第58話 補助魔法使い、犯罪者に仕立てられる

 僕たちは突然の宣言に一瞬言葉を失いました。

 しかし、それもまた一瞬、スノーさんは声を荒げ、エレンさんに椅子から立ち上がり詰め寄りました。


 「何でですか!ユアン達に罰はないと言ったではありませんか!」

 「スノー落ち着け」

 「納得できません!罰したいなら、私を罰すればいいではありませんか!ユアン達は協力してくれた恩人です!」

 「スノー、落ち着いてください」

 「ですがっ!」


 皇女様がスノーさんに声をかけますが、それでも落ち着く様子はありません。

 それに見兼ねたエレンさんが右手を振り上げました。


 「落ち着けっ!」


 パチンッ

 甲高い音が室内に響きました。

 エレンさんがスノーさんを平手打ちしたようです。その勢いでスノーさんは尻もちつき、倒れこんでしまいました。


 「話を最後まで聞け」


 スノーさんは涙を浮かべ、上体を起こそうとします。


 「スノーさん、大丈夫ですか?」

 「うん」

 

 それほど力を込めていなかったようで、頬が赤くなっていますが、目だった外傷はなくて安心します。

 ですが、スノーさんも女性です。この後に腫れたりしたりしたら大変です。


 「リカバー」


 回復魔法をスノーさんにかけます。


 「ありがとう」

 「少しは落ち着いたか?」

 「はい」

 

 スノーさんが項垂れるように椅子へと座ります。


 「誤解をさせてしまって申し訳ございません。ですが、必要な処置ではあるのです」

 「強硬派ですか?」

 「はい。なので、冒険者様たちには表向きには一時的に追放処分として、裏では私達の依頼を受けて貰いたいのです」

 「依頼ですか?」

 「はい」


 皇女様がエレンさんに目くばせすると、エレンさんが1通の封筒を机に置きます。


 「これを、アルティカ共和国の王へと届けて貰いたいのです」

 

 皇女様の依頼、それは密書を届ける事でした。

 

 「どうでしょうか?」

 「どうと言われましても、急に決める事は出来ません」

 「私達に利点がない」

 

 表向きは犯罪者ですからね。そのレッテルを張られるのは困ります。

 犯罪者という事は国が経営する場所にはいけません。

 当然、街に寄る事もできません。検問で必ず止められます。

 街に寄れない、ぞんざいに扱われるなど、シアさんの言う通り全く利点はありませんよね。


 「利点はある」

 「え?」


 しかし、エレンさんは僕たちに利点があると言います。それが、わからず僕は首を傾げました。


 「君たちは知らないだろうが、いま国境を超える事はできなくなっている」

 「なんでですか?」

 「戦争の準備をしているからだ」


 初耳でした。

 国境の様子など気にした事なかったので当然といえば当然ですが、現在、国境を越えてアルティカ共和国に行けないとは知りませんでした。

 だけど、国境と戦争がどう繋がるか僕には理解できません。

 思いつくとすれば、いつ戦争が起きて巻き込まれるかわからず危険だから?


 「人の流出を防ぐ」


 シアさんが答えました。

 それに、エレンさんが頷き補足を入れます。


 「あぁ、正確には獣人を祖国に帰らせない為だ」

 「どうしてそんな事をするのですか?」

 「戦争が起きた時、君らは帝都とアルティカ共和国、どちらに加担する?」

 「僕は出身が帝都近くの村なのでどちらにも……」

 「私はユアンが居る方」


 戦争に参加するつもりはありませんからね。戦争の余波で傷ついた人を助ける事はあっても人を傷つけるのは嫌です。


 「ふむ。だが、祖国に思い入れがある獣人はどうだ?」

 「それは、もちろん祖国の方に……あっ」

 「そう言う事だ、国境を超える事が出来なければ、祖国に戻りアルティカ共和国に加担することが出来なくなる」


 なんと卑劣な!


