第70話 弓月の刻、トレンティアに到着する

 「綺麗な森ですねー!」

 「ここを抜ければトレンティアは直ぐですよ」


 僕たちは1ヶ月という旅を得て、ようやくローゼさんの治めるトレンティアの領地までやってきました。

 僕が思わず見渡してしまうこの森がどうやらトレンティアの入り口のようです。

 馬車が移動しやすく舗装された両脇に、僕たちを出迎えるように木々が並び、葉の間から木漏れ日が零れ、それが森のトンネルのようになっています。

 馬車から降り、スーッと息を吸い込むと新鮮な空気が肺の中に入っていく気がします。


 「ユアンさん、落ち着きますね」

 「そうですね~」


 キアラちゃんも僕と同じように空気を思い切り吸っては吐いています。

 キアラちゃんはエルフですからね、きっと森などの自然に囲まれた場所が好きなのだと思います。


 「でも、これだけ木があると、魔物が生息しそうですね」

 

 平地と森、どちらが魔物が多いか比べるとどうしても森の方が多い傾向があります。

 森にある食料を求め、動物が集まり、動物を食べる魔物が集まったりします。それに森は視界が平地に比べ悪いので、人間を狙う魔物にとっても都合がいいですからね。 


 「確かに魔物はおるが、対策はしておるからの」

 「私達や冒険者達が定期的に魔物を討伐していますからね、それほど沢山はいないと思いますよ」

 「そうなんですね。てっきりトレントが関係しているかと思いました」


 トレンティアの名前の由来は、昔からトレントが多く生息していた事が関係しているみたいだったので、トレントを探す為に探知魔法を使いましたがそれらしき反応がなかったので不思議に思っていると、ローゼさんがその理由を教えてくれました。


「こちら側にもトレントは少なからず生息しておるが、基本的には国境側に生息しとるからの」

 「そうなんですね」


 トレントが生息しているのは国境側ですか。

 確かに、何らかの方法で操れるのならば、そちらに防衛として置いておく方が安心ですね。

  

 「見えてきましたよ」

 「ここが……」


 緩やかな坂を登り切り、下りに差し掛かった所で目に入ったのは大きな湖でした。

 

 「すごい……」

 

 日の光が湖にキラキラと反射して輝き、森が波打つように風に揺れていて、とても幻想的に見えました。

 そして、湖の手前側……国境側ではない、ルード領側に街があるのが見えます。


 「あれが、トレンティアですね」

 「ま、田舎街じゃよ」


 湖を背に街を覆うように高い壁があり、その中に木造家屋が並んでいます。

 ですが、木造家屋といっても、僕が今まで見てきた木造家屋とは違い、木の板を張り合わせた家ではなく、丸太を組み合わせたような造りでとても立派に見える家ばかりです。

 

 「では、私達は先にローゼ様が戻られたことを伝えて参ります」

 「うむ」


 ローゼさんの短い返事に、フィオナさんとカリーナが馬を走らせました。


 「儂らはのんびりと行こうか」

 「はい」


 僕は街に向かって駆けだしたくなる気持ちを抑え、馬車の横を我慢して歩きます。護衛の仕事を最後の最後で放り出す訳には行きませんからね。


 「大丈夫じゃよ、焦らずとも街は逃げんからの」

 

 僕がそわそわしているのが伝わってしまったようです。

 まるで、旅行先ではしゃぐ子供が窘められるように言われてしまって少し恥ずかしいですが、実際に遠くから見ても綺麗な街なので仕方ないですよね?




 「開門! かいもーん!」


 馬車が近づくと、大きな声とともに両開きの門が開きました。


 「「「ローゼ様、お帰りなさい」」」


 そして、馬車が門を潜れば割れんばかりの声が街中に響き渡しました。

 まるで、英雄の帰還を祝うようなお出迎えに、僕たちは驚きを隠せません。

 中には涙ぐみ、馬車に手を振る人までいて、ローゼさんは皆に手を振り返し、無事に帰還した姿を見せています。

 

