第66話 弓月の刻、模擬戦をはじめる

  二人の目は真剣で今にも斬りかかろうと、いえ、斬りかかる隙を伺っています。

 シアさんはスノーさんの動きに合わせて、ゆらゆらと動き、タイミングを計らせないようにステップを刻んでいます。

 対峙するスノーさんは正面に剣を構え、シアさんがいつ動いても対応できるようにしつつも剣を揺らし、わざと隙を作るような動きをしています。

 一瞬の隙を狙うシアさんとそれに合わせカウンターを狙うスノーさんの間に張りつめた空気が流れます。

 僕はそれを黙ってみつめー……ません!


 「二人とも何やってるんですか!!!」


 当然です、依頼主であるローゼさんとローラちゃん、それに他の方を待たせているのです。

 僕の声に二人の方がびくんと跳ねました。

 それに構わず、僕は二人に近づきます。

 

 「な・に・を……やっているのですか?」


 僕は笑顔で二人に問いかけます。


 「えっと、シアが模擬戦をしたいって……」

 「ち、違う。スノーが誘った」

 「シアもノリノリだったじゃん!」

 「そうでもない。仕方なく……」


 二人とも挙動不審になりながら僕の質問に答えます。

 そして、罪を擦り付け合うようにしているのに余計にムカムカします!

 仲間なのに何事ですか!


 「どちらが誘ったのかは問題ではありませんよ。僕が聞いているのは、見張りをやっている筈の二人がどうして模擬戦をやっているかです!」


 出来るだけ怒りを伏せて二人に尋ねます。

 僕とキアラちゃんはちゃんと仕事をしていましたからね。

 それなのにこの二人は見張りの仕事を放棄して模擬戦をしていたのです。

 依頼の最中でなければいいですが、今は依頼の最中です。

 優先する事があります。


 「見張りは……してた」

 「うん、シアの言う通りシアと対峙しながらも周りを見てたよ」

 「僕が声をかけるまで気づかなかったのにですか?」

 「「…………」」


 僕の言葉に二人が黙ります。完全に周りが見えていなかった証拠です。

もし、二人がこんな事をしている間に、魔物や盗賊の接近を許し、ローゼさん達を危険な目に合わせたとなると謝り切れません。謝って済む問題でもありません!

 一応、僕も常に探知魔法で警戒はしていますが、それとこれは別です。

 シアさんとスノーさんに任せた仕事ですから責任があります。自分が出来る事を確実に行い、お互いを任せあう事が出来なければパーティーではありませんからね。


 「他に言い訳はありますか?」

 「ない」

 「ないです」

 「それじゃ、悪い事をしたらどうするのですか?」

 「「ごめんなさい」」


 二人揃って頭を下げます。

 他の方を待たせているので長引いても仕方ありませんので僕はそれで許す事にします。

 甘いかもしれませんが、ミスは誰にでもあります。

 僕にだってあります。反省して、次に生かす事が大事ですからね。

 一度目のミスならばいつまでも言う必要はないと思います。二人ならば同じミスはやらないと思いますからね。

 ですが、警告はしておきます。万が一、同じことをしでかしたら二人にとってとても痛い罰になると思います。


 「次に同じことしたら、二人の食事は干し肉だけにしますからね」

 「うっ……気をつける」

 「私も気をつける」


 当然、今の出来事はローゼさん達にも見られているので、二人に謝って貰いました。

 ローゼさん達は笑って許してくれたので良かったですが、場合によっては怒らせて依頼失敗とみなされても仕方ないと思います。


 「ユアンさんカッコ良かった!」

 

 二人を連れて戻るといきなりキアラちゃんにそんな事を言われました。


 「そんな事はないですよ。ただ、ダメなものはダメなだけですからね」

 「ううん、私だったらあの二人の間に入れなかったと思う」

 「キアラちゃんも止めれますよ。仲間ですから」

 「うん、仲間だもんね。私も頑張ります!」

 

 キアラちゃんはキアラちゃんでやる気が出たみたいですが、そのやる気が変な方向に向かわない事を祈るばかりです。

 そんな一幕がありながらもようやく食事の時間になりました。


 「若いうちはあれぐらいがちょうどいいから気にするでないぞ」

 「そう言って頂けると助かります」

 「それに、エメリア様にいい土産話が出来たしのぉ!」

 「この件は内密に……お願いします」


 スノーさんの反応に笑いが生まれました。ローゼさんが上手く笑い話に変えてくれました。


 「うむ、考えておこう」

 「絶対に報告する気ですね……」


 僕たちはローゼさんに誘われ一緒に食事をとっています。

 本来なら僕たちのパーティーの食事の時間をずらし、見張りと分けて食事を行うべきなのですが、僕たちが食事を用意したという事もあり、護衛の方……女性騎士のカリーナさんとフィオナさんが申し出てくれました。

 収納から取り出しただけなのに申し訳ないです。


 「いいんじゃよ、二人も儂らと食事を一緒にとるのは気が引けるじゃろうしな」

 「そうね。私もエメリア様と一緒に食事をとるとなると緊張するかな」


 その割にはスノーさんはローゼさんとは平気みたいですね。直属の部下って訳ではないからでしょうか?