 「だけど、獣人の方々が各地で暴れたりしませんか?」


 キアラちゃんの言う通りですね。

 ルード帝国にも沢山の獣人がいます。それが戦争に合わせて各地で暴れればルード帝国に打撃を与える事になります。


 「その可能性はある。しかし、それ以上に人間の冒険者が各地にはいるからな、すぐに依頼を受け鎮圧されることになるだろう。それに国と契約を結んでいない冒険者が戦争と関係のない所で騒動を起こせば立派な犯罪になる。それを踏まえて騒動を起こす獣人の冒険者がどれだけるだろうか」


 今度の生活を考えた時、リスクが高いですね。


 「それが、僕たちの利点という事に繋がるのですね」

 「あぁ、国外追放ならば例え国境が封鎖されても国境を越えられる可能性がある」

 「ですが、犯罪者として扱われるのでそこで別の処罰が言い渡されたりしないのですか?」

 

 国境、または別の場所で、犯罪者だから捕まえろ、殺してしまえとなる可能性がないとは言えませんからね。


 「その辺りは問題ない。エメリア様が下した判決を覆せる者はいない、そこでユアン達を処罰しようものならエメリア様にたてつくのと同じだからな」

 

 なるほど。この街で起きた出来事を見て皇女様が判断したのにも関わらず、事情を知らない人が異議を唱える事は出来ないという事ですね。ですが、そこに当事者である領主が入ってこないのは何か理由があるのでしょうか?

 あの時、皇女様が領主に終わりと告げていた事が関係していそうですけどね。もちろん怖くて聞けませんけどね。


 「それにユアン達が犯罪者として登録されるのには時間がかかるからな」


 僕がそんな事を別に考えている間にもエレンさんの話は進んでいました。 

 領主の事なんかより今は僕たちの事です。しっかり聞かないとですね。


 「なんでですか?」

 「私達が君らを犯罪者と言った所で、すぐに適応する事はできん。捕縛し、取り調べ、罪状を決定し、判決を下す手順を踏まなければならないからだ」

 

 何事にも順序があるようですね。


 「そして、判決を下すのは私達ではなく司法の者だ」

 「今、タンザの街には司法処理を下す者はおりません。叔父上の手の者は既に落ちましたから」

 「つまり、君らを今すぐに罰する事はできないのだ」


 えっと、暫くの間は犯罪者として扱われないという事でしょうか?


 「正確には執行猶予という事になるがな」

 「しっこうゆうよ?」

 

 難しい事がが多くて僕には理解が追い付きません。頭から湯気が出そうです。


 「簡単に説明すると、刑を執行するまでの時間という事です。その間は犯罪者として扱われないのです」

 「そういう事ですか」

 「ただし、その猶予期間に別の犯罪を犯せば即座に刑は執行されると思ってくれ、別に犯した罪と一緒にな」


 犯罪を犯さなければいいと言う事ですね。


 「だが、執行猶予中の者には監視をつける決まりがある」


 それはわかります。完全犯罪という言葉があるように、隠れて罪を犯して気付かれない場合がありますからね。

 それを防ぐ処置ですね。

 そして、監視役となるとは。


 「私……ですか?」

 「そうだ。スノー・クオーネは執行猶予中の冒険者3名を監視し、刑が決まり次第、冒険者3名が国外追放された事を最後まで見届ける事を命ずる!」


 スノーさんが罪に問われない理由がわかりました。これなら、僕たちを監視しているという名目でスノーさんと一緒にいられますね。


 「ありがとう……ございます!」

 「スノーたちにお礼を……いえ、お詫びをしなければいけないのは私達です。だから、顔ををあげてください」

 「エメリア様……」

 「私達の力不足だ、本当に迷惑をかける」

 「いえ、皇女様達が来なかったらどうなっていたかわかりませんので」


 実際に、皇女様達があの場に現れなかったら領主と戦いになっていたでしょう。

 その先に待っているのは、犯罪者だったでしょう。その処分は国外追放で済むとは思えません。


 「そう言って貰えると助かります」

 「それで、この依頼を受けて貰えるか?」


 僕はシアさんとキアラちゃんを見ます。こういった事は相談しないといけませんからね。


 「ユアンに任せる」

 「えっと、私に選択肢はないのでユアンさんに任せます」


 結局僕に投げるのですね。


 「僕たちの罪が確定するのはいつ頃になりますか?」

 「私達が戻り、手続きが終わる頃になりますので……」

 「約2か月くらいだろう」


 2か月……。タンザから国境までの距離とほぼ変わりませんね。


 「僕達の罪が確定した事を知る方法はありますか?」

 

