事はローラちゃん達に丸投げという事ですね。
「まぁ、ようはまた顔を見せにトレンティアに来てくれって事じゃ。領地を貰った訳ではないのじゃから難しく考えるでない」
そうですね、年に来れても1~2回になるでしょうし、そこまで大事に構える必要はないですよね、たぶん。
一応話は纏まり、後日、正式に書面として今回の権利を頂ける事になりました。
そして、湖の話をしていたので、僕はある事を思い出し、折角なのでそれを聞いてみる事にしました。
「そういえば、僕からも一つ聞きたい事があるのですがよろしいですか?」
「何かの?」
「ローゼさんは僕が探知魔法を使えるのを知っていますよね?」
「うむ、タンザからかなり世話になったの」
「信じて頂けないかもしれませんが、湖の真ん中あたりで僕の探知魔法に引っかかった魔物がいるのですが、何かご存知ですか?」
動かない赤い点が湖の中央にあります。反応があるという事は生きている証拠ですからね。
「ふむ、もしかしたら龍神様かもしれぬな」
「龍神様?」
「ユアンは聞いた事ないのかの?」
「聞いた事ないですね」
「そうか、まぁ……儂も言い伝えを知っているだけじゃからのぉ」
「それでも聞かせて貰えますか?」
「構わぬが、話半分程度に聞くが良い。とても信じがたい話じゃからの」
言い伝えが嘘でも本当でも物語は好きです。かつて存在したという勇者が活躍したお話なんかワクワクしますよね?
僕はそんな気持ちでローゼさんから話を聞きます。
「かつてこの世界は龍神と呼ばれる5匹によって造られた」
5匹の龍神は、炎、水、風、光、闇と魔法の基礎となる属性を司っていたと言われていたようです。
5匹の龍人はまず、我が子とも呼べる龍人族を作り、龍人族に加護を与え、世界各地に旅立させました。
旅に出た龍人族は知恵をつけ、技術を発展させ、龍神の手を借りずとも人が暮らせる世界を造り上げたようです。
次に、龍神は人族、獣人族、魔族、を生み出し、竜人族が開拓した土地を与え、それぞれの種族に管理させ、世界の更なる発展を目指し、行く末を見守ったと伝えられています。
北の領土に魔族、西の領地に獣人族、東の領地に人族、そして中央に龍人族が分かれて暮らしていたみたいですね。
「しかし、愚かな事に更なる発展を目指した人族は他の領土を奪うべく、戦争を起こしたのじゃ」
そして、獣人族と魔族もそれに応え、三つ巴の戦争が始まったようです。
しかし、それを龍神は見過ごさなかった。
光と闇の龍神は我が子である龍人族を世界のどこかへと連れ消え去り、残った炎、水、風の龍神が世界を丸呑みにしました。
炎の龍神は火山を噴火させ、大地を燃やし、水の龍神は止むことのない雨を降らし大洪水を引き起こし、風の龍神が各地で大暴風を起こし、全てを無に帰しました。
それは、全ての種族が1割になる頃まで続いたようです。
「そして、力を使い果たした龍神様たちは深い眠りについたと言われておるのぉ」
炎の龍神は、今も度々噴火する火山に、風の竜人は年中暴風に包まれる、北の山脈に。
「水の龍神様は光すら届かぬ深い水の底に眠っていると伝えられているのぉ。もしかしたら、ユアンが感知したのは水の龍神様かもしれぬな」
「面白いですね」
話が本当ならば湖の中央に龍神様がいる……浪漫がありますね!
まぁ、深い水の底なんて幾らでもありますけどね。海なんてもっと広くて深いと言われていますし。
「まぁ、そういう事じゃ。可能性の一つとして受け止めればよい」
「ですが、龍神様にしてもそうじゃないにしても、湖の中央に何かいるのですよ?不安になりませんか?」
今は動かずにジッとしていますが、機会を伺っているかもしれません。
「確かにな。じゃが、儂らには何も出来ぬからな。逆に刺激して問題を起こされる方が困るわい」
知った所で手の施しようがないってことですね。
「っと、お母さまそろそろローラが」
「私はまだ大丈夫れふ……」
欠伸を噛み締めながらローラちゃんが答えますが、ローゼさんが話をしている最中、頭がこくりこくりと前後していたのに気づきました。
「では、僕たちはそろそろ失礼しようと思います」
「悪いのぉ……」
招待をした手前、面と向かってお帰り下さいとは言いにくいですからね、僕たちが気を使うべきです。
「お姉ちゃん達、行っちゃうのですか?」
行かせないと、ローラちゃんが僕にしがみつきます。
「ずるい」
「ずるいです」
「呑み過ぎたかも……」
ローラちゃんは僕の隣に座っていましたからね、僕はリーダーなので上座に近い場所に座っていたので特権です。
「ローラちゃん、スノーさんもあんなですし、今日は帰ります。ですが、また遊びに来ますからね?」
「約束ですか?」
「はい、約束です」
「わかりました」
小さいのに聞き分けがいいですね。
孤児院の子供たちは良い子ですが、ここまで聞き分けは良くなかったですからね。
ローゼさんたちにお礼を述べ、僕たちは館を後にしました。
帰りも馬車で送ってくれるとの事でしたが、お断りしましたよ。
「気持ち悪い……」
だって、馬車に乗ったら吐いてしまいそうな人が一名いますからね。
「ユアン~、助けて~」
「そういうのは体で覚えなきゃダメですからダメです」
「ユアンが苛める……」
という訳で僕はスノーさんにトリートメントはかけません。
スノーさんの酔いを覚ます為にも僕たちはゆっくりと歩いて帰ります。
「シア、おんぶして~」
「吐くからやだ」
「キアラ~」
「えっと……肩を貸すくらいなら」
「キアラだけは優しいね」
「キアラ、危なくなった逃げる」
「わかりました!」
「ひどい」
こればかりは仕方ないですよね?
結局、みんなで順番にスノーさんを介護しながら家に着いたのでした。
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