第65話 弓月の刻、護衛の旅が始まる

 「此処から1か月もかかるのですね」

 「うむ、自分で言うのもアレじゃが、辺境じゃからのぉ」


 僕たちは1台馬車にローゼさんとローラちゃん、僕たち4人と御者1名が乗り移動しています。

 その他にローゼさんの騎兵2名と馬車を引く馬が2頭と総勢9名と馬4頭と賑やかに移動をしています。


 「辺境ですか?」

 「儂らの土地から向こうに街はないからの。謂わば国境を越えた最初の街が儂の領地じゃ」

 「へぇー」

 「へぇー……ってユアンその意味わかってる?」

 「わ、わかってますよ!」


 国境に近いという事は、他の国からの商人や冒険者が沢山訪れるって事ですよね。


 「その顔はわかっていなさそうね。国境を越えて侵略されたときに、最初に狙われるって意味もあるのよ」

 「それってかなり危険なのでは?」

 「国境を越えられたら、そうじゃのぉ」

 「だからこそ、辺境の街を治めるローゼ様はこの国でも発言力があるんだけどね」

 「そのせいで狙われたのじゃがな」


 そういって笑っていますが、笑い事ではないと思います。


 「なぁに。今は息子どもが頑張っておるからの、そのうちあやつらが治める事になる、儂はもうほぼ隠居状態じゃよ」

 「私も今は勉強中です!」


 今回、タンザの街に訪れたのはローラちゃんの社会勉強が目的だったようです。

 ある意味、かなりの勉強になったと思います。


 「それに、辺境と言ってもさほど危険な場所とは言えんからの、安心して我が街でゆっくり過ごすとよい」

 「ローゼさんの街はどんな場所なのですか?」


 ローゼさんの名前の一部からわかる通り、トレンティアという街という事は知っています。

 逆にそれ以外は全く知りません。


 「綺麗な大きな湖を中心に発展した場所だった。森が天然の要塞になってる場所」

 「言いようじゃな。ただの、田舎街じゃよ」

 「そんな事ない。軍を展開できないだけで攻めるの大変」


 シアさんの言葉を否定するようにローゼさんが言いますが、いつもの悪戯だと思います。スノーさんがやれやれと首を振っていますからね。


 「シアさんは行った事あるのですね」

 「うん、アルティカ共和国から出た時に寄った」


 シアさんの出身は影狼族の村ですから当然ですね。アルティカ共和国の北の方にあると言っていましたからね。


 「私は行った事はないけど、シアの言う通り鉄壁の街と呼ばれているわね。何でも、トレントを駆使した守りが出来るとも言われているらしいよ」

 「トレントってあの魔物のですか?」


 木に擬態する魔物として有名ですね。

 木と区別がつかない為、不意打ちされてパーティーが壊滅状態に追い込まれた何て話を聞きますからね。しかも、トレントは集団で暮らす性質があるようなので、気づいた時にはトレントに囲まれていたとなるようです。


 「そんな危険な場所に街があるのですね」

 「制御しなければ危険じゃろうな」


 つまりは、何らかの方法で制御ができるという事ですね。


 「もちろん、それは秘密じゃがの。儂らの生命線といっても言いからの」


 流石に、教えて貰えませんでしたが、それも当然ですね。

 

 「ですが、そんな場所で街がやっていけるのですか?」

 

 森に囲まれているという事は資源が乏しくならないのでしょうか?


 「逆に森の恵みに助けて貰えますよ。私も勉強中ですが、豊かな資源のお陰で家畜も育ちますし、湖から魚なども獲れますから。鉄などの鉱石は豊富とは言えませんけど」


 僕の質問にローラちゃんが答えてくれます。

 勉強中という事もあり、自分の街の特徴をよくわかっているようです。


 「そういう事じゃ、街の住民は少なくとも食料で困る事はないの。それに辺境という事で帝都からの支援も厚いしな」

 「そうね。もし侵略があった場合、トリスティアで侵略を抑えれれば国の被害は少なくなるからね。その辺りは強硬派も理解しているようで、支援は厚いみたいね」


 ある意味、辺境である利点ですね。

 その分、有事の際は危険かもしれませんけどね。


 「ローゼ様、そろそろ日も落ちます。ここらで野営をしたいと思いますがよろしいですか?」

 「うむ、お主の判断に任せる」

 「畏まりました!」


 御者の人の言う通り、日が傾き始めていました。しかし、野営をするのには少し早く思えますが気のせいでしょうか?


