第76話 弓月の刻、食事会に向かう

 「うぅ……大丈夫かな」

 「昼間通りやれば大丈夫だよ。それにローゼ様は招待した客人にはそこまでうるさい人じゃないし」


 馬車に揺られ、僕たちはローゼさんの屋敷へと向かっています。

 お昼にマナーの確認をしながら食事をし、スノーさんから合格を言い渡されましたが、キアラちゃんは不安なようですね。

 まぁ、僕も不安ですが、自分以上に不安そうにしている人がいると、キアラちゃんには悪いですが不安が薄れてしまいました。


 「月に一度、私や護衛の者達も一緒に食事をとる日があるのですが、ローゼ様達はお優しく、マナーも無礼講という事で煩くありせんから大丈夫ですよ」


 馬車を御者をしてくださっているミストさんがキアラちゃんに話しかけます。

 タンザの街から一緒に旅をした仲でもあるので、ミストさんがそう言ってくれると安心しますね。

 

 「間もなく到着です」

 「心の準備がまだ……」


 湖から街まで馬車での移動という事もあり、あっと今に街まで着いてしまいました。

 そして、街に入ればすぐにローゼさんの屋敷が見えます。


 「立派ですねー」

 「領主の館だから当たりまえ」


 シアさんはそう言いますが、立派な建物なのに違いはありません。

 衛兵の方が両サイドに控える門を潜ると、造りはトレンティア風、木で作られた一階建ての平屋なのですが、街で見たどの家よりも大きい領主の館がみえました。


 「お待ちしておりました」


 そして、僕たちを出迎えるメイドさん達が二手に分かれ列を作り、道を作ってくれています。


 「ご案内させていただきます、どうぞこちらに」


 その中の一人に案内され僕たちは領主の館へと足を踏み入れます。

 僕たちは待合室でしょうか、ソファーの置かれた部屋へと案内されました。

 

 「すぐに準備が整いますので、暫しこちらでお待ちくださいませ。何か御用がございましたら、手元のベルを鳴らしていただければ、隣の部屋に控えておりますので、その者にお申し付けください」

 「わかりました」

 「では、失礼いたします」


 僕たちを残し、メイドさんは部屋を出ていきました。


 「緊張しました……」

 「そうですね、こんな風に出迎えて頂けるとは思いませんでしたからね」

 「貴族なんてこんなものだよ。客人をしっかり出迎えないと評判に関わるしね」


 僕には貴族の生活は無理そうですね。

 毎日が窮屈な思いをして生活を強いられそうです。気ままな冒険者生活が一番だと思います。


 「それにしてもシアは動じないね」

 「そんな事ない。これでも緊張してる」

 「本当ですか?」


 シアさんを見る限り、普段通り振舞っているようにしか見えませんからね。

 といっても、普段から姿勢も良く、凛とした雰囲気ですので、そのせいで違和感がないのかもしれませんけどね。


 「実はシアって、影狼族でもいいとこの出だったりする?」

 「普通の家」

 「シアさんは長老の孫って言ってませんでしたか?」

 「……気のせい」


 変な間がありました。

 シアさん実は何か隠していますね。


 「シアさん、影狼族の長って領主みたいなものですか?」

 「長は長……影狼族を纏めるだけ」

 「本当?実はシアはお嬢様だったりするんじゃない?」

 「…………そんな事ない」


 おやおや、シアさんは実はお嬢様だった説が浮上しましたよ。


 「キアラちゃん、今度ラディくんに……」

 「ユアン、やめて?」

 「うっ……」

 「シア、それはずるい……」


 ラディくんは基本的にルリちゃんの拠点にいますので、影狼族の事、シアさんの家の事を聞こうと思いましたが、シアさんが新しいパターンで攻めてきました!

 シアさんの、だめ?も破壊力抜群でしたが、それに劣らない可愛さがあります。

 スノーさんも僕同様に見事に食らってくらいです。

 とても、ルリちゃんに聞く気にはなりません、シアさんのあの目を裏切れません!


 「お待たせ致しました……どうかなさいましたか?」

 「い、いえ。何でもありません」


 僕とスノーさんがやられている間に、準備が整ってしまったようで、メイドの方が僕たちを迎えに来てしまいました。


 「では、ローゼ様達がお待ちですのでどうぞこちらに」

 「はい」


 部屋を出て、メイドさんの後を続き、ローゼさん達が待つという部屋に向かいます。

 

 「ローゼ様、ユアン様たちをお連れ致しました」

 「うむ、入ってくれ」

 「畏まりました」


 メイドさんが扉を開け、中に入ると既にローゼさん達一家が揃い、僕たちを出迎えていました。


 「この度はこのような素敵な席に僕たちのような者をお招きいただきまして……」

 「よいよい、共に旅をした仲じゃ、今日は無礼講じゃ。旅同様に接してくれ。でないと食事が楽しめないじゃろ?」

 