 「その辺は、貴族のやりとりで色々とあるからね」

 「うむ、スノーは知らない仲ではないからの」


 顔に出ていたらしく、そう言われてしまいました。貴族の繋がりはわかりませんが、スノーさんの家とつながりがあるのかもしれませんね。

 僕は誤魔化すように、気になった事を聞きます。


 「そういえば、皇女様といい、ローゼさんといい、女性騎士が多いのですね」

 

 スノーさんもそうですし、隊長のエレンさんも女性でした。

 もしかして、女性騎士が流行っているのでしょうか?


 「それは、和平派が女性の待遇を良くしようとしているからですよ」


 御者のミストさんがそう答えてくれました。

 それに、スノーさんが付け加えて教えてくれます。


 「帝都では男尊女卑の傾向が強くてね、どうしても女性は下に見られるの。それを改善するために和平派は女性を多く雇用するようにしてるの」

 「もちろん男の騎士もいるがの。だが、実力が拮抗しているなら同性の方が旅も気楽じゃからの」


 ローゼさんの言う通りですね。僕達のパーティーも女性だけで形成されていますし、此処に男性の冒険者が加入したらちょっとギクシャクしそうな気がします。


 「そういう意図があったのですね」

 「まぁ、強硬派に男の騎士をとられるって理由もあるけどね。どうしても自力では男の方が高いからね」


 身体能力だけみれば女性よりも男性の方が高いですからね。

 戦いはそれが全てではないですけどね。

 

 「まぁ、ユアンみたいに補助してくれる仲間がいれば、男騎士には遅れはとらないつもりだけどね。シアもキアラもいるしね」

 「そもそも負けるつもりない」

 「私も頑張ります」

 「期待には応えたいですね」


 こうして談笑をしながら食事は進み、楽しい食事の時間は過ぎていきました。


 


 「二人とも懲りてませんよね?」


 食事も終わり、後は休むだけとなったので僕たちは自由時間を頂きました。

 もちろん、一時です。

 見張りは交代制で行いますのでそれまでの間です。今は、カリーナさんとフィオナさんがやってくれています。

 見張りばかりを押し付けているようですが、最初の見張りが終われば朝まで休むことが出来るので、実は一番最初の見張りが一番楽だったりします。

 間の見張りですと、どうしても、寝て、起きて、寝てになるので大変ですからね。

 一度寝たら途中で起きるのは嫌ですよね?

 そんな訳で自由時間なのですが……。

 

 「自由時間……だめ?」


 久しぶりのシアさんのダメが飛んできました!相変わらず、ずるいです。

どうしてもシアさんとスノーさんが模擬戦の続きをしたいとお願いをしてきたのです。


 「自由時間なのでいいですが……他の方に迷惑かからない程度にしてくださいね?」

 「わかった」


 速めに野営をとったこともあり、ローゼさん達も眠るのには早く、僕たちのやりとりを見ています。


 「護衛の力を知っておくのは大事じゃからの。好きなだけやるが良い」


 ローゼさんまで煽るように言うので止める事は出来ませんからね。


 「審判は僕が務めます。安全の為に、二人に防御魔法をかけさせてもらいます。それに加え、当たった箇所には麻痺するようにしますので、それが実際の傷だと思ってください」


 僕がさっき怒った理由の一つでもあります。

 模擬戦とはいえ真剣で二人は向き合っていました。真剣なので当然切れます、当たり所によっては死にます。

 二人なら間違いはないとは思いますが、万が一があるので僕は怒りました。

 こんな事で仲間を失いたくありませんからね。

 なので、模擬戦を行うときは必ず僕を通して安全を測るか、僕の居ない時は刃のない剣でやって貰う事を約束して貰いました。

緊張感に欠けるかもしれませんが、それは意識次第です。

 安全とわかっただけで緊張感を欠かすくらいなら模擬戦をやる必要がないと思います。それならただ打ち合いをすればいいだけですからね。


 「では、僕が合図を出しましたら、その時点でスタートとします……準備はいいですか?」

 「うん」

 「いつでもいいよ」


 二人は頷き、スノーさんは剣を構え、シアさんは力を抜き、だらりと両手を垂らします。


 「では、始め!」


 月の明かりの中、二人の戦いが始まりました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る