 それがわからないと、色々とマズいです。

 気づいたときには犯罪者になっていて、街に入れませんでしたとかは困りますからね。


 「各街の有権者に知らせる魔法道具マジックアイテムがある。それと同じものをスノーに渡しておこう」

 「それが、あれば帝都から各町への通達がスノー達にも伝わる筈です。ルード領の外に出てしまえば効果はありませんけどね」


 本来、街の有権者しかわからない情報が僕たちもわかるということですね。

 いくつか質問し、僕は答えを出します。


 「わかりました。僕たちはその依頼を受けたいと思います」

 「良いのですか?最終的には国外追放処分になり暫くはルード領に入れませんが?」

 「はい、元々僕はアルティカ共和国が目的ですから」


 そこで家を買い、ゆっくりと暮らすのが目的ですからね!忘れていませんよ!

 ルード領に戻れなくて院長先生に会えないのは淋しいですが、ずっとという訳ではないみたいですし。皇女様が一時的にと言っていましたからね。


 「ありがとうございます」

 「助かる」

 「ですが、一つだけよろしいですか?」

 「はい、叶えられるなら」


 皇女様が頷いてくれます。


 「キアラちゃんに関しては無罪にしてあげてください」

 「え、私ですか!?」


 キアラちゃんが驚いた顔で僕を見ます。

 

 「キアラちゃんは僕たちとパーティーを組んだわけではなく、地下から自力で脱出し、僕たちと出会っただけです。なので、この事件の被害者の1人なんです」


 シアさんは何が何でも僕についてくると思いますが、キアラちゃんはその必要がありません。

 皇女様達に許しを得れれば以前のように自由に冒険者活動をする権利はある筈です。幸いにもラディくんという相方も出来ましたからね。


 「エメリア様どうなさいますか?」

 「そこは、本人に委ねるべきでしょう」


 皇女様とエレンさんがキアラちゃんを見ました。


 「わたしは……」


 キアラちゃんは困っています。ですが、そこはキアラちゃんが決める事で、僕たちが口を出す訳にはいきません。


 「私達はあと一週間、この街に滞在します。その間に決めてはいかがでしょうか?」

 「わかり……ました」


 キアラちゃんはすぐに答えが出ないようでした。

 けど、それだけでも少し嬉しく思えます。僕たちと一緒にいるか悩んでくれているのですから。


 「エメリア様、そろそろ」

 「そうですね。冒険者様たちもお疲れでしょう、話はこの辺にして今日はおやすみください」

 「詳しい打ち合わせはスノーを通して伝える事にしよう。本来ならば、皇女であるエメリア様と冒険者が一緒に居るのはマズいからな」


 普通ならありえませんよね。

 国を代表する冒険者ならまだしも、Cランクの冒険者が皇女様と話すのは常識からかけ離れていますからね。


 「では、僕たちは失礼します」

 「あぁ、わかっていると思うがこの件は内密に頼む。私達は勿論だが、君たちの為にもな」

 「わかった」


 スノーさんはまだエレンさん達と話す事があるようで残る事になり、僕たちはイルミナさんの宿屋に戻る事になりました。

 街のあちらこちらで騒ぎが起きているようですけどね。

 ですが、街にはまだ騎士も居ますし、自警団もいるようです。

 元々の原因は領主にあるのですから、頑張って貰いましょう、本来はそれが騎士の仕事なのですからね。

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