 「ローゼ様は愛されているのですね」

 「そうだといいんじゃがな」


 ローゼさんはそう言いますが、領主が戻ったくらいでこの騒ぎは普通はありえません。

 僕の住んでいた村なんか領主がくるとまずは隠れますからね。

 村と街の違いではありません、会いたいか会いたくないか、見たいか見たくないかの違いだと思います。

 門から暫く進むと、突然馬車が停車しました。

 それと同時に、ローラちゃんが馬車から飛び出し、同じく前方からこちらに向かって来ていた馬車が停車し、その中から女性が飛び出しました。

 飛び出した女性は小走りで向かってきます。

 そして、ローラちゃんはその女性に飛びつき、大きな声で泣き出しました。


 「おかあさぁぁぁん」

 

 我慢していたものを吐きだすように、お母さんと呼んだ人に抱きしめられながら涙を流しています。


 「ローラ……本当に無事で良かった……」


 ローラちゃんを強く抱きしめながら、お母さんも人目を気にした様子もなく涙を流しています。

 その光景に僕も思わずもらい泣きをしそうになります。

 いえ、もらい泣きしてしまいます。

 僕だけではなく、周りの人達も老若男女関係なく目元を拭っている人ばかりです。

 キアラちゃんもスノーさんも抱き合う二人の様子に涙ぐんでいるのがわかります。

 シアさんは……僕の頭を撫でていますね。そこは、感動してほしい所です。


 「お義母さん、ご無事で何よりです。ローラもよく頑張ったな」

 

 抱き合う二人の後ろから立派な服を着て、騎士を二人つけた男性が現れると、ローゼさんに頭を下げ、ローラちゃんを撫でました。


 「婿殿、この度は迷惑をかけたの、すまんかった」

 「いえ、こうして娘共々に無事に戻って来られました事を今は喜びましょう。それよりも長い旅路でお疲れでしょうし、館に戻りましょう。詳しい話はそこで」

 「そうじゃの」


 どうやらあの男の人がローラちゃんのお父さんのようですね。

 ローラちゃんのお父さんは馬車に乗り、ローラちゃんもお母さんに抱きかかえられながら向こうの馬車に乗せられました。

 無事に、護衛が達成したようです。


 「では、行くかの」


 ローラちゃんの乗った馬車を追うようにローゼさんの馬車が動き出そうとします。

 ですが、僕たちはそれについて行くわけにはいかないので、ローゼさんに声をかけます。


 「えっと、僕たちはこの辺で失礼します」


 僕がそう言うと、ローゼさんは一瞬きょとんとした顔をしましたが、すぐに笑いました。


 「そういえばそうじゃったの、一緒に居た時間が長かったせいか、冒険者という事を忘れておったわ。なんならこのままうちに仕えぬか?」


 ローゼさんは素で忘れていたみたいです。しかも、それを誤魔化すどころか、僕たちをローゼさんの護衛として勧誘してきました。


 「お誘いは嬉しいですが、僕たちは他の役目がありますので、申し訳ございません」


 ですが、皇女様からの依頼がありますからね。ここに暫く滞在するとしても、仕える訳にはいきません。

 それにあとひと月もすれば、僕たちは犯罪者扱いになりますからね。

 それだけ、僕たちの事を信用し、評価してくれたという事はすごく嬉しいですけどね。


 「残念じゃが仕方ないのぉ」


 本当に残念そうに言ってくれるのがわかります。

 そして、撲はローゼさんから一通の手紙を渡されました。


 「これをギルドに提出すれば依頼達成となる。儂がギルドに行くわけにはいかぬから、こんな形で済まぬな」

 「いえ、領主さまですから、当然です」


 冒険者ギルドはトレンティアにありますが、管轄は領地ではなく、冒険者ギルドにありますからね。

 領主さま自らが赴くような場所ではありませんから当然の処置です。

 もし、冒険者ギルドで何かあった場合は双方に被害がでる事が予想できるので、基本的には代理を送るのが暗黙の了解となっているようです。


 「では、また後でな」

 「後、ですか?」

 「うむ、ユアン達からも報告して欲しい事あるし、何よりも恩人じゃからな、楽しみにしておれ」


 ローゼさんに楽しみにといわれると逆に不安になりますが、僕は黙って頷き、動き出した馬車を見送りました。


 「では、僕たちはこのままギルドに向かいますよ」


 依頼の報告と僕たちがこの街に着いた報告をしなければいけませんからね。

 ローゼさん達が居なくなると同時に集まっていた人たちも散っていきました。

 それでも、ローゼさん達を護衛した者達としてか、帝都の方から来た冒険者としてなのかわかりませんが、幾つかの視線と注目を浴びながらギルドに向かう事にしました。

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