 「ユアン、不思議そうな顔をしてるね」

 「あ、はい。まだ日は高いなぁって」


 時計があれば4時くらいを指していそうな時間です。

 これから夏に向かう時期なので、まだ2時間程は暗くなるまでに時間はありそうです。


 「冒険者の感覚ならそうかもね。だけど、ローゼ様達は冒険者じゃないからね」

 「あぁ……そうでした」

 「年寄りと子供に長距離移動は堪えるからのぉ」


 そう言って笑ってくれますが、これから冒険者ランクが上がっていけば、貴族の護衛依頼なども受ける可能性もあります。

 もしかしたら僕たちの判断で野営の時間を決める可能性もあるので、ただ進むだけではなく、護衛主の体調などにも気をつかないといけないですね。

 ローゼ様には申し訳ない事をしました。


 「よいよい、そうやって成長してくもんじゃ」

 「はい、初めての護衛依頼がローゼさんで良かったです」


 貴族の護衛が初めてって意味ですけどね。ただの護衛ならザックさんの時にしましたからね。


 「では、暗くなる前に野営の支度をしますので、冒険者様達もお手伝い頂けますか?」

 「わかりました。えっと、シアさんとスノーさんは周囲の警戒をして、僕とキアラちゃんで手伝いましょう」


 パーティーメンバーに指示を出します。僕が一応リーダーですからね。

 人選の理由ですか?

 特に理由はないです。シアさんが苦手そうとかスノーさんはやった事なさそうとか思っていませんからね?

 えぇ、本当に。


 「ねぇシア。ユアンの顔、私達に任せたら惨事になると思ってそうじゃない?」

 「そんな事ない。適材適所……スノー出来る?」

 「……出来ない」

 「なら、やる事やる」

 「なんか納得いかないけど、わかったよ」


 トリスティアの先からは僕たち4人の行動になると思うので、その時はやって貰いますけどね。

 そうなると、今のうちに慣れて貰うのも良さそうですけど、最初は慣れてる僕たちがやった方が良さそうですね。

 

 「僕たちは何を手伝いますか?」

 

 御者の方……ミストさんに指示を仰ぎます。勝手に下手に野営の支度をすると逆に迷惑になる可能性がありますからね。


 「そうですね、私はローゼ様たちの休む場所を準備しますので、火の準備をお願いできますか?」

 「わかりました」

 

 焚き火などを行うときは、現地調達が多いです。ですが、僕たちの居る場所は平地、薪となる木を探すとなると少し離れた場所まで行かなければなりません。

 ですが、僕は補助魔法使いです!

 収納から薪を取り出します。


 「ユアンさん、馬に水をあげたいのですが」

 「わかりました。キアラちゃん、焚き火の方はお願いします」

 「うん、わかりました」


 キアラちゃんも僕と同じ貧乏冒険家だったので野営の準備には慣れているそうなので、そちらを任せます。

 

 「この桶にお願いします」

 「わかりました」


 旅の必需品には食料と水が大量に必要となります。

 ですが、それを用意するとなるとかなりの量となり馬にも負担がかかり、進む速度も遅くなります。

 なので、僕は予めローゼさんに水は用意できると伝えてあります。


 「すごい便利ですね。私達のような騎士では真似はできませんね」

 「補助魔法は得意ですので」


 桶に水を満たし、頑張ってくれた馬に浄化魔法クリーンウォッシュをかけてあげます。ちゃんと動物にも有効です。

 ぶるると鼻を震わせ、嬉しそうに鳴いてくれました。気のせいかもしれませんけどね。


 「ユアンさん、準備出来ましたよ」

 「わかりました」

 

 焚火の準備が終わったようで、キアラちゃんに呼ばれたので次はそちらに向かいます。


 「どうですか?」

 「問題ないと思います。ただ、こうすると火がつきやすくなりますね」


 これは何度も野営をした経験ですね。

 細かい木の枝や枯れ草を中央に重ね、燃えにくい太い枝は枝同士で支えあうようにし、中に空洞が出来るようにします。


 「これで火をつければ直ぐに燃えますよ」

 「勉強になります!」


 宿に泊まる機会がなかったのが活きて良かったです!

 ここ最近は、宿屋で過ごす事が多すぎたのでたまには野営も良いと思います。

 いえ、宿屋はやはり贅沢なので野営が一番です!

 

 「それじゃ、火をつけますね」


 キアラちゃんは魔法を使えますが、得意なのは風と土魔法のようで、火の魔法は苦手なようです。

 これはエルフの特徴でもあるみたいですね。中には例外もいるみたいですけどね。

 ミストさんの方も準備が終わり、焚火の準備も整いました。

 後は食事と僕たちのテントの準備をすれば終わりですね。

 テントは4人で張れば直ぐですので、先に食事の準備をします。

 といっても、僕の場合は収納から取り出すだけなので特に準備はいりません。

 何せ、ローゼさんに説明して実演したところ白金亭で大量の料理を注文し、それを全て収納しましたからね!

 もちろん代金はローゼさんもちです。それを僕たちも頂けるようなので有難いです。

 朝と昼は移動があるので簡単な食事になりますけど。

 

 「シアさん、スノーさん食事にー……」


 食事にしますよ。

 と声をかけに行くと、驚きの光景が広がっていました。


 見張りを二人が真剣を持ち、向かいあっていました。

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