 僕が社交辞令となる文句を唱えていると、すぐにローゼさんから待ったがかかりました。

 ですが、ローゼさんはそう言ってくれますが、ローゼさんだけではなく、ローラちゃんの両親も居ます。


 「母の言う通り、ユアン殿……いえ、ユアンちゃん達にはいつも通り母と接して頂けますか?」

 「ですが……」

 「貴方も問題ないわよね?」

 「あぁ、娘もお義母さんが無事に帰ってこれたのはユアンさん達のお陰と聞いた。是非とも食事を楽しんで頂きたい」


 ローゼちゃんの両親もそう言ってくれました。


 「娘たちもこう言っておるしの。それとも、正式な客人として再度招待し、褒美をルード形式に沿って与える方がいいかのぉ?」

 「それは勘弁してください!」


 ローゼさんがとても恐ろしい事を言いました!

 そのような招待だったら絶対に出れない自信があります。出たくありません!


 「ふぉっふぉっ!ならいつも通り接する事じゃな、良いな?」

 「わかりました。今日は僕たちを食事に誘ってくれてありがとうございます」

 「うむ、席は用意してあるからの、まずはそちらに座ってくれ」

 「どうぞ、こちらに」


 メイドさんに席を案内され、僕たちはローゼさん達と向かい合う形で席に座ります。

 本当は領主であるローゼさんが上座と呼ばれる場所に座るのですが、僕の向かいに座っています。

 敢えてこういう形式をとることで、無礼講という事をアピールしているようです。


 「えへへ、お姉ちゃん楽しんでくださいね?」

 「はい、楽しませて貰いますね」


 僕たちの並びは、本来の上座の場所からローラちゃん、撲、シアさん、スノーさん、キアラちゃんと僕の隣に何故かローラちゃんが座る形になっています。

 ローラちゃんは向こう側の席では?


 「ふふっ、随分とローラがユアンちゃんに懐いたみたいね」

 「はい、お姉ちゃんたちにはとても良くして頂きましたので!」


 タンザの街からここまでローラちゃんもずっと一緒でしたし、接する機会も多かったですからね。

 僕たちと一緒に眠ったり、馬車の中で僕たちのお話をしたりしている間に随分と懐いてくれました。


 「その辺の話も聞かせて貰いたいわね」

 「はい、僕たちがお話できる範囲であれば是非に」

 「では、雑談をしながら食事としようかの」


 ローゼさんの視線がメイドさんに向けられると、メイドさんが部屋を退出し、入れ替わるように別のメイドさんたちが料理を次々に運んできます。

 

 「こちらはトレンティアで採れた食材のみを使用しております。どうぞ、お楽しみくださいませ」


 魚料理に野菜料理、トレンティアで育てた豚や鳥など、色々な種類の料理が机に並べられていきます。


 「取り分けは私どもが致しますので、お気軽にお申し付けくださいませ」

 「わ、わかりました」


 運ばれた料理は、個人に振舞う料理ではなく、大皿に料理が乗せられていました。

 客人を招いた食事ではコース料理のように、順番に料理が提供されるのが貴族の一般的な振舞いとされています。

 ですが、敢えてこの形で食事をするには理由があると院長先生から学んだ記憶があります。

 パーティーでは沢山の人が訪れる為、立食という形式があります。

 今回のように大皿に一つの料理が乗せられ、好きな物を好きなだけ、または、様々な料理を少しずつ食べれるようなシステムです。

 大勢の方の料理を手間をかけずに済ませる事ができる方法ですね。

 ですが、これには別の意味もあります。

 一つのお皿から共有して食事をとることで、貴方とは交友関係や親睦を深めたい、という意味があるらしいです。

 つまりは、僕たちのためにわざわざこの形式をとったのはローゼさんから、そういう気持ちが込められていると考える事ができますね。


 「では、好きなだけ食し、飲み、騒いどくれ。そうでないと、儂らが振舞った甲斐がないからの」

 「わかりました」

 「うむ。では、乾杯の音頭は儂がとろう。飲み物の準備は良いか?」


 既に、それぞれが希望した飲み物が配られ、手に握られています。

 僕たちはスノーさん以外は果実水を持っています。

 スノーさんは……明日、また動けなくならなければいいですけど。

 そんな心配をよそに、ローゼさんが咳払いを一つし、手に握られたグラスを掲げました。


 「では、弓月の刻との出会いを祝して…………乾杯!」

 「「「乾杯」」」


 それにあわせ、僕たちもグラスを掲げ声を揃え乾杯と続きました。

 ローゼさん達と弓月の刻の食事会はこうして始まりを告げたのでした。

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